第9錠 光



(んふふふふふふっ)


私は今、手元にある免許証を見つめ、もの凄くニマニマしていた。


あの後すぐ確認に行ってくれた夏さんが、職員さんにお願いして免許証を持って来てくれたのだ。


やっぱり証明写真の顔はニマニマしていて不気味だったけど、して問題は無い。



「──でね、目撃者も証言も多いって事で今は一旦警察で身柄を確保しといて、後日起訴されるみたい。傷害事件として被害届を出さないなら事情聴取はされないみたいだから、そこは安心してね。威力業務妨害とか諸々もろもろの件はここの免許センターの対応次第だけど、示談もあるって感じかな。……ねぇ、聞いてる?その顔は聞いてないよね?お姉さん悲しくて泣いちゃうよ!」



どうやら、話に集中してない事がバレてしまったようだ。


『いけないいけない』と頭を振って、免許証を大事に大事にショルダーバッグに仕舞うと、泣き真似をする夏さんに心配事を1つ、聞いてみる事にした。



〖あのおにぃさんが保釈?釈放?されたら、夏さん、報復とかされませんか?大丈夫ですか?〗



その文章を読んだ夏さんは……キョトンとしていた。


あれ、変なこと聞いちゃったかな?

凄くドキドキした質問だったのに。



「あぁ、あの人ヤのつく仕事の人だもんね。心配してくれてありがとう。でもね、そこは大丈夫かな。私は探索者だから」



その言葉に、今度は私がキョトンとする番だった。


よほど私の顔がマヌケだったのか、クスリと上品な笑みをこぼす夏さん。


そこからあごに指を当て少しだけ考えるような仕草をすると、お財布から10円玉を1枚取り出して、それを和紙わしでもくように軽々と真っ二つにしてみせた。



「凄いでしょ?私も探索者になる前はこんなこと出来なかったけど、探索者になってダンジョンにもぐるようになったら簡単に出来るようになったんだよ」



ぽかんと口を開けて驚く私に、夏さんは事も無げ告げる。



「探索者はモンスターを狩る事で強くたくましく成長する。悪い言い方をするなら、になるんだ。バケモノに報復しようとしても、チャカ拳銃ドス匕首ポン刀日本刀なんかじゃ傷一つ与えられないし、返り討ちにされるってあの馬鹿ヤのつく人もわかってる」



一拍置いてから、更に言葉を続ける。



「力を手に入れるにはダンジョンに潜るしかない。でもダンジョンは国に逐一ちくいち管理されてて免許証は必須。無免許で強くなるには未登録のダンジョンを見つけて囲うしかないけど、未登録のダンジョンなんてそうそう都合良く見つからない。だからあの馬鹿も免許証通行証が欲しくて無理を承知で試験を受けに来たんだろうし、反社会的勢力がそんな力を持ったら治安が一気に悪くなるから法律が緩和される事は無い……要するに、私は大丈夫って事!」



そう言って笑う夏さんは、まばゆいくらい自信に満ちていて──。


私も……いつかきっと夏さんみたいに、胸を張って生きてみたいって、そう思った。



「よし、と。マネージャーさんもそろそろ帰って来るし、そろそろ行きますかー」



伸びをして背骨をコキコキ鳴らす夏さんに、あらためて感謝を伝える為、ベッドから抜け出して頭を下げる。



〖今日は本当にありがとうございました。お仕事頑張って下さい。応援しています〗



あとでチャンネル登録しておこう、なんて思うくらいには良くしてもらった。


しかし、夏さんはそんな私の言葉にまたキョトン顔を浮かべると、そのあとポンっと手を打った。



「今日のお仕事はバラシリスケになったんだよ。まだ配信前だったし、流石にバタバタし過ぎたからね。と言っても、予定が明日にズレるだけだけど。だからこの後は【生まれたての探索者ちゃんとコインランドリーデートしてみた】というプライベート企画を実行しようかなーなんて……迷惑だった?」



