第4話 親子
「あの、名前を聞いてもいいですか?」
初めて信じようと思えた相手だ。
名前くらいは知っておきたい。
「あははっ、敬語じゃなくていいぞ!俺たちはお前の親だと思ってくれて構わない。俺たちは家族だ」
「そうよ、私たちは家族よ〜!」
か、家族……
この世界に来るまで、この人たちに出会うまでは、家族なんていらない、1人でも生きていけると思っていた。
でも、"家族"と口にしてもらった瞬間、胸の奥が熱くなって、瞼の裏がジーンとなった。
「家族、家族か〜、へへっ」
30代のサラリーマンが何照れてるんだよ、と思われるかもしれないが、こんな温かい気持ちになれたのは生まれて初めてかもしれない。
家族というのは、こんなに幸せなものだったのか。
今までは、家族とは互いが自分のために利用し合う道具としか考えていなかった。
俺から見た母親は最低限のお金だけを置いていってくれる道具だった。
多分、母親から見た俺はストレス発散用のサンドバッグという道具だったのだろう。
俺は30年ずっと、そんな感覚で生きてきた。
小学生のころ、
「親への手紙を書きましょう」
と課題を出された時、白紙で提出した。
親への手紙?
親に何か伝えることがあるのか?
と先生に問いかけたところ、
「日頃の感謝とか?ほら、今までの生活を振り返って、ありがとう!って思ったことを書けばいいのよ」と返された。
"ありがとう"
母親に対してそう思ったことはあっただろうか。
母親の視界に入れば殴られる。
痛くて泣いたらもっと殴られた。
俺がまだ幼い頃は、どれだけ殴られようとも、何故か母親の元を離れられなかった。
そばにいたかった。
ぬくもりが欲しかった。
悲しかった。
寂しかった。
母親はそんな俺の感情など知らんぷりで殴った。
母親の気が済むまで、俺が全身あざだらけになるまで。
周りの大人も助けてはくれなかった。
俺に関われば面倒なことになる、と目を背けた。
だから俺は、感情を殺した……。
感情を押し殺せば、悲しさも寂しさも、忘れられる。
痛くても、苦しくても、我慢した。
そうしていくうちに、いつの間にか人としての感情までも失ってしまったのだろう。
そうしていくうちに、誰のことも信じられなくなっていったのだろう。
たとえ、目の前で知人が死んでも何も感じない。
たとえ、手を差し伸べられたとしても、疑うことしか出来ない。
そうなったのは家族が元凶だと、ずっと考えていた。
だから、俺にとっての家族はゴミ同然だった。
だから……
"家族だよ"って笑顔で言ってもらえて嬉しかった。
生まれて初めて、嬉しいという感情を知った。
まだ会って間もない忌子の俺を、家族と言ってくれたんだ。
「ありがとう、母さん、父さん……」
気がついたらそんなことを口にしていた。
母さんと口にしたのは何年ぶりだろうか、
父さんと口にしたのは生まれて初めてだ。
"母さん"、"父さん"。
その響きに落ち着きを感じる自分がいる。
母さん、と呼べば、嬉しくて照れ臭い気持ちになれる。
父さん、と呼べば、ここにいていいんだって安心できる。
この、胸にジーンと来る感情の正体は俺には分からない。
嬉しいとか、幸せとか、そう言った一つの言葉に出来ないほど、俺の胸はいっぱいいっぱいだ。
「あら、母さんですって!ふふっ、よしよし」
「おう、父さんだぞー!よしよし」
2人に囲まれて、頭を撫でられる。
あぁ……幸せだ……。
それから俺は、2人に「クラッシュ」と名乗った。
そう、俺を産んだ母親がつけた名前だ。
本当はこんな名前、すぐに捨てようと思っていたが、俺自身が成長したいと思った。
クラッシュという1人のサラリーマンを、
クラッシュという、人としての感情を持たない薄情なクズ人間を、
クラッシュという人間不信な1人の人間を、
一歩ずつ、成長させたいと思った。
「そうか、クラッシュか!いい名前だな!」
「そうね、いい響きね!」
「えっ?」
名前を褒められてびっくりした。
褒められるどころか、ずっとバカにされてきた、この忌わしい名前。
小学校
「お前の名前ダッセェー!」
「なんか名前へーん!」
「闇亜種って、読めるわけねぇだろ!あははっ」
中学校
「うわぁ、引くわー」
「関わらない方がいいよねー」
「絶対親やばいやつだって」
高校
「クラッシュって、親バカすぎるだろ」
「闇亜種って、厨二拗らせすぎだろー」
数で言えば、何千、何万と言われてきただろう。
だが、その何千、何万の悪口より、
2人の褒め言葉の方が、何倍も心に響いた。
「じゃあ、クラッシュ、朝ごはんにするか!」
「そうね、準備してくるわ!」
そう言って、母さんは朝ごはんの準備に取り掛かり、父さんは俺の話し相手をしてくれた。
母さんの名前は"サラ"、
父さんの名前は"ダビル"というらしい。
母さんはこの村全体の管理を任されている。
父さんは冒険者として、人を助ける仕事をしていると同時に魔物からこの村を守っているとのこと。
「冒険者って、どういう職業なの〜?」
と言った俺の質問にも、父さんは笑顔で答えてくれた。
「冒険者は人を助ける仕事だ。迷子の子供を送り届けたり、依頼があった家のお掃除、とってきて欲しいと言われた薬草を取りに行ったり、国を守るために魔物と戦ったりするんだ!他人のために働けるって、最高だろう!」
そうか、冒険者か。
俺にはまだ、冒険者のメリットが分からない。
見ず知らずの他人を助けて何になるのだ?
