第5話 友達

 「よし、クラッシュ、準備はいいか?」

 「う、うん」


 朝食を食べ終え、村の人と会うことになった。

 怖い思いと好奇心が重なり、胸がドキドキしている。


 これが少し前だったら、怖い思いしかなかっただろう。

 俺は忌子で差別の対象だ。

 村から追い出される可能性も、殺される可能性も十分にある。


 だが、母さんと父さんに会って、他の人にも会ってみたいと思えるようになった。


 自分でも少しずつ変わっているという感覚がある。

 少しずつ人のことを信じようと思えるようになった。

 少しずつ"感情"と言うものが分かるようになってきた。

 

 人の感情を持たないクズで薄情なサラリーマンから、少しずつ"普通の人"になっていると感じる。


 他の人と関わってみたい。


 「よし、じゃあ行くか!」

 「うん!」

 「クラッシュ、村の人に会ったら挨拶するのよー!」

 「うん!」


 「行ってきます!」と言って、家を出る。


 少し行くと庭があった。

 奥には田んぼと畑。

 そのまた奥には、絵本に出てくるような家並みが続いており、小さな村の周りを森が覆い囲んでいる。


 肌寒い風がヒューと目の前を通り過ぎる。

 まだ朝早いからか、冷たい空気がとても心地いい。

 

 田畑では、人が耕作しており、笑い声が至る所から聞こえる。

 子供達がキャッキャとはしゃぐ声、木々が風で揺られる音、鳥がピヨピヨっと鳴く声。

 こじんまりとした小さな村だが、俺が住んでいた東京よりも活気あふれている。


 みんなが楽しそうにしていて、キラキラと笑顔を輝かせている。


 その光景は、この村が俺のことを受け入れてくれると思わせるには十分だった。


 「どうだクラッシュ、いい村だろ!」

 「うん!すごくいい!」

 

 今まで見たどんな景色よりも、好きだ!

 

 「じゃあ挨拶しに行くか!」

 「う、うん」


 父さんは俺の前を歩いていき、俺はそれについていく。

 少し歩くと、目の前には畑を耕している人が5、6人、こちらを見てきた。


 どう思われているんだろう。

 忌子は出ていけとか思われてないよな……?

 

 じっと見てくる視線が痛い、と思った瞬間、


 「おー!ダビル!おはよう!その子は誰だい?」

 「ははっ、この子はクラッシュ、俺の息子だ!」

 「おーおーそうかい!おはよう、クラッシュ!」

 「お、お、おはようございます!」


 息子、父さんが息子と言ってくれた!

 思わず涙腺がゆるむ。


 俺のこと、こんな簡単に受け入れられるものなのか?

 もっと厳しい言葉を浴びせられると思っていたが。


 その後も、村の人全員に挨拶しに回ったのだが、誰1人として俺を差別するような目で見ない。


 「父さん、なぜみんなは俺を差別しないの?」

 「それは、この村のモットーが

 【誰にでも優しく、誰でも受け入れ、誰かのために生きろ!】だからだよ。互いが互いのために力を使う。そうやってみんなが生活してくれているから、幸せな生活を続けられるんだよ」


 俺は父さんの言葉に感激してしまった。


 村の人全員が他の人たちのことを第一に考え、行動している。

 そんな場所が、この世に存在しているなんて。

 俺にそんなことはできるのか?


 「もちろん、お前も村の一員だ!少しずつでいいから、皆んなと仲良くなれよ!」

 「うん!」


 この人の言う事を聞いていれば幸せになれる。

 そんな気がした。


 「ちょっとアンタ、白髪、赤瞳、勇者じゃない!」


 耳を劈くような甲高い声がした。

 声がした方を向くと、俺と同じくらいの歳の女の子がこちらにズカズカと歩いてきているのが見える。

 とても綺麗な赤色の髪は短く切り揃えられており、その身なりや仕草は活発な女の子という印象を与える。


 「アンタ、勇者なの?」

 「ん、えーっと、分からない」


 確かに俺は白髪、赤瞳だが、本当に勇者なのか?

 見た目の特徴以外は勇者らしくない気がする。

 一つだけ心当たりがあるとするのなら、この少年を産んだ母親が剣を振り翳してきた時、その剣筋がとても遅く見えた事だ。

 あの時は死ぬ間際で火事場の馬鹿力とやらが働いたのかと思っていたが、もしかしたら勇者の力なのかも知れない。


 それよりも、今の問題は目の前にいる少女だ。

 どこか興奮しているように見える。

 やはり、勇者は受け入れられないのだろうか。


 「アンタ、勇者なのね!」


 相手が子供でも、罵声を浴びさせられるのは怖い。

 昔のことを思い出してしまう。


 「アンタ……私のことを強くして!」


 「へっ……!?」


 「だからー! あなた勇者なんでしょ? 強いんでしょ? 私に稽古をつけてちょうだい!」


 一瞬、何を言っているのかわからなかった。

 勇者は差別される対象じゃないのか?


