第一章 山奥での出来事④

「例えば事故を起こさせるのでもね。故意に道連れにしようとたくらんでるタイプもいれば、助けて欲しくて人間にすがり付いてしまうタイプもいる。人間は驚いて事故っちゃうけど、霊本人に悪気はない。そういうことも多くあるんです」

「あ、なるほど……」

「一番大事なのは、生前どんな人間だったか、という点だと思っています。あとはなぜ死んでしまったのかという理由も重要です。極端な話をすると、生前善人だったにもかかわらず、誰かに命を奪われてしまった悲しみにより悪霊化してしまうこともある。いくら悪霊といえども、そんな悲しい人を無理やり除霊はしたくないでしょう? その場合は、何とか恨みを捨てるように働きかけます」

 水城さんが言った内容に、驚きで目を丸くした。

「そんなことが出来るんですか?」

「そこが腕の見せ所ですね。根が善人だと、こちらのやり方次第で分かってくれることも多いです。本人が眠りたい、楽になりたいと願ってくれれば、あの部屋も受け入れてくれる。ただ、根っからの悪霊は無理です。生きている頃から人を傷つけることを楽しんでいたりした者は、あの部屋に入れません」

「部屋にさえ入れば、あとは自然と穏やかになってくれるんですよね?」

「そう、あの部屋には色々な作用があります。まだ心に悲しみを抱いていればそれをいやす効果が。そして他の悪霊から守ってくれたり、道を教えてくれる効果もあるんです」

「道を教えてくれる、ですか?」

 私が首をひねってくと、彼は優しい口調で説明を続けた。

「長く霊として彷徨さまよっていると、迷子になるような感覚で、もし心残りだったことが片付いたとしても、すぐに成仏できなくなることがあるんです。あそこはそんな人たちみんなの家です。外より、家で寝る方が安眠できるでしょう? そんな感覚です」

すごいお部屋なんですね……」

 感嘆のため息を漏らした。可哀想な霊たちにとっては本当に救いの部屋というわけだ。それにしても、おじい様から引き継いだと言っていたが、一体どう作られたのだろうか。

 水城さんはにこりと笑いかけて続ける。

「あれだけ居心地がいい部屋なので、たまたま気づいた浮遊霊が勝手に入り込んでることもありますが驚かないでください。いるのは必ず善良な霊ですからね。こんな説明で大体分かりましたか? 僕の仕事は、一人でも多くの彷徨う霊を救うこと。そのためにどんな霊なのか調べて対処法を決める、とそういうことです」

 霊を救う、という言葉に、私は心臓をぎゅっとつかまれた感覚になる。自分の中にない概念だったので、驚いた。これまで霊にかれればすぐに祓ってばかりで、彼らがなぜ存在しているのかとか、どんな思いで残っているかなんて考えもしなかったからだ。相手を救う、なんて、一度も思ったことがなかった。

 水城さんの言葉に感銘を受けながらも、ふと思った疑問をぶつけてみた。

「なんとなく分かりました。あの、では根っからの悪霊はどうするんですか?」

「そこだ。さすがにそんな相手は救えない」

 水城さんが私に向き直る。彼は真剣なまなしで口を開く。

「さっきも言いかけたけど、伝えなきゃいけない重要なことがあるんです。って……ちょっと待っててください、新しくお茶持ってくるから」

 水城さんは空っぽになったグラスを見てそう言った。続きが気になったが、きっと落ち着いた環境で話したいのだろうと思い、何も言わないでおく。お礼を告げると、彼はグラスを持っていつたん退席する。私はふうと息を吐いて心を落ち着けた。

 今日会ったばかりの人の家で、一体何をしてるんだろう。でも、噓をついているようにも見えないし、あの部屋の言葉に表現できない凄さを目の当たりにしては、信じるしかないとも思うのだ。私の心はすでに揺れ動いていた。

 部屋の管理はそんなに難しそうじゃない。あとは、現場に同行するって言っていた。怖い場所に行くことに耐えられるかどうか……変なの拾ってきちゃったり……あ、でもそういうのは悪霊以外なら浄霊の部屋がなんとかしてくれるんだっけ。けど怖いのはなあ。

 ううんとうなるも、さっきまで隣にいた水城さんの顔が浮かんで、自然と口角が上がってしまう。水城さんってあんなにかっこいいのに優しそうだし気遣いも出来るし、あの人がいるなら働きたい! なんて単純なことを考えている自分もいる。困ったものだ、イケメンの力は絶大。そう心の中でブツブツ独り言を言っているときだった。


えねー女が来たな」


 突然、背後からそんな声が聞こえた。明らかに私に対してぶつけられた言葉だと分かり、驚きで振り返る。

 そこに立っていた人は、高身長の男性だ。色素の薄い髪に、整った顔。そんな人が私を見てい……ん?

