他人に無関心なサラリーマンが異世界転生して他人を守る〜愛は人を成長させるらしい〜

けーすけ

第1章 始まりの村

第1話 異世界転生

 理解できない。

 他人の為に行動する人が。

 

 理解できない。

 他人のことを心配できる人が。


 理解できない……

 人を愛するということが、人に愛されるということが。


***


 「おい、山田!このミス、これで何回目だよ!」

 「すいません」


 って、いやいや、元々お前のミスだろうが……

まぁ、上司に向かってそんな事言っても、後々面倒臭い事になるだけなので言わないけども。


 「今日中に終わらせろ!徹夜だかなんだか知らんが、情けでお前を雇ってやってんだ!」

 「はい、わかりました」


 そんなに怒鳴られることか?

 そもそも俺のミスじゃないだろ。

 今の四、五十代の人たちは皆んなこのように理不尽な連中ばかりなのだろうか?


 「お前の事は最初から気に入らなかったんだ!返事の声も小さい!仕事もできない!名前も変!親の顔が見てみたいわ!」


 親の顔?

 そんなもの俺の記憶にはもう一片も残っちゃいない。というか、消し去った、と言った方がいいだろう。


 俺が高校生の時だろうか、朝起きたら居なくなっていた。


 俺に残されたのは、このクソみたいな名前だけ。


 「闇亜珠」なんて名前、誰が読めるかよ。


 これで「クラッシュ」と読むこと自体、意味が分からない。

 一体どんな思考回路をしてるんだ?

 当て字にも程があるだろ……


 この名前のせいで、小中高どれだけ苦労させられたことか。

 「何て読むんだ?」は当たり前、「お前、ナニ人だよ?」「親、元暴走族?」「顔が名前負けしてる」「ウケる」「病院とか役所で呼ばれたら恥ずかしすぎて死ぬわ」

 言われてきた陰口は、挙げだしたらキリがない。


 やがて弄りは虐めへと変わり不登校生活まっしぐら。


 そんな俺を捨てて家を出て行った親の顔なんて、誰が記憶に残すものか。

 しかも、思い出すのもおぞましい虐待の日々。

 近所の住民に、何度通報されたかわからない。

 死なずに生きてるのが不思議なくらいだ。

 なんとか高校は卒業したものの、進学は諦めた。

 

 生きようと勤め先を探しても名前を見るなり即却下される毎日。

 このクソみたいな名前のせいで、ブラック企業にしか入ることができず、このクソみたいな状況下に置かれている。


 「もういっそのこと、死んでみようか」


 誰もいなくなったオフィスで、1人、そんな事を呟いてみる。


 死後の世界がどのような場所か気になったことはあるだろうか?


 天国とはどのような場所なのか、地獄は本当に辛いのだろうか、異世界というものは存在するのだろうか、何も残らないのか……


 俺にはある。

 物心ついた時から虐待され続けて、生死を行き来していた俺は死後の世界について何度も何度も考えた。

 

 俺は幼い頃、母親から過度な虐待を受けていた。


 俺の父親は当時荒くれ者で、俺という息子ができた後も度々犯罪を犯していた。


 母親は、犯罪を重ねる父親を見限って離婚したのだが、収入を父親に頼り切っていた為生活が回らなくなり、精神が崩壊してしまった。

 そしてそのストレスや怒りの矛先を全て俺にぶつけた。


 育児などろくにせず、酒にギャンブル、家の中はいつもタバコの臭いが充満していて、壁はどこも黄ばんでいた。


 「ただいま」と言えば「なんで帰ってきたんだよ」と殴られ、機嫌が悪い時は「視界に入ってくんな」と押し入れに閉じ込められた。


 お袋の味など知らない。

 まともな食事というものを、家で食べた記憶など無い。


 俺はずっとそんな環境で育ってきた。


 何年も、何年も、何年も何年も我慢してきたが、それが自分にとっては当たり前の環境であり、どうこうなるものでもないと半ば諦めていた。


 だから母親が家から居なくなったと知った時、真っ先に開放感が生まれた。


 今思えば、俺に唯一優しく接してくれたのは高校三年生時の同級生、優香ちゃんだけだったな。


 そんな事を考えていた時、ポケットに入れていたスマホが鳴った。


 「誰だよこんな時間に、午前4時だぞ……」


 スマホには一件のメールが届いていた。


 『今日の夜、同窓会みたいなものやります!理由としては成人式から10年経った今、久しぶりにみんなの顔が見たいと思ったからです!』


 高三の時のクラス委員長からだった。


 ははっ、同窓会?

 成人式さえ行かなかった俺への嫌がらせか?

 よってたかって虐めてきたくせに……


 若干苛つきながらスマホをデスクに置き、鉛でも付いているかのように重たい瞼を閉じた。


 

 「ーー、ぉ、い、おい起きろよ!山田!いつまで寝てんだよ!」

 

 なんだよ、耳元で怒鳴りやがって。

 このクソ上司が……


 「はい、起きました」

 「起きましたじゃねぇよ!おら、これ今日の仕事だ!さっさと取り掛かれ!」


 俺はもう1週間、この会社から出ていない。


 最後に食事を取ったのは2日程前、平均睡眠時間は1時間半。

 普通に過労死するレベルだろ……


 そう言えば不登校の時、過労死で異世界転生した物語を読んだことがある。

 俺にもそんな展開が訪れてくれないだろうか……


 そう願っても簡単には叶わない。


 上司はウザい、ろくな生活も出来ない、クソみたいな人生、俺は生まれた時から負け組ってことか?


