第25錠 ウィン・ウィンの関係


「光さん……貴女、わたくしと契約してダンジョン配信者になりませんこと?」



口をポカンと開けたまま固まってしまった私を見て、再度同じセリフを口にした佐鳥さん。


……どうやら私の聞き間違いでは無かったらしい。

だからこそ、尚更さおさら反応に困ってしまった。


正直、これだけ世間に騒がれている今『配信者になるのは逆効果なのでは?』と思ったからだ。


それに──いや、それよりも。



〖夏さんが差し出した対価って、なんですか?私のせいでこれ以上夏さんに迷惑を掛けたくないです。すぐには無理かもしれないですけど、その対価は私が絶対払いますので、教えて下さい〗



そう文字を書きなぐって、佐鳥さんに見せる。


──今回の件は、元々私の失態なのだ。

配信中だと気づかずYARNヤーンしたのも、夏さんの優しさに甘えて通話を切らなかったのも、勉強不足のくせに問題だらけの記録ログを『配信に映しても大丈夫です』なんて言って渡しちゃったのも、全部全部……私のせい。



「そんなに思い詰めなくてもろしくてよ。貧乏クジとは言いましたけれど、夏は大事な大事なビジネスパートナー。わたくし、ビジネスとは誠実せいじつであるべきと心掛けておりますの。決して弱みにつけ込むような真似はしておりませんわ」



優しげな声色で、そう明言した佐鳥さん。

ただ、質問に対する明確な回答ではなかった為、不満気な顔でジト目を向ける。



「うふふっ、ずいぶんと夏になついておりますのね。ですが、ごめんあそばせ。弊社白雪コーポレーションのCOOとして、他者と交わした契約内容を第三者に漏らすのは大変ろしくない事ですの。どうしてもとおっしゃるのなら……夏に直接聞いてみてはいかがかしら?きっと面白おもしろ──いえ、正直に答えてくれるはずですわ」



……白雪コーポレーションの信用問題に関わるのなら、これ以上佐鳥さんから聞き出す事は出来ないだろう。


『うふふっ』と意味深に微笑む佐鳥さんに若干おののきながら、渋々と頷く。



「さて、話を戻しますけれど……光さん、貴女『配信者になるのは逆効果なのでは?』と思ったでしょう?」


(!?)



まるでこっちの考えを見透かしたかのような佐鳥さんの言動に、目を見開く。



「そう思うのも無理かなる事ですわね。弊社白雪コーポレーション所属の配信者になってしまえば、今以上に世間の注目を集める事となりますもの。ですが、それはデメリットばかりでは御座ございませんことよ?」



佐鳥さんは私の目を真っ直ぐ見つめながら、矢継ぎ早に言葉を続けた。



弊社白雪コーポレーション所属の配信者だと世に公表する事で、マスメディアの過熱報道ならびに光さんの個人情報を特定しようとするやからないしは、その情報を使って光さんを手中に収めようとする権力者達ふとどきもの牽制けんせい出来るのですわ。端的に言いますと『弊社うちもんに手ぇ出したら潰すぞ』とあんに示すわけですわね。国内のダンジョン関連事業を一手にになう弊社に面と向かって喧嘩を売るような愚者はおりませんもの」



そこでニヤリと不敵な笑みを浮かべると、テーブルの上に置いていた私の手にソッと手をかさねる佐鳥さん。



「光さんは弊社白雪コーポレーションの後ろ盾のもと、探索者けん配信者として心置きなく活動出来る。弊社は光さんのネームバリューで更なる飛躍と発展をげる。つまるところWINウィンWINウィンの関係ですわ!」



佐鳥さんはそこで一拍いっぱく置くと、『もちろん』と前置きした上で更に言葉を重ねた。



弊社白雪コーポレーション所属の配信者にならなくても、夏と契約した以上は弊社の威信にけて光さんをお守り致しますわ。ですが、そうなると弊社もという立場になりますので、企業・団体・個人有象無象が正規の手順を踏んで接触をはかって来た場合、露払つゆばらいにいささか難儀してしまうのも事実ですの。ですのでどうか、前向きに検討して頂けないかしら?」





〖私……〗



メモ帳にそこまで書いて、うつむく。

本当は、佐鳥さんの提案に従ってさっさと契約してしまったほうが良いって、わかってる。


──でも、怖いのだ。

人と関わるのが、期待に応えられず失望されるのが、私を否定されるのが……死にたくなるほど、怖い。



「光さん、貴女がダンジョンに潜る理由は何かしら?」


(ふぇ?)