「え? 水城さん?」

 そう、立っていたのは水城さんだ。手に一つだけグラスを持って私を見下ろしている。空耳だったかな、すごい悪口が聞こえた気がしたのだが。

 すると目の前の彼は、嫌そうに顔をゆがめた。

「しかもすげーチビじゃね? 成人してんだよな?」

 目の前で起こっている状況についていけず、頭の中はクエスチョンマークで満タンだ。

 衝撃で目がチカチカする。水城さんが、水城さんじゃない言葉をしやべっている。だって水城さんって、柔らかい声で優しい顔で、いかにも紳士! って感じの人じゃない。すげーとか、私をチビとか言うはずがない。

 そこまで考えて、私は気が付いた。

「双子だったんですか……」

 つまり一卵性の双子だろう。あまりにそっくりで驚く。双子のイケメンなんて最高じゃないか、ただしこっちの方は随分性格が悪そうだけれども。

 水城さんの双子さんは、無言で私の隣に腰掛けた。自分の分だけ持ってきたお茶をぐいっと飲み、私を見る。態度や表情からして、水城さんとはまるでタイプが違う。

 だが、彼はきっぱりと言ったのだ。

「いや、双子じゃない。あーそういえばあいつ、俺のこと説明しようとしてまだしてなかったな。めんどくさ」

 本当に面倒くさそうに言ったその人は、だらしなくソファにもたれる。足でテーブルをぐいっと押し、足元のスペースを確保した。なんて行儀が悪いのだろう。ぜんとしている私をよそに、彼は言った。

「俺はいちゆう。水城春斗の体に乗り移ってる幽霊だよ」

 そう適当に吐き捨てた。私は隣の男を無言で見つめる。長い沈黙が流れた。

 見た目は水城さんで間違いない。でも、上手うまく言えないけど人が違うのはわかる。にこやかに微笑んで丁寧に話してくれた彼は今、だるそうにソファに座って一人でお茶を飲んでいる。

 しばらく経って、私は意を決して立ち上がった。そして男の腕を摑む。

「あ、ああ、悪霊退散!!」

「はあ? 何だ急に」

 不快そうにまゆひそめる男の腕を必死に引き、私は叫ぶ。

「こっちの部屋に入りなさい! あそこに入ったら霊は眠れるらしいから、大人しくねんねしな! はっ、悪霊はあの部屋入れないんだっけ、でもとりあえず試してみるだけでも……!」

 思いつく解決法はこれしかなかった。水城さんは乗り移られてるんだ、とんでもない霊に! 残念ながら私ははらう力などないので、出来ることはさっき水城さんから聞いたばかりの、浄霊の部屋に押し込んでやることぐらいだ。

 全身の力を使って腕を引っ張る。彼が着ている白いシャツがびよんと伸びた。それでも、元々水城さんは私よりずっと身長も高くて体格が全然違うので、まるで動かせず、ただ洋服をいじめているだけのかつこうになっている。あきれたように私を見ながら、彼が言う。

「待て待て。春斗も言ってたろ、あいつは浄霊の部屋には入れないって。この状況は合意の上なんだよ。俺があいつの体を借りて生きていくのを、あいつは許可してるんだ」

「そんなわけないじゃない!」

「シャツ破れるだろ、ゴリラかお前。腕力がすげーのよ」

「ゴリラは見た目に反してすっごく優しいんですよ!」

「それ、見た目がゴリラって認めてんのか?」

 鼻で笑いながら、握りしめたシャツをサラリと取られてしまう。混乱の中で、そういえば確かに水城さんはあの部屋には入れないと言っていたのを思い出す。それに何か大事なことを言いかけていた。もしかして、この人のことを言いたかったの?

 ちらりと目の前の男を見る。顔は水城さんだ、最高にれいな顔。でも、どこか性格の悪さがにじみ出ている顔に見えてくるから不思議だ。水城さん……いや、一ノ瀬悠と言ったか。一ノ瀬悠はしわになったシャツを伸ばすようにしながら言う。

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