第19錠 第三者視点〜乙姫夏編〜①



「みんなー、今日も来てくれてありがとっ!ご新規さんは初めまして、乙姫おとひめチャンネルの乙姫様こと乙姫夏だよーっ!」



目の前のディスプレイに手を振って、いつものように挨拶をする。


それだけでモニターに流れるコメントが、一気に加速した。


:きちゃー!

:きちゃ!

:乙姫様ーっ

:挨拶たすかる

:初見です、こんばんは


ダンジョン探索で鍛えられた目で、反応を見る。

夜遅い時間だというのに、同接視聴者数は上々だ。



「みんな、ごめんね。ゲリラ配信になっちゃって。でもみんなと喜びを分かち合いたかったから……その理由、みんなわかるよね?」



:100万人達成おめでとう!

:古参ワイ、感動でむせび泣く

:流石乙姫様やでぇ、太郎として鼻が高い

:太郎ってファンネーム?

:↑せやで、概要欄見な


自身をたたえるコメントの文字群に、思わず笑みがこぼれる。



「みんな、ありがとーっ!まさかこのタイミングで達成するとは思わなかったけど……これも日々応援してくれる、みんなのおかげだねっ!」



同接視聴者数がどんどん増えてきたので、そろそろ本題に入ろうと矢継ぎ早に言葉をつむぐ。



「ゲリラ配信だから企画も用意してないし、雑談配信になっちゃうけど、みんなでマッタリお酒でもみながら1時間くらいお話でもしようねっ!」



そう言うやいなや、鼻歌を歌いながら画面外からコンビニ袋を引き寄せて、中身を次々とデスクの上に並べる。


ほとんどがお酒の缶である事に、視聴者さん達は面白いくらいに食いついてくれた。


:20歳になったばかりなのに酒カスで草

:100万人達成がお酒を呑む口実になってて草

:綺麗だろ?これ、酒カスなんだぜ?

:女で酒を呑む奴は男の影響って童貞が言ってた

:乙姫様のわかめ酒呑みたい



「ちょっと!人聞きの悪いこと言わないでくださーい!初見さんが逃げちゃうでしょ!?マネちゃん、変な人も湧いてるので対応お願いしまーす!」



:ひぇっ

:消さんでくれぇ!出来心なんじゃあ!

:ユニコーン君さぁ……

:初見です、惚れました

:グダグダで草


怒ってますよとアピールするように眉を吊り上げると、またもコメントが加速する。


視聴者さんとの掛け合いプロレスが面白くて、ついつい会話が脱線してしまうのも、いつもの事だ。



「ご静粛せいしゅくに!……画面の向こうの太郎のみんな、お飲み物は持ちましたか?それでは私の100万人達成を祝しまして……KPけーぴー☆」



KP乾杯

:乾杯

:卍解

:カンパーイ

:かんぱーい!









:そういえばヤ〇ザを捕まえた動画、Chuitterちゅいったーでバズってたね



──そのコメントがチャット欄に流れたのは、雑談配信が始まってから少し経ったときだった。



「あぁ、あれね……私としては不本意なの。あれのおかげで登録者が増えて100万人達成が早まったけど、ヒ……女の子がヒドイ目にあってるシーンも映ってたから、正直さらさないで欲しかったなって」



思い出して、眉をひそめる。

あの日、私がヤクザを捕まえた事がChuitterちゅいったーのトレンドにまで入っていた。


不特定多数の人が、動画付きで投稿したからだ。


私だけが映っているのなら人気者の宿命さがとして受け入れられるけど、ヒカリちゃんまで悪目立ちするのはいただけない。


たとえモザイク処理をしていたとしても、ね。


:確かに、あのおにゃの子可哀想やったな

:殴られてゲロ吐いてたしな……

:大人が誰も助けねぇでカメラで撮ってる異様さ

:勝手に撮って勝手に晒す、現代病よな

:ワイならあのゲロ高値で買ったわ


うちの視聴者さん達の多くは良識りょうしきを持っているからか、みんなヒカリちゃんに同情的な反応だ。


Chuitterちゅいったーのコメントには〖免許証センターは託児所じゃねぇんだよ〗なんて書き込みもあったから。



「あの子としばらく一緒にいたんだけど、本当にかわいくて良い子なの!ちっちゃくてね、聞き上手でね……ほっとけなくて、YARNヤーンまで交換しちゃった」



:乙姫様がまた現地妻作ってて草

:あのおにゃの子小学生やろ、現地妹じゃね?

:ロリコンですね、お薬出しておきます

:電光掲示板見て喜んでたらしいで、知らんけど

:え、合法ロリって、コト!?


言いたい放題の視聴者さん達に、苦笑いを浮かべる。



「合法ロリって言葉はあれだけど、免許証が交付されてるから立派なレディだよ?それにギフトがあれば性別も体格も関係無いから、でこっちに来るときは、願掛けの意味も込めて私が担当しようかなって」



私利私欲しりしよくで草

:ギフト無くてもランキング上位の人がいました

:あの人はバケモン、もう引退してるけど

:引率?

:↑東京にある【0級ダンジョン】に先輩探索者がペーパー探索者達を連れて入る事。モンスターが激弱だからデコピンで倒せる。ギフトの抽選会場みたいなもん。ギフトを賜らなかったらここで引退する探索者もいる。これくらい自分で調べろ、俺の手をわずらわせるな


コメントが加速する中、手に持つ酒缶をクルクル回す。



「配信活動に興味を持ってくれたら、コラボとかしてみたいなぁ……っと、話がだいぶ脱線しちゃったね。さっきまで、なんの話をしてたっけ?」



そう言って、違う話題に移ろうとしたとき。



「ん?」



マナーモードにしていたプライベート用の携帯が、ブルリと震えた事に気がついた。



「携帯に連絡が来たからちょっと確認するね。みんな、好きなおつまみをコメントに書いて待ってて」



:りょ

:ワイは塩!

:はいよー

:男だな

:↑お前、男をツマミに酒を呑むんか


『何かの公式かな』と、なんとわなしにYARNヤーンを開いて目を剥いた。



「え?かわよ」



そこには、今話題にしていたヒカリちゃんから送られてきた〖お話したいです〗という、あざと過ぎる文言。


しかも、だ。

あのとき、精神障害で声が出ないと言っていたけど、今は落ち着いてきたという事なのかな?


こんなの、断れるワケ無いとすぐさま返事を返す。



〖お話!?したいしたい!〗


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