第20錠 第三者視点〜乙姫夏編〜②



〖今、お電話しても良いですか?〗



続けて送られて来たそのメッセージに、少しだけ思考をめぐらせる。


考えるのは、配信をどうするかだ。

ゲリラ配信とはいえ、100万人達成配信と銘打めいうった雑談配信なので、1時間も経っていない今、急に止めるワケにもいかない。


それに、配信をミュート消音にしてちょっとだけ電話するにしても、視聴者というのは変に勘繰かんぐる生き物である。


それは配信者として悪手だ。


配信が終わった後に電話するにしても、それは数時間後になるので、ヒカリちゃんのコンディションが悪くなる可能性もある。


とはいえ、このまま配信中にメッセージのやりとりをするワケにもいかないので、早いとこ決めないと。


……ヒカリちゃんの話題が出たタイミングで連絡が来たという事は、ヒカリちゃんはこの配信をはずだ。


だったら──。



「みんな、お待たせ!実は100万人達成のお祝いにとつに来てくれた子がいるから、みんなは誰が来るのかコメントに予想を書いてねっ!」



そう言いながら、ヒカリちゃんのYARNヤーンにコールを入れた。





『──も、もしもし』



携帯の向こう側から聞こえて来た、かわいらしい声。


庇護欲ひごよくをくすぐるような、想像以上の声音に、ついつい微笑んでしまう。



「ヒ……えっと、名前!名前出して大丈夫?あと、スピーカーモードにしても良いかな?」


『え……はい、大丈夫、です?』



戸惑とまどいつつ了承してくれたヒカリちゃん。

そこにちょっとだけを感じたけど、そのまま視聴者さん達に向けて宝物を自慢するように声を張った。



「じゃあ……みんな、紹介するねっ!この子の名前はヒカリちゃん。さっき話題に出てた、私の現地妹だよ!」


『──えっ?え、え、え?』



:合法ロリうぉぉお!

:突発コラボきちゃー!

:現地妹と認めてて草

:どけ!俺がお兄様だ!

:ヒカリちゃんゲロ売って下さい!



『あ、の……夏さん』


「んー?どうしたの?」



絞り出すように声をつむぐヒカリちゃんに、優しく問いかける。



『もしかして、今配信中ですか……?』



──その一言で、さっする。

あ、、と。





『ご、ごめんなさ……ッ!すぐ、切ります!』


「ちょちょちょ!ヒカリちゃん待って待って!」



:なんやなんや?

ToLOVEるトラブルか?

:先生、乙姫ちゃんがヒカリちゃんを泣かせました

:切り抜き師さんこっちです

:キロ1万でどうですか?


チャット欄がざわめきで加速していくのを横目に、ほほに一筋の汗が流れる。


……これは私の失態だ。

ただ、とにかく今はヒカリちゃんを落ち着かせないと。



「ごめんね、ヒカリちゃん。先に配信中だって伝えれば良かったね。私も雑談配信だからって気を抜き過ぎちゃった。ヒカリちゃんさえ良かったら、このままお話したいんだけど、良いかな?無理そうなら、また後でも大丈夫だよ」


『…………ご迷惑じゃ、ないですか?』


「全然!うちの太郎さん達はハプニングも楽しむ人達だから!……あ、でも今は配信を開いちゃダメだよ?コメントには変な人もいるからねっ!」



そう言って、デスクに積み上がったを急いで片づける。


:なんか俺達のせいにしてて草

:理想のお姉さん像を崩したくないんやろなぁ

:本当は酒カスなのにな

:これ、訴えれば勝てると思うの

:ヒカリちゃん騙されないで!



「ゴホンッ!……それで、ヒカリちゃん。今日はどうしたの?」



咳払いを一つして、どうにか自分のペースに持って来ようと本題に入る。



『……実は今日、ダンジョンに入ったんですけど』


「え!?ヒカリちゃん、東京に来たの!?」



予想外の言葉に、吃驚きっきょうして声を上げる。



『…………?』


「あれ?ヒカリちゃん、ダンジョンに入ったんだよね?東京にある【0級ダンジョン】じゃないの?」


『……違います。あの、未登録のダンジョンです』


「ッッ!?」



素っ頓狂すっとんきょうな声が出かかって、どうにか飲み込んだ。


ヒカリちゃんはこの間探索者になった子だ。

なのに未登録のダンジョンを見つけるなんて、としか思えない。


それに、ヒカリちゃんはダンジョンにと言った。


ソロでなのか、パーティでなのか。

何回目の探索なのか。

ギフトはどうなのか。

どこでダンジョンを見つけたのか。


気になる事があり過ぎるものの、グッとこらえて沈黙で続きをうながした。



『ソロでダンジョンを完全攻略したんですけど……調査隊の人が来る前だったので、提出する映像に問題が無いか、夏さんに見てもらいたかったんです……気になる事もあったので』



──思考が追いつかなくて、頭を抱えてしまった。


:ダンジョンの完全攻略!?

:マジで!?

:え?この子最近探索者になったんだよね?

:誰かにキャリーしてもらった、じゃなく?

:とりま話きこうぜ



「……ヒカリちゃんには色々聞きたい事があるけど、とりあえず……怪我は無い?」


『怪我は……大丈夫です』



会話が噛み合っていない気もするが、大怪我は負っていないようなので、ホッと息をつく。



「じゃあ、後でYARNヤーン記録ログを送ってもらっていいかな?配信が終わってから確認するね」



そう言うやいなや、コメントがもの凄い勢いで加速した。


:えぇ!?そりゃないよ乙姫様!

:俺らも完全攻略の動画見たいぞー

:ネットにはゴロゴロ転がってるけど未登録は貴重

:かわいいおにゃの子のソロってだけで価値がある

:みんなで鑑賞会しようぜ



「みんな、見たい見たいってワガママ言わないの!ヒカリちゃんは配信者じゃないんだからね!」



その言葉に反応するように、ヒカリちゃんは声を上げた。



『……あの、今から送るので、映してもらって大丈夫です。配信中なのに迷惑かけてますし……わ、私なんかの探索で、配信のネタになるなら』



ヒカリちゃんの言葉に、眉をひそめる。

自身をぞんざいに扱うような言動が気になったからだ。


ただ、今それを指摘したところで、ヒカリちゃんとのが離れるだけ。


心のモヤモヤを飲み込んで、手に持つ携帯をソッとでた。



「……ヒカリちゃん、何個か質問して良いかな?」


『はい』


「映像は、自分で1回見た?」


『はい』


「たとえば、おトイレとかお着替えとか……映ってない?」


『はい』


「お顔は映ってる?」


『……ちょっとだけ』


「……じゃあ最後の質問。 ──ギフトは賜った?みんなに知られても問題ない?」


『……はい。大丈夫です』


「そう……太郎のみんな!今からヒカリちゃんの大冒険を視聴するから、変なコメントはしないように!考察やアドバイスは拾うけど、マナーを守れない人はマネちゃんに頼んでブロックするからねっ!」



:流石人気配信者!需要をわかってるぅ!

:どんなギフトかな!?かなっ!?

:みんな酒呑んでるからテンション高くて草

:全裸待機

:↑しにたくなければ脱ぐな着ろ


私の言葉を聞いて、待ってましたと言わんばかりにコメントを加速させる視聴者さん達。


100万人達成ゲリラ配信だったのに、妙な展開になってしまったと頭を抱えながら、もし何かあればすぐさま配信を切って配信記録アーカイブを非公開にしようと、密かにそう決心した。


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