第2話 孤独な少年

 「ここは、どこだ? えっ?なんだ、この声、まるで少年のような……」


 俺の話している声が、まるで小学生の子供のような声になっている。


 というか、ちょっと待ってくれ……

 

 なぜ、声が変わっているんだ……?


 なぜ森の中にいる……?


 ここはどこだ?俺はだれ?


 怖い、怖い、怖い怖い怖い……


 この状況に脳が追いつかない。

 

 目を開けたら不気味な森にいるし、逆声変わりしてるし、何もかもが気持ちが悪い。


 悪い夢でも見ているのだろうか?


 ここら辺の空気は、とにかく気持ちが悪い。

 吸い込むのを躊躇う。

 この森から出たい。

 でも、どこへ向かえばいいのか?


 『オウチニ、カエリタイ』


 「誰だ!!」


 ここに来る前から聞こえていた少年の声。

 恐怖で鳥肌が立つ。


 ん?


 ちょっと待てよ?

 

 この声、今の俺と同じ声じゃないか?


 謎の声は、耳からではなく、体の内側から響いて聞こえる。


 もし、俺の仮説が正しいのなら

 

 もしかして……


 「転生……?」


 馬鹿なことを言っているのは承知の上だ。


 転生なんてもの、誰もが一度は夢に見たであろうものであるが、決して現実では起こり得ないことだと分かりきっている。


 だがしかし、この状況はどう説明する?


 《"少年の声"に同意したらここにいた》


 今の俺の目線の高さから推測するに、おそらく体も少年の姿形をしているのだろう。

 

 もし仮に、ここが異世界だとして、この少年に転生していたとしたら、辻褄が合ってしまう。


 時々、少年の声がする。

 今、この体には俺と少年、2が宿っているという事なのだろうか?

 いやいや、そんなのはまるで"二重人格"じゃないか。


 考えても仕方がない。


 先程この少年は「おうちに帰りたい」と言った。

 この少年の家に帰れば、もっと分かることがあるんじゃなかろうか。

 

 「なぁ、君の家ってどこ?」


 返事はない。


 都合のいい時だけ声出しやがって。

 他人のことなどどうでも良いが、俺は生きていたい。

 自分の命が掛かっているんだ、家に帰ってやる。


 そう思いながら歩き出すと、自然と家までの道のりを進んでいる。

 どちらへ行けばどこに辿り着くのか、自分の家は何処なのか、全部分かっているではないか。


 もしかしたら、この少年の記憶と俺の記憶は重なっているのかも知れない。

 現実的に考えたら俺たちは2人で一つの体、一つの脳を共有している。

 記憶が混ざることくらいあって当然だろう。


 家までの道のりは2時間以上もあった。

 そこで疑問に思う。


 なぜこの少年は1人で不気味な森の奥にいたのか?

 10歳くらいの少年だ。

 道のりが分かっていたとしても危険すぎやしないか?

 親は心配しないのか?


 「ははっ、親か」


 自分で言っていて虚しくなる。

 俺の親なんて一度も心配してくれた事なんてない。

 子は親に似るという意味がよく分かる。

 俺も人を心配するという感情が沸かない。

 なぜ他人の事を心配できるのか。 


 小学校のかけっこ会で男の子が転んだ時、周りの親も子もみんな「大丈夫?」と駆け寄っていたが、意味がわからなかった。

 そいつの心配をして自分にメリットがあるのか?

 いや、ある訳がない。

 他人の心配をしている暇があったら自分の今後のことでも考えていたほうが効率的だと考えていた。


 この少年はどうなのだろうか。

 服装を見ると、裸足で身に纏っている服もボロボロだ。

 至る所に泥の汚れがついており、怪我もしている。

 まるで小さい頃の俺じゃないか。

 俺もいつもこんな感じの見た目だった。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、すでに家の前に立っていた。

 小さな小屋だ。

 四角い小窓からは黄色い灯りが漏れていて、真っ暗な芝生の上をチラチラと照らしている。

 辺り一面、真っ暗な森に囲まれている。

 建物は唯一、この小屋だけだ。

 

 やっと辿り着けたと思いつつ、ドアをノックする。

「はーい」という声と共に、栗色の髪の毛をした綺麗な女の人が出てきた。

 一目見た瞬間、すぐにこの少年の母親なのだと分かった。それと同時に体がカタカタと震えだす。

 

 この震えって……


 母親は俺を見るなり、


 「なんで生きてるのよ!あんな森の奥に捨ててきたというのに!忌み子のくせに!あなたのせいで、私は……私たちは!」


 「えっ?」


 この光景、同じような情景を見たことがある。

 俺が学校から帰った時に母親から罵声を浴びせられた時と同じだ。


 この少年も、同じ……なのか?


