第16錠 強欲


私の爆弾魔ボマーなんて比じゃないくらいの、衝撃と破壊音。


ボス部屋は地震でも起きたようにグラグラと揺れ、土埃つちぼこりがもうもうと舞っていた。


その土埃が収まるのを待ってから顔を上げてみると、白熊を中心に大きなクレーターが出来ていた。



「私、生きてる……?」



ワケもわからず、つぶやく。

体は傷だらけなので無事とは言えないけど、死んではいない。


そうだ、何かにと思い出して、ハッとする。


お人形さんが、助けてくれたんだ。


1体は大怪我を負わないように私を受け止めてくれて、1体は私の身代わりになってくれた。


……たぶん、無意識に『助けて』って思ったのかも。


嬉しくて、情けなくて、私を受け止めてくれたお人形さんをぎゅっと抱きしめる。





白熊は土埃を払うような仕草をした後、また素材のそばに腰を落として盗人ぬすっと行為を働いている。


追撃が無いってことは、白熊が興味をいだいているのは素材や宝箱だけで、私には興味無いのかも。


白熊じぶんが見つけた財宝を、私に盗られそうになった。

だから、攻撃した。


そうだとしたら、凄い強欲なモンスターだ。

フツフツと怒りが湧いてくる。


素材と宝箱を回収したら、どこかに消えてくれるのかも知れないけど、一矢報いっしむくいないと気がすまない。



「白熊くん、勝負だよ」





お人形さんは、潰されたときに爆発してるはず。

なのに全くダメージが入って無いという事は、このモンスターの強さは並じゃない。


きっと、イレギュラーなモンスターだ。



「お人形さんは、ここにいてね」



大丈夫、ホブゴブリンのときに飲んだ【パワー薬】と【スピード薬】の効果時間は、まだ残ってる。


震える足は、叩いて止めた。



「ていッ!」



無防備な白熊の背中に、気合いを入れてグーパンチを食らわせる。


思ったより、手応えが無い。

ホブゴブリンはワンパンだったのに。


そういえば、白熊の毛が白く見えるのは体毛がストローのような中空構造になってるからで、ダメージもその空気ので相殺されるって聞いた事がある。


ギロリと、こっちを睨む白熊。

ヒットアンドアウェイですぐに距離をとると、素材と宝箱に視線を戻したので、私を追うつもりは無いみたい。


だったら、更に過剰摂取ドーピングだ。



「【パワー薬】と【スピード薬】、出てきて!」



瞬時に両手に収まる、二種類の錠剤瓶。

すでに20錠摂ってるから、理論上はあと78錠まで摂れるはず。


だけど、たった20錠であんなに高ぶるなら、今はまだ怖くてそこまで摂れそうに無い。


だから、50錠はんぶんまで。

キュポっと親指でふたを外すと、ピーナッツを食べるようにポリポリ錠剤をかじる。


その姿が異様だったのか、それとも何かを感じたのか。


私にはわからないけど、白熊は素材を回収する手を止めて、ゆっくりと立ち上がっていた。





「ふぁあぁぁあああぁああ゙……ッ!」



目の前がチカチカする。


頭の中では脳内ドーパミンがドバドバ溢れてて、体をめぐるゾクゾクとした高揚感と多幸感に我慢出来ず、声を上げた。


白熊が、ポンポンとお腹を触る。

どうやらそこを殴ってみろって事らしい。

試されてるってわかってるけど、素材より私を優先してくれて、ちょっと嬉しくなった。


もう、倍率なんてどうでもいい。

勝負は、ワンパンで決める。



「いっけぇぇえええッ!!」



こんなに大きな声が出たのは、生まれて初めてかもしれない。


『声を出すな』ってあの女に言われ続けてきたもんね。


景色が流れる、なんて甘っちょろい比喩じゃなく、まさに瞬間移動のようなまたたきの間で、私は渾身のグーパンチを白熊のお腹に食らわせていた。





──大気が、爆発した。

地面は割れて、壁や天井は崩れて、音の無い世界が生まれて。


その中で白熊は、シッカリと2本の足で立っていた。


もちろん、お腹にも穴はいていない。



「ひぇっ……」



思わず出た感想。

その言葉が理解出来たのかわからないけど、白熊はニヤリと笑って……膝をついた。


どうやら、痩せ我慢をしていたみたい。

それでも、凄すぎるタフさだと思う。


トドメを刺すとか、これからどうしようとか色々考えていると、白熊は地面に転がっていた大きなリュックサックをむんずと掴み、私の目の前にドンと置いた。



「……え、くれるの?」



グイグイとリュックサックを私に押しつけてくるので聞いてみると……白熊はグッと親指を立てて魔法陣へと走って行った。



「あ、待って!」



白熊が魔法陣に入った瞬間、すでに白熊の姿は消えていて。


魔法陣もすぐに硝子ガラスが割れたように砕け、消えてしまった。



「夢、だったのかな」



過剰摂取オーバードーズの高揚感と多幸感による幻覚だったのかも、なんて苦笑い。


一つだけ確かなのは、ホブゴブリンの素材とダンジョンクリア報酬の宝箱の他に、白熊のリュックサックが荷物として残ったという事実問題だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る