第3話 居場所

 「ーー、ん、んんん……」

 「あら、起きたわよ!あなた!」

 「おっ、本当か?」


 誰かが俺を見下ろしている。

 栗色の髪の毛を靡かせている女性と、黒色の髭を蓄えている男性。


 そうだ……俺、死にそうだったからこの人たちに助けを求めたんだった。


 周りを見るに、ここはこの人たちの家なのだろう。

 助けて、くれたのか……?

 俺を?助けたのか?

 

 そんな筈ない。何か裏がある筈だ。

 人に優しくする奴は全員裏で何か考えているんだ。

 見返りを求める奴や助けた人を利用する奴。

 俺は生きてきた30年でそれを学んだ。

 必ず何か裏がある。

 

 「ねぇ、ボク、大丈夫?どこからきたの?」

 「えっ、俺は……」


 なんて答えればいいんだ?

 「親に殺されそうだったから逃げてきました」とでも答えればいいのか?

 俺はまだこの人たちを信用していない。

 他人なんて信用しない。

 本当のことを話すのは危険か。


 「俺は、気がついたら森の中にいた。何もなく彷徨っていたらここに辿り着いてた」

 「じゃあ行くあてがないってことなの?」

 「俺、これまでの記憶ない、から」


 ちょっと待て、人と話しているだけなのに、俺は何故こんなに緊張してるんだ?

 

 『コワイ、コワイヨ……』

 「えっ!?」


 少年の声と同時に流れ込んでくる


 

 「お、おい、産まれるぞ!」


 「おぎゃぁー、おぎゃぁー……」


 「あはは、産まれたぞ……って、え?」


 何だこの記憶、少年が産まれた時の記憶か?

 なんだ?父親らしき人が顔を覗き込んでいる。


 子供が産まれたんだ。普通の家庭なら喜ぶところだろう。

 なぜここにいる奴らは皆んな、赤ん坊を覗き込むなり顰めっ面をするんだ?なぜ誰も喜ばない?


 「おい、白髪、赤瞳、勇者だ……この赤子は忌子だ。これがバレたら俺たちの人生は終わりだ。殺すしかない、この、赤子を殺さなければ……」


 父親らしき男がいきなりそんなことを言い出す。


 おいおい、産まれてすぐの赤子を殺すだと?


 白髪、赤瞳、忌子、勇者。

 母親にも同じことを言われていたな。


 「ちょっと、殺すなんて、ちょっと待って……私たちの子なのよ!」

 「じゃあどうする?公表するか?そうしたら俺たちは三大貴族から没落するぞ!せっかくここまで登り詰めてきたのに、お前がその忌子を庇うなら、俺はお前らの敵になるぞ!」

 「ちょっと、あなた、待って……私はこの子が忌子だろうと助けたいのよ。10ヶ月間お腹の中で育ててきたの!私はこの子を愛してる!」


 おいおい、母親の様子が昨日と全然違うじゃないか。昨日は本気で殺そうとしてきたというのに、この時は本気で守ろうとしている。


 何故ここまで人が変わってしまったのかは謎だが、分かったこともある。


 この少年は生まれた時から忌子として扱われてきたんだ。


 誰からも受け入れてもらえず……

 少年も俺と同じで人のことを信用できないんだ。

 


 「君は、辛い思いをしてきたんだな。俺と同じで……」


 「え?何か言った?」

 ここの女性が訝しげに反応する。


 「あ、いいえ…………あの、教えて貰えませんか?俺は忌子なのでしょうか?」

 「うーん、説明すると長いけど、聞いてくれる?」

 「うん」


 それから女は説明してくれた。

 


 今から500年前、この世界には勇者がいたという。

 その勇者は白髪、赤瞳。


 魔族というものがこの世界を破滅させようと計画し動いていて、それに気がついた勇者は魔族たちと戦うことを決心した。


 その時に勇者は「俺が全てを片付ける。お前らは戦争などしなくても良い」と言った。


 この世界の人間は勇者の言葉を鵜呑みにして、何の戦闘準備もせずにいつも通りの暮らしを続けた。


 だが、魔族の力は勇者が予想していたよりも何十倍も強かった。


 勇者は魔族の姿を見るなり世界の果てまで逃げ、この世界は一度滅んだ。


 その後の世界では、勇者やそれに似ているものは忌子とされ差別の対象になっていった。


 この世界の勇者は平和の象徴などではなく、破滅の象徴なのだ。


 「ーー、と言った感じかな。だから君が忌子って言われているのは勇者かもしれないからよ」

 

 なるほど。を見た限り、この少年の両親は有名な貴族だったらしいから忌子なんて産んだと分かれば殺したくなるのも分からなくはない。


 「じゃあ、俺はここにいてはいけませんね」

 「でもあなた、行く場所がないんでしょう?私たちは差別の目とか持っていないし、ここにいてもいいのよ?」

 「でもそれじゃあ、あなたたちに迷惑がかかってしまいます」


 俺がいても得する事は無いだろなぜそこまで俺に構うんだ?

 絶対に何か裏があるはずだ。危険だ。


 「俺は正直、あなたたちを信用できません。助けてくれたことは感謝しますが、俺はここを出て行きます。」

 「じゃあ、信用してもらえるように頑張るから、ここにいなさい」

 「なぜそこまで構うんですか?俺は忌子ですよ!」

 

 もうそれ以上優しくしないでくれ、この人たちなら、俺を受け入れてくれるって、期待してしまう。


 もう、それ以上優しくしないでくれ、俺はここにいていいんだって思ってしまう。


 もう……それ以上……


 「勇者だとか、忌子だとか関係ないわよ!あなた、昨日ここの扉を叩いて開けた時、とても悲しくて苦しくて……言葉にできないような顔で助けを求めてた!今ここを出ていったら死んじゃうかもしれないのよ!自分のことはもっと大切にしなさい!」


 どうしてそこまで本気で叱ってくれるんだよ。


 「居場所がないなら私たちが作ってあげる」


 『う、うぅ……うわぁぁぁ…………』

 「う、うぅ……うわぁぁぁ…………」


 20年ぶりに、本気で泣いた。

 

 俺は、この人たちを信じていいのか……?


 「うんうん、辛かったね。これからは一緒に暮らそうね、よしよし」


 抱きしめられて頭を撫でられる。


 あぁ……抱きしめられるってこんな暖かいんだ。

 あぁ……頭を撫でられるってこんなに心地いいんだ。


 あぁ……あぁ……この人たちを信じたい。


 「う、うぅ、グスッ……あ、りが、と、う……」

 「うん」


 生まれて初めて、ありがとうと口にした。


 人に感謝するってこんな感覚なんだ。


 胸の奥がじわぁっとあったかくて、少しだけむず痒い。

 

 生まれて初めて、人を信じたいと思った。

  

 「うぅ……お、俺、ここにいたい……」

 「うん、ここにいていいんだよ」


 「うあぁぁぁ……ゔ、グスッ、スン、……」


 こうして、生まれて初めて、俺と、少年に居場所が出来た。

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