第2錠 御社ダンジョン


古い石磴を登ると、そこに建っているのは、手入れもされず今にも潰れてしまいそうなほどボロっちい、小さな御社おやしろ


『無人の神社には近づくな』と言って近所の人は近づこうとしないけど、森閑しんかんとしてて私は結構気に入っている場所だ。


だからこそ気づけた、異変。


「……え?」


いつものボロっちい御社は、黒いもやをまとう真新しい御社へと変容していた。


「これって……」


ダンジョンだよね。

その言葉を飲み込む。


ダンジョンについて、そこまで詳しくは知らないけど、世のことわりを否定する事象である事くらいは知っている。


いわく、新しいエネルギー資源を生み出す、玉手箱。


お宝を守るのは、悪辣あくらつな罠。

そして、そこに巣食うモンスター達。




ダンジョンの中で、はじめてモンスターを1体倒すと、1000人に1人の割合神さまの気まぐれで、という贈物スキルたまわる事がある。


そのギフトの内容は千差万別で、魔法使いのように火を操る、目からビームが出せるようになるなど、様々。


そういったギフトの力を駆使くしし、モンスターを倒す事で肉体は強くたくましく成長をげ、ダンジョンの攻略は進み、資源と財宝を獲得出来る。


70年前、ダンジョンが誕生してすぐのときは、まるでゲームのようなその事象の数々に、人類一同諸手もろてを挙げて歓喜したらしい。


ただ、法の制定や利権争いによってゴタゴタしている間に、ダンジョンは人類に牙を剥いた。


世に聞く『群衆大暴走スタンピード』である。


ダンジョンは休まずモンスターを生み出し続ける。


そのため、モンスターを討伐しないで放置していると、モンスターの数はダンジョンの許容量を超えて、溢れてしまう。


その溢れ出たモンスター達は狂ったように暴れ回るので、海外では小国がまるまる一つ飲み込まれてしまった、なんて事もあったみたい。


『群衆大暴走』は、人類史に残るトラウマなのだ。




あらためて、目の前にあるのは、小さな御社っぽいダンジョン。


もっとも、小さくてもダンジョンはダンジョンだ。


一度ひとたび群衆大暴走なんて起きてしまったら、こんな小さな町なんて一夜にして滅びてしまうだろう。


嫌な想像をして、身震い。


「おじいちゃんに知らせないと……っ」


そう呟いてきびすを返そうとした、そのとき。


『人生を変える、チャンスでは?』


そんな言葉が、頭をぎった。


途端、体が石のように固くなって、足を止める。




今の日本の法律では、16歳未満の者はダンジョンに入れない。


また、ダンジョンに入るためには探索者シーカーである事を示す特殊探索免許証も必要不可欠で、これは国家資格みぶんしょうとしての一面を持つ。


もっとも、原付バイクの免許証を取得するくらい手軽なものらしく、ササッと講義をやって適性検査を受け、筆記テストに合格したら1日で取得出来るって、おじいちゃんが言っていた。


私は、満15歳。

誕生日まで、あと3週間近くある。

それまでこのダンジョンを放置しておくなんて、精神衛生上無理な話だ。


だからこそ今、このダンジョンに入るのはメリットしか無いと気づく。


おおよそのメリットは4つ。


1つ目。

無事モンスターを1体倒して、運良くギフトを賜った場合。

私のようなチビで痩せっぽちの女でも、探索者として稼いで、おじいちゃんとおばあちゃんに孝行こうこう出来るかもしれない。


2つ目。

無事モンスターを1体倒すも、運悪くギフトを賜れ無かった場合。

未確認のダンジョンを発見したと、おじいちゃんに国に連絡してもらい、未確認のダンジョンだと認定されたら報奨金が貰えるので、それでおじいちゃんとおばあちゃんに孝行出来る。


3つ目。

モンスターを倒せず、生きて帰れた場合。

2つ目と同じ。


そして、4つ目。

モンスターを倒せず、場合。

国からのダンジョン災害弔慰金さいがいちょういきんを、おじいちゃんとおばあちゃんにのこせる。


本来、ダンジョンでの生死は自己責任だ。


ただ、今このダンジョンは未確認で、未確認のダンジョンなら自己責任も曖昧あいまいになる。


パサリと、御社の近くにがま口財布を落とす。


私はダンジョンに入るような性格じゃないって近所のみんなも知っているだろうし、これなら調査の末、突発的なダンジョンの発生に巻き込まれた不慮の事故として、ダンジョン災害弔慰金が支払われる確率は高い。




本当は、おじいちゃんとおばあちゃんを悲しませたく無いけど、でも、いつかきっと遠くない未来。


私は私の人生いのちを、簡単に捨てていると思う。


なら、死ぬべき場所は、今ここだ。


「ふぅ……」


アルミ缶のプルタブを起こして、だいぶぬるくなってしまった苺ミルクをあおる。


甘ったるい、幸せだったころの味に、ちょっとだけ笑顔になれた気がした。


「よし、行こう」




死にたい。

死ぬのはこわい。

でも、生きているのはもっとこわくて、苦しい。


『人生を変える、チャンスでは?』


だから私は、私の人生うんめいを、ダンジョンにゆだねる事にした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る