世界が私を見つけた日

第10錠 39度のとろけそうな日


「ふぅ……暑いなぁ」



頬をつたう汗を、無造作にぬぐう。

時刻は日中で1番暑い時間帯とされる14時過ぎ。


焦げつくような炎天下の中、熱中症にならないように差している日傘をクルクルと回しながら、私は1人田舎道を歩いていた。



「誰か最近、草刈りでもしたのかな」



緑風りょくふうが運ぶ青々とした草のにおいに、誰に言うともなく、そう呟く。


こころよい、川のせせらぎ。

遠目に見える、トウモロコシ畑。


いつもは夜中に歩いている道も、日中ではまた違った景色に見えて、不思議と顔もほころんでしまう。


日中の外出なんて、私にしては凄く珍しい事だ。


もっとも、珍しいと言っても私は別に、外出するのが嫌いなワケじゃない。


人目につきたくないだけで、お散歩は大好き。


とはいえ、今日わざわざ日中に外出した理由はお散歩の為ではなく、『ダンジョンを発見しました』と町役場の職員さんに報告する為だ。





探索免許証を取得した日から、すでに5日。


あの後、夕飯の最中に『実は探索免許証を取得して来たんだよ』と何気なく伝えてみたところ、おじいちゃんもおばあちゃんも入れ歯がポロっと落ちるくらい驚いていて、サプライズは無事大成功。


『凄いね』『頑張ったね』って、いっぱいめてくれて……いっぱいいっぱい心配してくれた。


探索者は、命懸けだもんね。


だから本当は、探索者として明日から頑張ろうって思っていたけど、畑仕事を手伝ったりお料理を手伝ったり、出来るだけ2人と一緒にいる時間を作って過ごした。


……正直、私が安心したかっただけかも。

ここに、帰る場所があるんだよって。


御社おやしろダンジョンの事を国に報告する気になった、とも言える。


──もう二度と、平穏な生活を失いたくないから。





(ふぅ……生き返る)



町役場の中に入ると、異常に効いた冷房エアコンが私を優しく出迎えてくれた。


節電エコうたって扇風機だけで暑さをしのいでいたらどうしようかと思ったけど、どうやらそれは杞憂きゆうだったみたい。


……ちょっとはしたないけど、スカートのすそを軽くつまんでパタパタする。


今日はお人形さんが着るようなえりの詰まったワンピースを着ているので、こうでもしないと熱がもって大変なのだ。



(『オシャレは我慢』って、誰の名言だったかな?)


そんなくだらない事を考えていた、そのとき。



「どしたん?」



(ッ!?)


突然、背後から掛けられたその声にビクリと肩がハネる。


町役場に着いた事で気を緩めていたけど、ここはまだ正面入口だという事をすっかり忘れていた。


慌てて振り向いてみると、そこに立っていたのは、見慣れない若い男性。


ネームプレートをつけている事から、たぶん外仕事をしていた職員さんなんだろうけど……見慣れないその職員さんを前にして、声を発する事が出来ず、固まってしまう。



「うん?あぁ、それ屈膝礼カーテシーってやつ?ゴスロリっぽい服着てるからそういうコンセプト?」



……どうやら慌て過ぎて、スカートの裾をつまんだままだったらしい。


固まって動けなくなってしまった私に『挨拶出来て偉いじゃん』なんて言いながら、グリグリと頭をでてくる職員さん。


……どうしよう。

悪い人ではないと思うけど、パーソナルスペースが近すぎで、ゲロ吐きそう。



「おんや、ヒカリちゃん。まーた来たんけぇ?」



またしても背後から聞こえてきた声に、急いで目を向ける。


その声が、聞きなじみのあるしゃがれ声だったからだ。



「あ、重森さん。お疲れっす」



そこに立っていたのは、中肉中背のおじさん。

名前は重森しげもりさんで、私はシゲさんって呼んでいる。


町役場に勤めるお偉いさんだけど、おじいちゃんの将棋仲間でよく家に来るので、今では私も気軽にお話出来るくらい仲良くなった人だ。



「おぉ、茶来ちゃらい君。草刈くさかりお疲れさまだぁ」



……どうやら、若い職員さんは【チャラい】って名前らしい。


いや、それは今どうでもよくて……私は助けを求めるように、シゲさんにひたすら目線を送った。



「茶来君。ヒカリちゃんの相手はワシがするから、休憩してきなぁ」


「うぃーす。じゃあ頼んますね」



どうやら私のSOSは届いたらしい。

シゲさんがチャラい君を遠ざけてくれた事に、安堵あんどのため息をつく。



「ヒカリちゃん。冷たいお茶ぁ持ってくるから、そこの個室で待っててぇ」



その言葉にコクコク頷いて返すと、私は乱れた髪を手櫛てぐしで直しながら、そそくさと個室へ避難した。





「で、今日はどうしたんだい?この前住民票貰いに来たけんど、もしかしてくしたんけぇ?」



冷たいお茶で一息ついた後、シゲさんがそう切り出した。


実は先日、免許証センターに持っていく住民票を取得したときも、シゲさんに対応してもらったのだ。



「ううん。住民票はちゃんと使ったよ」



そう言って、ショルダーバッグから探索免許証を取り出すと、シゲさんに見せびらかすようにかかげて見せる。



「なんとぉ!ヒカリちゃん、探索者になったんけぇ!?」



『おったまげた!』と言わんばかりに、大きなリアクションで目を見開くシゲさん。



「こーりゃ、今のうちに未来の英雄にサインでも貰って飾らんとなぁ」



そんなシゲさんのあからさまなおべんちゃらヨイショに、私も満更でも無く『むふーっ』と得意顔。


ただそこで、はたと気づいて頭を振った。

今日は、これを自慢しに来たワケでは無いのだと。



「あのねシゲさん。実は私……ダンジョンを見つけたの」



突然のカミングアウトに、キョトンとした表情を浮かべるシゲさん。



「……どこでぇ?」


「ここ」



壁に貼ってあった町の地図に近づき、指を指す。



神成かみなり神社かい……」



思案顔であごさするシゲさん。



「このことは騎士ないとさんと泡姫ありえるさん……おじいちゃんとおばあちゃんにはもう話してるかい?」



その言葉にコクリと頷く。



「んだらば、ダンジョン省にはこっちから連絡しとくけぇ、報奨金について『後で書類持ってくよ』って2人に伝えといてぇ」



そう言って、シゲさんはニカッと笑った。



「早速お手柄だねぇ、ヒカリちゃん……と、そうだぁ。神社付近は早いとこ封鎖しようと思うけんど、ヒカリちゃんはそのダンジョンに入るんかい?」



予想していなかった言葉に、目を見開く。



「……入っても良いの?」


「一般人だったらダメだけんど、ヒカリちゃんは探索者だからが貰えるけぇ、入れるよぉ」



まさか、そんな権利があったとは。

また1つ、探索者として賢くなった気がする。



「……調査隊も来るはずだからぁ、無茶をしちゃアカンよぉ?ヒカリちゃんの身に何かあったら町のみんなが悲しむけぇ」



私の顔を見て、『言わなきゃ良かった』と言いたげな表情をしているシゲさんにコクコク頷いて返すと、私は早々はやばやと町役場をあとにするのだった。

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