自分に得はあるのか?
国を守る、他人を守る?
俺はそんなことのために、自分の命をかけることはできない。
もし、相手が他人ではなく母さんや父さんだったら…………助けたいと思うかも知れないが、他人の為にそこまで出来ない。
「この村は父さんたちのものなの?」
村の管理を任されているということは、そういうことなのではないか?
「いいや、この村はこの村の人みんなのものだ。みんなで力を合わせて作り上げていくものなんだ。父さんたちはそれを支えることしか出来ない。村を作り上げる一員として、村のみんなが幸せに暮らせるように頑張るしかないんだ!」
すごいな、父さんは……。
何を聞いても、誰かのことを第一に考えて……
俺にも、そう考えられる日が来るのかな……
「そうだ!朝ごはんを食べ終わったらクラッシュも村のみんなと会ってみるか!」
「えっ……?」
その一言に、俺の胸はドキッとした。
正直、まだ他人に会うのは怖い。
母さんたちは俺を受け入れてくれたが、村のみんなはどうだろう。
俺は忌子で勇者だ。
この世界では差別される存在。
(なぁ、お前は怖くないのか?)
『……………………』
答えてくれないか。
あちらから俺に話しかけることはできるが、俺からあちらに話しかけることは出来ない。
村の人は、俺を見たらどうするだろう?
村から追い出そうとするだろうか。
それとも、殺しにかかってくるだろうか。
いやいや、さっき成長すると決めたばかりだろう。
ここで躊躇してどうする……
「村の人に会いたい!」
俺がそう言うと、父さんは嬉しそうに微笑んで
「そうか」
と応えた。
「朝ごはん出来たわよ〜!」
母さんの声が家の中に響く。
家といっても小屋みたいなところだ。
3人で住むには少し狭い気もする木造りの家だ。
小さなテーブルの上にはパンが3つ、スープが3人分ある。
俺たちは3人でテーブルを囲んだ。
こうして、家族と一緒にご飯を食べるというのは初めてだ。
今思えば、この世界にきてから色々な"初めて"を体験している気がする。
これからも"初めて"を増やしていきたい。
「「「いただきます!!」」」
俺はまず、スープを口に運んだ。
トマトスープのようなものだ。
「っ……!」
一口食べただけでわかる、暖かさ。
「っ……う、ぅう、グスッ、スンッ、うぅ……」
涙が止まらない。
誰かの手料理を食べたのは初めてだ。
手料理って、こんなに、"幸せな味"がするんだ。
「えっ?お料理美味しくなかった?ごめんね?」
「ち、ちがう……、お、美味しくて、嬉しくて、暖かくて、幸せで……」
俺がそう言うと、2人は目を見合わせて
「あははっ」
と笑顔をこぼした。
「あぁ、クラッシュ〜、なんて可愛いの!?こんなものでよかったらどれだけでも作るよ〜!!」
「あははっ!クラッシュ、よしよし!」
テーブルを乗り越えて抱きついて来てくれる。
抱き着いてくれるということがとてもあったかい。
嬉しい、幸せ、こんなに最高な日は初めてだ!
「ありがとう、母さん、父さん、大好き!」
「あぁ、私のクラッシュ〜!!」
「あはは、サラ、抱きつく力が強すぎてクラッシュが、苦しそうだぞー!」
その後も、沢山の笑い声が響きながら楽しい食事が続いた。
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