第7錠 免許センターでゲロを吐く


駅を出てからナビを頼って探索免許センターに向かうと、平日の早い時間だというのに、たくさんの人でにぎわっていた。


ちょっとだけ面食らったけど、入口に貼ってある宣伝ポスターに、その答えは書いてあった。


どうやら今日、さんが来るらしい。


興味が無い訳じゃないけど、案内図を見て、そそくさと受験窓口へと向かう。


案内人らしきおじいちゃんが、こっちに近づいていたからだ。


私が列に並んだのを見届けて、待機場所へと戻っていったおじいちゃんの姿に、ホッと胸をで下ろす。


知らない人と会話をするなんて出来ないし、あらかじめネットで流れを予習しておいて本当に良かった。




受験料を支払うと申請しんせい書類を渡されたので、それを記入したら住民票などの必須書類と一緒に提出する。


受験票を貰ったら適性検査などの法定講習を受けて、受験会場へ。


室内は缶詰のように人が詰まってて、だいぶ距離が近い。


試験時間ギリギリに入れば良かったと、ちょっと後悔。


試験の注意事項を聞き終えて、目線を試験官のおじさんから手元のテスト用紙に移すと、すぐに試験は始まった。


マークシート100問。

9割取れると合格らしい。


2週間ちょっと、ミッチリ過去問をあさったので自信はあるけど、試験時間いっぱいまで、見直しに使う。


落ちたら受験料が勿体もったいないもんね。




(んふふふふふふっ)


私は今、最高に浮かれていた。

声は出ずとも、最高に浮かれていた。


顔は何度も何度も受験票と電光掲示板を行き来して、はたから見たら赤ベコのようだったと思う。


または不審者。


でも許してほしい。

だって、電光掲示板に受験番号がってたんだから。


試験が終わって、採点を待ってる時間は地獄だった。


待合室は広くてベンチもたくさんあるけど、結果待ちの人や午後の試験を受けに来た人でゴチャゴチャしていて居場所は無いし、人酔いで吐き気はするし。


いつ吐いても良いようにトイレの個室にずっとこもっていたほどだ。


なのに、結果発表を見た瞬間、この有様。


その後の写真撮影のときもニマニマ顔は止まなくて、きっと免許証の写真は気持ち悪い事になってるんだろうなぁ、なんてまたニマニマして。


ーーだから、バチが当たったんだと思う。




「なんだとゴラァ!もういっぺん言ってみろや、ア゙ァ!!」


突然、待合室に響いた怒鳴り声。


その声にビックリして視線を向けると、そこに立っていたのは、いかつい顔をした1人のおにぃさん。


柄物がらもののシャツと、紫色のスラックス。

頭はパンチパーマで、手にはクラッチバッグ。

体は縦にも横にも大きくて、一目で関わっちゃいけないタイプの人だとわかってしまった。


「ですから。さきほどもお伝えしたように、現在の法律では、反社会的勢力の方々は試験を受ける事が出来ません。規則ですので……」


その言葉で、なんとなく事態をさっする。

このおにぃさんはヤのつく仕事の人で、理不尽にゴネているのだと。


「お役所仕事も大概にしろやゴラァ!法律もへったくれもあるかいッ!!上のモン呼んで来いやッ!!!」


顔を凄めて、声を荒らげるおにぃさん。


警備員さんも案内員のおじいちゃんも他の職員さんも、みんなそのおにぃさんの剣幕けんまくにオロオロしていた。


ただ、矢面やおもてに立っている窓口のおばちゃんだけは、あきれたような表情だ。


「……あのなぁ、おばちゃん。暴力団関係者ってだけで、仲間はずれはダメよ。オレらにも人権はある。それに同じ国家資格の運転免許証は取得出来んだから、探索免許証だけダメってのは法律の方が間違ってるのよ。ほら、受験料はナンボでも払う。だから、ナァ?」


さきほどまでとは一転、優しげな声で、おどすようにおばちゃんに声を掛けるおにぃさん。


(ひぇぇっ……)


こころの中で悲鳴を上げる。

言葉の緩急に風邪をひいてしまいそうだ。


「お引き取り下さい。警察を呼びますよ」


「……チッ」


理屈が通れば道理がひっこむ。

気丈きじょうに振る舞うおばあちゃんに悪態あくたいをついて、ようやく窓口から離れたおにぃさん。


無事事態が終息しゅうそくするんだと、ホッとしたのもつかの間。


「なんだァテメェら。見せもんじゃねぇぞゴラァ!!」




(痛……ッ!?)


突然の衝撃と痛みに、うめく。

近くには、散らばったゴミとゴミ箱。

おにぃさんの蹴ったゴミ箱が、私に直撃したんだ。たぶん。


ジンジン痛む頭を押さえ、不用意に顔を上げて……後悔した。


おにぃさんと目が合った気がした。

こっちを、睨みつけていた。


慌てて目を伏せるも、おにぃさんは肩で風を切るように真っ直ぐこっちに歩いて来る。


私の前にいた人達は、みんないなくなっていた。

まるでモーゼの十戒じっかいのようだ、なんて現実逃避。


「こんなチビ餓鬼ガキが探索者になれるのに、オレがなれねぇのは不公平だよナァ!このチビ餓鬼の方がモンスターを狩れるってのか、ア゙ァ!?オレのほうが御国おくにのために貢献出来んだろうがッ!!お前もそう思うよナァ!?」


たまらず、首をすくめる。

理不尽で無責任な、言葉の暴力だ。

偶然目についたチビで痩せっぽちの私を、目のかたきにしないで欲しい。


「おい、なんとか言えコラ」


そう言って手を伸ばすおにぃさんの姿は、あの女の姿と、重なって見えた。




おにぃさんの指先が、私に触れたか触れないかは些細ささいな問題だった。


ただただ私の体は、拒絶反応を迎えたのだから。


「うぉッ!?なんだオイ!?」


地面に手をついて、ゲロを吐く。

見る角度によっては、おにぃさんに殴られてゲロを吐いたように見えなくも無いだろうけど、そんなの今はどうでも良い。


意識が朦朧もうろうとしてきて倒れそう、そんなとき。


「何をしてるんですか!」


おにぃさんとは違う、りんとした声が待合室に響いた。


「警備員さんは私と代わってこの人を拘束してて下さい!職員さんは警察に連絡お願いします!彼女は私が医務室に運びますので、早く!!」


気づけば、おにぃさんは床に倒されていて、その背中をひざで拘束している女の人が、叫ぶようにテキパキ指示を出していた。


ぎゃあぎゃあ喚くおにぃさんと、慌ただしく動き出す周囲を余所よそに、『あ、ポスターで見た配信者の人だ』なんて朧気おぼろげに思い出したところで、私の意識はブラックアウトした。



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