第8錠 乙姫ちゃんねるよろしくねっ!
知らない天井だ。
なんて、そんな冗談を考えられるくらいには、私の意識は回復したらしい。
どうやらベッドで寝ていたようで、体を起こして軽く伸びをすると、医薬品の匂いが鼻をついた。
体調は……大丈夫そうだ。
ゴミ箱が当たった頭も、タンコブすら出来ていない。
口の中がちょっと不愉快だけど、これはもう慣れっこだ。
周囲を見渡す。
ここは、たぶん医務室かな。
ベッドだけの簡素な室内だけど、直前の記憶でもそういう声が聞こえたから、間違いない。
さて、この後どうしよう。
人がいても困るけど、人がいなくても困る。
「あ、目が覚めたんだね。良かった」
そのとき、ドアを開けてひょこっと顔を覗かせたのは、あの配信者さんだった。
ニコッと人好きのする笑みを浮かべ、そのままベッドのそばにあった丸椅子に腰を下ろした。
「災難だったね。体調はもう大丈夫?痛い場所は無い?」
その問い掛けに口を開こうとして、すぐ閉じる。
どうしよう。
助けてくれて有難うございますって伝えたいのに言葉は出ないし、2人っきりは凄い緊張する。
「あぁ……声が出ないくらい、恐かったよね。大人でも
まるで金魚のように、口を開いては閉じる私の姿を見て、そう解釈する配信者さん。
違うんです。
あなたに緊張してるんですって、伝えたいのに。
あのおにぃさんにブルったわけじゃ無いんですって、伝えたいのに言葉は出なくて。
そこでハッと
『助けて頂き、ありがとうございます。体調はもう大丈夫です。怪我も無いです。あと言葉が出ないのは、そういう精神病なので気にしないで下さい』
配信者さんに、携帯の画面を見せる。
簡潔だけど、伝わったかな。
液晶がバキバキなのは気にしないで欲しいな、なんて思いながら。
「……そう、なんだ。じゃあ良かった。あ、そういえば自己紹介がまだだったよね。私の名前は
情報量が多くて目が回った。
そのくらい舌が回っていた。
マシンガントークなのに全然
「……あれ?私のこと、知らない?」
配信者さんって凄いなぁ、なんて戸惑いつつ、首を縦に振ると「私の知名度もまだまだ伸びしろあるね!」なんて、嬉しそうに夏さんは笑った。
名乗ってもらって返さないのは失礼なので、私も一応自己紹介しようとキーボードをタプタプ入力する。
3行くらいで終わるような内容だけど、大丈夫だよね?
そのとき、不意に鳴った軽快なメロディーに、顔を上げる。
どうやら夏さんの携帯に着信があったみたい。
「ごめんね。警察に行ってくれたマネージャーさんから連絡が入ったから、ちょっとだけ電話して来ていいかな?」
その言葉にコクコク頷いていると、夏さんは手に持っていた紙袋を私に手渡して来た。
なんだろう、これ?
「それ、私の
そう言って足早に去って行った夏さんを、呆然と見送る。
困った事になった。
確かに、今の私はパーカーもシャツもゲロ
でも、Tシャツは半袖だった。
まだ夏だから、当然と言えば当然。
という事は、私の
何も恥ずかしい事じゃ無いけど、不快に思う人がいるかもしれないから出来るだけ見せないようにしていた。
……
とは言え、折角の
「ごめんね、ちょっと遅くなっちゃった」
そこまで時間も経たず、夏さんは帰って来た。
私を待たせるのが嫌で、早々に切り上げてくれたのかな。
「あ、Tシャツ着てくれたんだね!凄く似合っててカワイイよ!ふふふ、これで私推しがまた1人増えてーーぇ?」
言葉の途中で、目を見開いたまま固まる夏さん。
その視線の先は、当然私の両腕だ。
「あ……と、そうだ。何か聞きたい事はある?あのヤのつく人がどうなったとか、何でもいいよ!」
不自然な笑顔で
痛ましいものを見るような目だけど、私はそれに気づかないフリをして、携帯に文字を打ち込んだ。
『私の免許証がどうなったのか知りたいです』
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