突拍子とっぴょうしもない質問に、目が点になる。


そんな事を聞いてどうするのかと疑問符ぎもんふが浮かぶも、深く考えずにメモ帳にボールペンを走らせた。



〖人生を、変えたかったからです。自立して、お金を稼いで、おじいちゃんとおばあちゃんに少しでも恩返しがしたかったから──〗


下手ヘタっぴ、ですわ」


(!?)



私の書く手をさえぎって、佐鳥さんが笑う。



「光さん、貴女の解放のさせ方が下手っぴですわ。そうですわね……たとえば、の話を致しましょうか。先程さきほど光さんがおっしゃっていたグリーディのリュックサック。もしもそれを弊社白雪コーポレーションに売って頂けるのでしたら、10兆円で買い取らせて頂きますわ」


(じゅっ……!?ひぇぇ……)



目をこれでもかと見開く私に、佐鳥さんは事も無げに告げる。



「あれは世界級ワールドクラス恩寵品おんちょうひん。きっと収容物にはこれまで探索者達からせしめてきたドロップ品が山のように詰まっている事でしょう。そういう点では、こちらを選んで頂いてもWINウィンWINウィンの関係と言えますわね。探索者の中には一攫千金を果たして早々に引退する者も多くいますもの。──ほら、光さんもそのまま探索者を引退してしまえば、もうダンジョンに潜らなくても、御家族の皆様に恩返し出来ますことよ?」



佐鳥さんのその言葉に、ゴクリとつばを飲み込む。


確かに、10兆円もあればおじいちゃんとおばあちゃんに恩返し出来るだろうし、私を受け入れてくれたこの町にも少なからず還元出来るはず。


探索者を続ける理由だって無くなるのだからウジウジ思い悩む必要も無いし、配信者にならなくても全てまるっと万事解決だ。


──なのに、どうしてだろう。

どうしてこんなに胸がモヤモヤするのだろう?



「うふふ、悩むという事は前に進もうとする現れですわ」



そう言って、どこからか取り出したタブレットをテーブルの上に置く佐鳥さん。


液晶画面にはたくさんの文字が規則的に並んでいるのが見てとれた。



〖これは……?〗


「それは昨夜の動画に対するSNSの反応を軽くまとめたものですわ。さあ、タブレットを手に取って御覧ごらんになって」



佐鳥さんにうながされるまま、文字列に目を向ける。



:乙姫様の配信見たけどやべぇ、あの子絶対バズる

:ヒカリちゃん可愛ええのに強いとか最&強では?

:世間に食い物にされる前に私が守護らねば……

:ヒカリだっけ?配信者になってくんねぇかなぁ

:日本はあの子に何かしらの勲章を授与するべき



そこに並んていたのは、私に対する賞賛の言葉。

それが数ページにも渡って書き連ねられていた。



「いかがかしら?世界は神楽光を認識し、こんなにも求めている。大丈夫ですわ、世界は思っているよりも怖くなくってよ」



──世界が私を認識し、求めてる。

胸のずっと奥のほうに眠っていた感情が、うずいた気がした。



「その感情欲望は、ちっちゃなつぼみのようなもの。光さんはまだ気づいていないのでしょうけれど、確かににあるモノですわ。その蕾が花開く力添えを弊社白雪コーポレーションに……いいえ、わたくしにさせて下さらないかしら?」



……佐鳥さんはずるい人だ。

そんな風に優しくされたら、誰だって頼りたくなってしまうに決まってる。


だから、私は──。



〖サトリさん。私を、配信者にして下さい〗


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ネグレクトされた地雷系少女は今日もオーバードーズをキメて無双する めんへらうさぎ @menherausagi

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