 少年と、幼い頃の自分が重なる。

 

 「あなたを産んだせいで……その白髪と赤い瞳を見るたびに憎しみの感情が込み上げてくるのよ!」

 

 白髪?赤い瞳?

 自分では見えない箇所だ。

 この少年は白髪、赤い瞳なのか?


 にしても、女の人から罵声を喰らったのは高校生の時が最後だったか。


 この少年は怖いのだろう。


 おそらく、この母親に何度も殺されかけたのだろう。

 先程も、この女は森に捨ててきたと言っていた。

 本気で要らないのだろう。

 殺す気なのだろう。

 その証拠に、体の震えが止まらない。

 体を共有しているからこそ分かる、母親への恐怖。

 

 この震え、幼い頃の俺も同じ震えを何度も何度も体験したことがある。


 幼い頃の自分と重なるからか、この時、俺は、生まれて初めて他人に共感できた。


 体を共有している関係だ。

 これも何かの縁だろう。

 乗っかってみるのも悪くないんじゃないか?

 この母親に、この少年を殺させはしない!


 「何をしても帰ってくる。忌み子のくせに、なんで死んでくれないのよ!私が殺すしかない!」


 そう言った母親は扉の横に立てかけてあった剣を抜いた。

 初めて見る剣に、思わず恐怖を覚える。

 

 「うわあぁぁ!!!!」と言いながら、母親が剣を振り下ろしてきた。


 ん?

 なぜだ?


 すごく遅いぞ?


 降り降ろされる刃をスッと避けた。


 刃を避けると、母親の表情は鬼の形相に変わった。

 ったく、どれだけ自分の子供が嫌いなんだよ。


 「もう、なんで死んでくれないのよ!あなたなんて、なんて産んだから……」


 ん、勇者?

 いま、勇者って言ったよな?


 いや、そんなことより、今はここから逃げよう。

 ここにいたら殺される。

 

 俺は振り向き、真っ暗な森の中へと逃げていく。

 少し走ったところで後ろを振り返り、逃げ切ったことを確認する。

 

 「あれっ……?」


 涙が溢れてきた。


 この少年は悲しいのか?


 俺が最後に涙を流したのも、ちょうどこのくらいの年だったか。

 まだ10歳の子供。親の愛が恋しくて恋しくて堪らないことを俺は知っている。

 その母親に殺されかけたんだ。

 このショックは大きいだろう。


 死ぬほど辛いだろうが、俺が死なせない!


 この少年が死ねば俺も死ぬだろう。

 それはごめんだ。


 いくつか謎が残っている。


 忌み子と言われたこと。

 勇者と呼ばれたこと。

 

 異世界の勇者は崇められる存在ではないのだろうか。

 この少年は勇者なのか?


 分からないことだらけだが、今は生きることだけを考えろ。

 お腹が空いている。

 水分を欲している。

 全身が痛い。

 死にそう……


 何時間も彷徨っていると、小さな集落のようなところに辿り着いた。


 空が少しずつ明るくなってきていて肌寒い。

 足の裏がボロボロで足を踏み出すだけで痛い。

 腹が減った、喉が渇いた。眠たい。

 

 この少年の体は意外とタフで、体力もある。

 普通の子供だったらとっくに死んでいただろう。


 集落の1番手前にある家の扉をノックする。


 誰でも良い、俺を助けて欲しい!

 

 『ヒトハコワイ……』


 人は怖いって、俺もそうだよ。

 日本でもこの世界でも、まともな扱いを受けた記憶などない。


 ギィィィ、と扉が開いた。


 「なんだよ、こんな時間に、って、子供?白髪赤目、勇者なのか?いや、そんなことよりボロボロじゃねえか!おい、大丈夫か?」


 「あらあなた、どうしたの?って、この子勇者?それよりも、大丈夫なの?」


 若い夫婦が出てきた。


 「た、たす、け、て……くだ、さい」


 俺の意識はそこで途絶えた。


 

 

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