第2錠 御社ダンジョン


踏面ふみづらの狭い足下に気をつけながら足を進めると、に建っているのは、手入れもされず今にも潰れてしまいそうなほどボロっちい、小さな御社おやしろ


『無人の神社には近づくな』と言って近所の人は誰も近づこうとしないけど、森閑しんかんとしていて私は結構気に入っている場所だ。


気づけた、異変。



「……え?」



いつものボロっちい御社は、黒いもやをまとう真新しい御社へと変容していた。



「これって……」



だよね。

その言葉を飲み込む。


ダンジョンについて、そこまで詳しくは知らないけど、世のことわりを否定する事象である事くらいは知っている。


いわく、新しいエネルギー資源を生み出す、玉手箱パンドラの箱


お宝を守るのは、悪辣あくらつな罠。

そして、そこに巣食うモンスター達だ。





だいぶ前の話だけど、テレビのNNKえぬぬーけーに出演していた専門家さんは言っていた。


『ダンジョンの中でモンスターを倒した人は、神の御業みわざの名において、素敵なたまわれるのです!』と。


ギフトとは、摩訶不思議まかふしぎなパワーの事だ。


その種類は千差万別で、魔法使いのように火を操る、目からビームを出せるようになる、動物と会話が出来るようになるなど、様々。


……若干アタリ・ハズレはあるみたいだけど、そもそもの話ギフトというのは誰も彼もとホイホイ賜れるモノでは無いらしい。


ギフトを賜れる唯一のチャンスはだけで、あとはどれだけモンスターを倒したとしても恩寵おんちょうは得られず、国内調査のデータによるとギフトを賜れる確率は【1000人に1人の神さまの気まぐれ割合】なのだそうだ。


そういったギフトのチカラを駆使くしし、モンスターを倒す事で肉体は強くたくましく成長を遂げ、ダンジョンの攻略は進み、資源と財宝そして名声を得る。





70年前、ダンジョンが誕生してすぐのときは、まるでゲームのようなその事象の数々に、人類一同諸手もろてを挙げて歓喜したらしい。


ただ、歓喜は束の間だった。


法の制定や利権争いによってゴタゴタしている間に、ダンジョンが人類に牙を剥いたからだ。


世に聞く【群獣大暴走スタンピード】である。


ダンジョンは休まずモンスターを生み出し続ける。


その為、モンスターを討伐しないで放置していると、モンスターの数はダンジョンの許容量を超えて、溢れ出てしまう。


その溢れ出たモンスター達は狂ったように暴れ回るので、海外では小国がまるまる一つ飲み込まれてしまった、なんて事もあったみたい。


【群獣大暴走】は今も人類史に残る絶望トラウマなのだ。





(昨日までは無かった、よね?)


あらためて、目の前にある御社っぽい小さなダンジョンを注視する。


もっとも、小さくてもダンジョンはダンジョンだ。


一度ひとたび群獣大暴走なんて起きてしまえば、こんな小さな町なんて一夜にして滅びてしまうだろう。


嫌な想像をして、身震い。



「おじいちゃんに知らせないと……っ」



そう呟いてきびすを返そうとした──そのとき。



『人生を変える、チャンスでは?』



そんな言葉が、頭をぎった。

途端、体が石のように固くなって、足が止まる。

今の日本の法律では、16歳未満の者はダンジョンに入れない。


それは、未成年者を守るために制定された法律だと言われている。


ダンジョンの中に一度ひとたび入ってしまえば、たとえ大人であっても命の保証なんて無い世界なのだから、当然といえば当然。


だからこそ、16歳以上であってもダンジョンに入る為には探索者である事をしめす【ダンジョン探索免許証】が必要不可欠で、これは国家資格みぶんしょうとしての一面も持っているらしい。


もっとも、試験自体は原付バイクの免許証を取得するくらい手軽なモノらしく、適性検査などの決定講習をササッと受けた後、筆記テストに合格したら1日で取得出来るって、テレビでは言っていた。


とはいえ、今の私は満15歳。

誕生日まで、あと3週間近くある。


もちろん、ダンジョンに入る資格なんて無いのだから、早くお家に帰っておじいちゃんに知らせたほうが良いってわかってる。


今、このダンジョンに入るなのだと、気づいてしまった。





まず、前提ぜんていとして。


私は場面緘黙症ばめんかんもくしょうという不安障害をかかえて生きている。


そのせいでまともなコミュニケーションもとれない私に、普通の社会生活を営むなんて正直言って無理かなる事だ。


小学校すらまともに通えなかった私の人生なんて、すでに詰んでいると言っても良い。


そこで【ギフト】だ。


私のようなチビで痩せっぽちの女には探索者なんて不向きな職業かもしれないけど、ギフトさえあればなんとでもなる。


だって、ギフトを賜れた人達はもれなく『人生において成功したも同然』なんて言われているのだから。


自販機のルーレットにすら当たった試しの無い私だけど、もしも便利なギフトを賜って探索者として一端いっぱしに稼げたら、おじいちゃんとおばあちゃんに恩返しだって出来るかもしれない。


もしギフトを賜れなくても、おじいちゃんにダンジョンを見つけた事を伝えて、国に連絡してもらえば良い。


未登録のダンジョンを発見した場合『発見しましたー』と国に連絡したら【報奨金ほうしょうきん】が貰えるらしいので、そのお金でおじいちゃんとおばあちゃんに、少しは恩返し出来ると思う。


……とはいえ、それらは私らしくない【前向きなメリット】を並べただけ。


確かに人生を変えるにはなるかもしれないけど、このダンジョンに入るべき理由にはならない。


私が今、このダンジョンに入るべきだと思った最大の理由は……【後ろ向きな死ねば得られるメリット】に気づいたからだ。





本来、ダンジョンでの生死は自己責任だ。


ただ、ダンジョンというのは時も場所も選ばず、至るところに出現する災害のようなもの。


だからこそ、未登録のダンジョンで亡くなった場合の責任の所在は曖昧あいまいで、状況証拠と物的証拠さえ揃っていれば遺族は国からある程度の【弔慰金ちょういきん】が貰えるらしい。


弔慰金をおじいちゃんとおばあちゃんにのこせるのなら、このダンジョンで死んでも無駄死にデメリットにはならない。


私の命に価値を見出みいだせるのだから、むしろメリットというワケだ。





──パサリと、御社の近くにがま口財布を落とす。


私がダンジョンに入るような性格じゃないのは近所のみんなも知っているので、これなら調査の末ダンジョンの出現時に巻き込まれたとして扱われる、はず。



……本当は、おじいちゃんとおばあちゃんを悲しませたく無いけど……。


でも、いつかきっと、遠くない未来。

私は私の命を、簡単に捨てていると思う。


なら、命を懸ける死ぬべき場所は、今ここだ。



「ふぅ……」



アルミ缶のプルタブを起こして、だいぶぬるくなってしまった苺ミルクを一気にあおる。


甘ったるい、幸せだったころの味に、ちょっとだけ笑顔になれた気がした。



「よし、行こう」


死にたい。

死ぬのは怖い。

でも、生きているのはもっと怖くて、苦しい。



『人生を変える、チャンスでは?』



だから私は、私の人生うんめいを、ダンジョンにゆだねる事にした。


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