 「お、俺、戦ったこととか、ないし、ムリだよ」

 「おぉ、稽古か!いいじゃないか!もちろん、クラッシュも稽古される側だがな!」


 えっ?父さんまでそんなこと言い出して……


 「物語上の勇者は魔族から逃げた弱虫と言われているが、戦闘能力で言ったらこの世界で1番高いと言われていたし、勇者にしか使えない力もあったらしいからな! クラッシュも強くなって、この村を守ってくれると助かるな!」


 勇者は強い、勇者は特別。


 そんなこと、散々ラノベを読んできた俺には分かりきったことだ。

 でも、いざ自分が、と考えたら、怖い。

 魔物と戦ったり、もしかしたら人と戦ったりするかも知れない。


 だが、俺はこの村が大好きだ。

 俺が強くなってこの村を守れるようになったら、

 俺が強くなってこの笑顔を見続けられるなら。


 「俺も、稽古つけて欲しい!」


 「おっ! いいじゃないか、じゃあこの町で1番強いお父さんが稽古をつけてやる! では最初の試練だ! 目の前にある女の子と仲良くなりなさい!」


 「分かった!って、えー!俺が、他人と仲良く……」


 そんなこと出来るのか?

 今まで人と関わってこなかった俺が?

 しかも同年代の女の子と?


 「あ、の、名前、なんていうの?」


 「リューよ!あなたは?」


 「く、クラッシュ」

 「ククラッシュ?」

 「クラッシュ!」


 「そう、よろしくね、クラッシュ!」

 「よろしく」


 綺麗な赤髪が風に揺られる。

 

 「よし、仲良くなれたな!じゃあ剣を待ってくるから待っとけー!」


 そう言った父さんは駆け足で家の横にある小さな小屋のような所へと入っていき、数秒してその小屋から出てきた。

 手には木刀のようなものを持っている。


 「とりあえずこれで撃ち合ってみろ!」


 へっ?撃ち合う?いきなり?


 「父さん、俺、剣なんて持ったことないし……」

 「大丈夫だ!なんてったって俺の子だからな!」


 父さんにされるがままに剣を持たされ、リューと向き合った。

 

 「お互い本気で斬り合っていると思いながらやるんだぞ!一瞬の隙が命取りになることもあるからな!それでは、はじめ!」


 父さんの合図とともにリューが斬りかかってくる。

 

 「喰らえー!クラッシュー!」

 

 そう言った彼女の剣はやはりとても遅かった。

 とてもスローモーションに見える。

 

 俺はその剣をかわした。 

 リューはすかさず次の攻撃を仕掛けてくる。

 俺は何度も何度も剣を避け続けた。

 

 俺も攻撃に入ろうかとしたが、ここで躊躇する要因が発生した。


 対戦中とはいえ相手は女の子だ。

 剣を撃てば怪我をさせるかも知れない。

 

 そんな考え事をしていると、俺の目の前までリューの剣先が迫っていた。

 まずい、避けられない、と思い、持っていた木刀を前方に振った。


 「い、痛い……」

 「あっ……」


 俺の振った木刀は、リューの首筋の辺りに直撃してしまった。

 振っただけで力は入れていなかったが、リューは倒れ込んでしまった。

  

 「ご、ごめん、お、俺……」

 

 痛い思いをさせたんだ、怒られても仕方がない。


 「クラッシュ、凄いわね!やっぱり勇者だったんだ!私今までたくさん剣の練習してきたけど、一回も当たらなかった!すごいすごい!また戦いましょうね!」

 「えっ、また戦ってくれるの?」

 「うん!当たり前でしょ!強い相手と戦ったら自分も強くなれる!」

 

 彼女は強いな。

 強くなるために、努力を惜しまず、痛いことも我慢できる。

 俺にその強さがあるだろうか。

 今の俺にできることは、彼女の期待に応えることだ。


 「じゃあ、これからは一緒に強くなろう!」

 「そうね!じゃあ私たち、友達ね!」


 友達……


 生まれて初めての、友達……


 友達って、パンを買いに行かされたり、サンドバッグにされるだけの関係かと思ってた。

 

 でも、リューとならいい関係を築いていける気がする。

 リューとなら、いい友達になれる気がする。


 初めての友達……嬉しいな!


 「よろしくね!リュー!」

 「うん!よろしくクラッシュ!」


 こうして俺に初めての友達ができた。

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