 「クソが!やってられるかよ!」


 しまった、つい口に出てしまった……

 

 「なんだその態度は!クビだ!お前はクビだ!」

 「こんなとこ、こっちから願い下げだよ!」


 スマホと家の鍵だけを持つと、会社を飛び出した。

 借りているアパートへ帰ると、ドアには

 (家賃滞納により退去命令)

 と一言。


 「うわぁ、マジか」


 これで俺は、正真正銘、無職のホームレスとなってしまったわけだ。


 行くあてもなく、東京の街をほっつき歩く。

 普段は何とも思わない都会のネオンが、今の俺には、何だかチクチク刺さるような感覚だ。


 何気なくフラッと本屋に入り、色々な本を立ち読みするが、目で文字を追うだけで内容は頭に入ってこない。


 これからどうすればいいのか、答えが見つからないまま、気がついたら外は暗くなっていた。


 家無し職無しのスーツ男。


 スーツで野宿はハードルが高いが、そんな事は言ってられない。

 真っ暗になる前に寝泊まりする場所を確保しなければ。

 急いで本屋を出る。


 するとそこで何やら騒がしい声が聞こえてきた。


 「わー!久しぶりー!」

 「へー!すごいねー!」

 「なんか凄い変わったねー!」

 

 今の俺とは一切縁の無い楽しそうな空気。

 腹立たしさを覚えそちらを睨むと、そこには高校生の時の同級生が集まっていた。

 名前は思い出せない。


 人生お先真っ暗の俺とは対照的に、こいつらは希望に満ち溢れた顔をしている。

 まぁ、所詮他人なのでどうでもいいけど。


 「あれ、山田くん?」

 

 明るい雰囲気に背を向け、野宿する場所を確保しようと動き出した俺に、お声が掛かる。背を向けたばかりの同級生の集まりの中から。


 振り向くと、そこには俺の人生で唯一優しく接してくれた女の子、優香ちゃんがいた。

 短かった髪はロングになっており、顔も大人っぽくなっている。だが、纏っている雰囲気は優しいままだ。


 「やっぱり、山田くんだ!同窓会来てくれたのね」


 やめてくれ、何故呼び止めるんだ。

 こんな所来るんじゃなかった。

 

 「山田って誰だ?」

 「あいつだよ、ほら、"クラッシュ"!」

 「ははっ、思い出した!暴走族みたいな名前の奴ね」

 

 みんなが嘲笑ってる声がする。

 これだから、こいつらは、人間は嫌いだ。

 

 「ちょっと、みんな、なんでそんなに笑うの?久しぶりの再開だよ?山田くんもクラスメイトだったじゃん、仲良くしようよ!」


 俺はこいつらと連む気はない。

 

 みんなから、背を向け歩き出した時、幾つもの叫び声が聞こえてくる。


 「いやあぁぁぁ!!!!」

 「あぶなぁぁい!!!!」

 

 それと同時に、バコッバコッ!と人が車に撥ねられる音、キィィィィ!!!!と言うタイヤのスリップ音、目の前には白い高級車がこちらへと突進して来ているのが見えた。


 周りの人の叫び声により、車の存在に気がついた俺は避けることができた。

 だが車は、俺の背後にいた元クラスメイトの集団へと突っ込んで行った。


 何人もの人を撥ね、その車は止まる。


 数秒、辺りから音が消え、直後いろんな人の声が飛び交った。


 「おい、この人意識がないぞ!」

 「救急車を!」

 「AEDはないのか!?」


 無事だった人がみんな、他人の命ために時間を費やしている。なんとか助けようと努力している。


 「おい、優香の脈がないぞ!」


 背後からそんな声がしてそちらを向くと、そこには傷を負いながらも無事だった元クラスメイトとそいつらに囲まれて横たわっている優香ちゃんがいた。


 一瞬、息を呑む自分がいた。衝撃で心臓が脈打つ。

 だが、次の瞬間には無感情な自分に戻る。


 あれだけのスピードの車に突っ込まれて、よくこれだけの人が無事でいるな、と感心してしまった。


 数十分が経過し、その時点で死を確認されたのは優香ちゃんただ1人だけ。

 即死だったそうだ。


 唯一優しくしてくれた人。

 そんな人が死んだら悲しいものなのかと思ったが、そんな感情は一切ない。

 何も感じない。涙も出ない。

 人が死んだだけでなぜ大々的にニュースに取り上げられるのかと疑問に思う俺は、もう普通の感情すら持っていないのだろうか……

 一般的に言えば俺は薄情なクズ人間ということになるだろう。


 こんな自分は嫌だ。

 変わりたい。

 目の前で人が死んで何も感じないなんて。

 自分が怖い。

 

 『ボクトオナジダ、ヒトツニナロウヨ』


 んん?


 なんだ?今の声……


 幼い子供の声みたいだ。


 か弱い、細い、まるで虐待を受けていた頃の俺みたいな。


 『ボクトイッショニ、トオクニイコウ』


 怖くて耳を塞ぎたい。

 だが、なぜか引き寄せられる。


 「う、うん、一緒に行こう……」


 謎の声に同意した俺の視界は、突如としてパァァァ!!と明るくなり、あまりの眩しさに目を瞑った。


 光は無くなり、目を開けてみる。

 

 すると


 そこは、暗い森の中だった。

 

 


 

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