第6話 飢餓

 「うぉー!!!!」

 

 俺の振った剣がリューの首に当たる寸前で止まる。

 

 「ま、参りました……」

 「よし!これで俺の3135勝2951敗だな!」

 

 リューと出会ってから、1年が過ぎた。


 俺たちは毎日欠かさず剣の訓練に励み、2人とも以前とは比べ物にならないほど強くなった。

 稽古を始めた頃は、リューの剣筋が見え切っていたのだが、最近ではギリギリ躱せる、といったレベルまで成長している。


 若者の成長速度はすごいものだ。


 「あぁ、もう!クラッシュ強すぎるのよ!昨日は勝てたのにー!」

 「俺は昨日の反省を活かして今日の闘いに臨んだんだ!当然の結果だろう!はっはっは!」

 「うわぁ、生意気ー!まだダビルさんに勝ったことないくせにー!」

 「むっ……」


 リューの言う通りだ。

 俺はまだ、父さんから一本もとったことがない。

 この一年でだいぶ成長したかと思ったが、父さんにだけは勝てないんだ。

 1日として稽古をサボった日はない。


 俺は本当に勇者なのだろうか?


 この一年、少年の声が聞こえたことは一度もない。

 どことなく安心感を感じれない。


 最近、村の人たちも元気がない。


 もう30年以上生きている俺にはわかる。


 この村は食糧不足に陥っているのだろう。

 

 田畑は魔物により荒らされている。

 鶏や豚などの家畜も、魔物により食べられる状態ではなくなっている。


 村の人たちはいつも通り畑を耕しているが、1年前のような笑顔はなく、どことなく疲れている印象を持った。

 

 村の雰囲気は全体的に暗く、村人たちの笑い声に代わり、魔物の呻き声が聞こえてくる。

 

 父さんと母さんは俺を心配させないようにうまく隠しているらしいが、分かってしまう。

 

 最近、俺たちの食事量が少なくなっている。

 ある程度の食事はできるが、父さんと母さんは痩せこけ始めている。

 

 この村は外界と隔絶している、言わば鎖国状態だ。

 だからこそ守られる秩序や良い雰囲気があるのだと思うが、他国と隔絶していると言うことは、このような食糧不足になった時、誰の助けも借りることができないと言うことだ。

 

 「なぁ、リュー、俺たちが魔物を倒したら、この村には、また前みたいな笑顔が戻ってくるかな」

 「今食糧不足の原因になっているのは間違いなく魔物だからね、でも、私たちみたいな子供には魔物を狩ることはできないよ」

 

 そう、魔物は強い、と父さんがよく言っている。


 俺が一回も勝ったことのない父さんがそう言っているんだ。

 強いに決まっている。


 「魔物と戦う時はいつも命懸けだよ。何回も死ぬかもって思ったこともあるしな」

 

 そう、父さんが言っていた。


 父さんもこの村を救おうと魔物を倒してはいるらしいが、元凶となる魔物がまだいるらしく、村は荒んでいく一方だ。


 バタッ……


 目の前で人が倒れた。


 道を歩いていた中年男性のようだ。


 「大丈夫ですか……?」

 「腹が、腹が減った……」


 駆け寄り、声をかけた俺に、男性はそう言った。


 おいおい、ここまで酷かったのか?


 「父さん!人が倒れた!!」

 

 大声で家の中にいる父さんを呼ぶ。

 

 数秒後、バタバタっ、と大きな足音を鳴らしながら父さんがこちらに駆け寄ってきた。


 「おい、マーリン、大丈夫か?」

 「あ、あぁ、ダビル、か。ちょっと、寝かせてくれ……」


 そう言った男性は目を閉じた。

 死んではいないようだが、声をかけても起きない。

 

 「なぁ、クラッシュ……」


 いつものように父さんに名前を呼ばれただけだが、背筋が凍る。

 父さんから発せられる声は、心なしかいつもより低い気がする。

 雰囲気も暗い。


 「この男はな、もう3日は食事をとっていない」

 

 その言葉を聞いても、数秒は理解できなかった。


 「な、なんで!?俺は毎日3食食べれてるのに、この人は3日も食べていないの?父さんはそれを知っててこの人に、村の人に食糧を分けようとは思わなかったの?」


 「それはな、お前たちのためだ。この男だって、村の他の人だって、お前たちは子供だからと、食糧を提供してくれた。この村の未来は子供達にかかっているだとか、育ち盛りなんだから受け取っておきなさいとか、自分のことよりもお前たちの食事を優先してきたんだ。俺が、他の人を第一に考えろと言っていたばかりに……」


 村の人たちが限られた食糧をほとんど俺やリューに与えていたということか……?