なるほど。

だからここでずっとお話していたのかと、納得。


仕事がズレるほど迷惑をかけてしまったのは私なのに……正確には、あのおにぃさんだけど。


コインランドリーに連れて行こうとしているのは、私が両腕を気にしてさすっているせいかな。



『買い物に連れて行くのは、人の目があるから止めておこう』


『かと言って買ってきた服を渡しても、申し訳なさで縮こまってしまうかもしれない』


『だったら、ゲロ塗れの服を洗濯してあげたほうが喜ぶだろう』



そんな夏さんの優しさが、手にとるようにわかった。


……正直言えば、もうクタクタなので1人になりたいところだけど、もうちょっとだけその優しさに触れていたいとも思った。



〖迷惑じゃないです。ただ、初対面の私になんでここまで親切にしてくれるのか、聞いても良いですか?〗



そんな私の質問に、夏さんはニヤリと笑った。



「ふっふっふっ……良くぞ聞いてくれたね。私がこうして親身になっているのは『仲良くなってしたわれたいなぁ』なんて、そんなぞくっぽい理由では無いのだよ!今回のように営業で全国各地を巡るのも、案件をこなして地道に知名度を稼ぐのも、全てまるっと私のなのさ!……あ、私のギフトの詳細は過去の配信記録アーカイブを見てみてね」



大仰おおぎょうに語っていた夏さんは、今度は内緒話でもするように口に手を添え、言葉を続けた。



「私は生配信リアルタイムで活動しているから大っぴらに公表しているけど、今後もし未発見のギフトを賜ったら無闇矢鱈むやみやたら喧伝けんでんしちゃダメだよ?色々大変な事になるからね!」



……夏さんもオンリーワンなギフトを持っているって事なのかな。


美人で、愛嬌あいきょうがあって、優しくて、気遣いが出来て、スタイルが良くて、良い匂い。


その上オンリーワンなギフトを持っているのなら【今もっとも推したい配信チャンネルランキング1位】なのも、納得。



「マネージャーさんが駐車場に着いたみたいだし、行こっか!」



夏さんに手を引かれ、免許センターを後にする。

その手の温かさを忘れないように、強くギュッと掴まえたまま。








「おじいちゃん、おばあちゃん、ただいま」



家の玄関の引き戸をガラガラと開くと、そこでようやく人心地ひとごこちついた。


やっぱり、お家って落ち着くなぁ。



「遅がったな。どごさ行ってたんだ?メシは?」



おじいちゃんが心配した顔で出迎えてくれた。


今日は色々あり過ぎて、正直もう眠い。

たぶん、睡眠薬無しで眠れる気がする。

けど、お腹も空いたし、お風呂にも入りたい。



「うん、ちょっとね。お腹空いてるから、ご飯食べながらでも良い?」



おばあちゃんは、台所かな。

甘塩っぱい、良い匂いがする。

源さんが帰りにケーキを買ってくれたから、冷蔵庫に入れてもらわないと。


そう言って居間に行こうとしたら、携帯が震えた。



〖お家には着いた?〗



夏さんからの連絡SNSだった。

コインランドリーにいるときに『YARNヤーン交換しよ?』と言われて慌ててインストールしたコミュニケーションアプリなので、あやふやな操作感に四苦八苦してしまう。



「今、着き、ました……と」



そう返信して顔を上げると、おじいちゃんと目が合った。



「嬉しい事でもあったんだな。がったなぁ」


「……うん」



おじいちゃんが嬉しそうに笑う。

そんなにわかり易い顔してたのかな……なんて、熱くなった顔を隠すように携帯を見ると、また夏さんから返信が来た。



〖そういえば名前、聞いて無かった!登録するから名前教えて欲しいな〗



そういえば、と思い出す。

自己紹介をする前に、夏さんはマネージャーさんからの電話で席を外してたんだった。


コインランドリーでも夏さんが1人でずっと喋っていたので、自己紹介の事などすっかり忘れていた。



「自己紹介、遅れ、ました。私の名前は──」






あの女が私につけた名前は、数年前にもう捨てた。


今の私は、おじいちゃんとおばあちゃんが一生懸命考えてくれた名前に改名してる。


とても不相応な名前だけど、気に入っていた。



「送信、っと」



免許証は手に入れた。

夏さんとも出会えて、仲良くなれた。


あとは探索者として1人前になれるよう、明日から頑張ろうって……そう思った。











「おぉ!あの子、ヒカリちゃんっていうんだね!良い名前だなぁ……さて、愛称は何にしようかな。ヒカリちゃん、ヒカちゃん、ヒーちゃん、ピカチュ……うーん、悩む!」


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