 それなら、今目の前で人が倒れたのは俺のせいなのではないか?


 感じたことの無い感情が込み上げてくる。


 俺の知らないところで、皆んなが思いやりの気持ちを持って助けてくれていたなんて。

 

 それなのに、俺は、俺は……

 胸が押し潰されそうで苦しい。


 俺もやるべきことがあるんじゃないか?


 「父さん、魔物を狩りたい」


 今の俺にできるのはこれくらいだろう。

 食糧を返します、と言ったところで、この村の人は受け取ってくれないだろう。

 ならば、元凶である魔物を狩るしかない。


 こんな状況になっているので、父さんも許可を出してくれると思ったが、


 「ダメだ、危険すぎる」


 と言われた。


 「今のお前たちが魔物と鉢合わせになったら、高確率で死ぬ。村の人たちのことを考えるのであればこの村に残れ。俺がなんとかしてやるから」


 父さんは全部1人で抱え込もうとしている。


 魔物を1人で倒そうとしている。


 でもそれは間違っているのではないか?

 

 「なぁ、リュー……」

 「うん、分かってる、私も同じ気持ち」

 「今日の夜、空いてるか?」

 「うん」


 

 夜中の1時、両親が寝静まった頃、俺は家の外に出た。

 庭にはリューが先に来ていた。


 「家抜け出すの、初めてだ……」

 「私も。でも、私たちがなんとかしないとね」


 そう、俺たちは村の食糧不足を引き起こしている元凶となる魔物を倒しに行こうと約束していた。


 父さんには「危険だから行くな」と言われたが、それで我慢できるわけがないだろう。


 俺たちの為に村の人たちが苦しむのは見ていられない。

 村の人は俺たちの為に行動してくれている。


 ならば俺は、村の人たちの為に行動すべきだろう。


 ランタンを持ってはいるが、一歩先は何も見えない。

 森の中は漆黒の闇だろう。


 怖い。とても怖い。

 リューの声からも緊張感が伺える。


 「じゃあ行こう」

 「うん」


 村の柵を飛び越えて森へと入っていく。


 寒くて暗い。


 これ以上に不気味な雰囲気を醸し出す場所はあるのだろうか?

 サラリーマン時代、少し病んでいた頃に地元で有名な心霊スポットへと足を運んだことがある。

 その時の恐怖心は今でも忘れない。

 だが、それとは比にならない次元の恐怖が俺を襲う。


 全身の毛穴が熱を取り込もうと、全身に鳥肌が立ちゾワッとする。

 

 その瞬間、何処からか視線を感じた。

 リューも気付いたようで倉庫から持ち出した剣を構える。


 ⦅グワァァァァ!!!!⦆


 木の陰から俺たちの体の何倍もの大きさがある熊が出てきた。


 手を振り上げ、爪をたてている。


 「ぁ、あぅ、ぁぁ…………」


 リューが腰を抜かしたようでその場にへたり込んでしまう。

 

 「ぅ、あぁ、やめ、て、殺さない、で……」

 

 リューは必死にその場から動こうとするが、体が震えて動けずにいる。

 見ただけでわかる大きな震え。


 「うおぉぉぉ!!!!」


 俺は今までの訓練を思い出しながら剣を振った。


 シャキィィィン!!


 ズトッ!


 俺の刃は運良く見事に熊の首を捉え、頭が地面に転がった!


 「リュー、立てるか?」

 「クラッシュ、私……無理かも。怖くて動けなかった。相手は魔物でもないのに」


 この世界には魔物も動物もいる。

 

 今のはただの熊、動物だ。

 魔物は動物の何十倍も強いと父さんが言っていたのを思い出す。


 「リュー、帰りたかったら別に帰ってくれても構わない。こんな危険な場所、子供は入っちゃいけないんだ。誰も責めない」

 

 俺がそう言うと、リューは生まれたての子鹿みたいに震えながらも、立ち上がる。


 「怖い、帰りたい、でも、行く!村の人たちは私たちの為に辛い思いをしたんだ。私たちも何かしないと」


 リューは本当に強い。


 もう30年以上生きている俺でもこの状況は怖いと感じてしまう。

 

 「分かった、じゃあ、リュー、聞いて。君のことは何があっても守る。魔物に殺させなんてしない。この先どんな事が待ってようとも、君を守る。守りきる!信じてくれるか?」


 「うん!」


 そう約束をして再び暗い森の奥に足を運んだ。

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