第7話 裏切り者には粛清を

 ヴーッ、ヴーッ……。


 飛空挺の内部ではけたたましいサイレンの音が鳴り響く。魔法陣の付与された法螺貝からは、何度も同じ警告が繰り返されていた。


『緊急事態発生──緊急事態発生──アーク・バレーナ内部に戦闘型人工機械種オート・マキナリーが多数侵入──総員戦闘の配置につけ──ただちに排除せよ──繰り返す──』


 緊急警報に鼓膜を叩かれながら、バルツェはプシュケの形態を長剣に変化させて持ち替える。

 敵は複数。間髪入れずに床を蹴った彼は、鉄のかたまりに向かって走り出した。



「氷霊よ契約に従え──〝氷結する静寂フォルストゥ・ヴリズン〟」



 詠唱した刹那、鉄のかたまりは氷に覆われて凍結する。冷たく床に縛り付けられた彼らは強引に氷の結晶を打ち破ろうと足掻くが、バルツェがそれを許さない。


「寝てろ」


 キィンッ──バルツェの長剣は氷ごと防護装甲を斬りつけ、完璧に断絶して道を開けた。

 敵を次々と斬り伏せながら風よりも速く駆け抜ける彼に、サフィアはしっかりとしがみつく。思考もようやく正常な働きを取り戻し、彼女は恐怖を噛み殺しながら口を開いた。



「ねえ、バルツェ、何が起きてるの……!? どうなってるのよ、これ……!」


「人間どもの眷属が侵入してきたんですよ。いずれ来るような気はしてたけど、思ったより早かったね。モテる姫様の護衛してると気が抜けなくて大変だなあ」


「あの化け物たち、私を狙ってるってこと!?」


「そりゃそうでしょ、ご丁寧に王女専用の脱出経路から堂々と迎えに来たみたいだしね。出口と直通してんのが仇になったな」



 さらりと言いのけて、また彼は敵を斬る。


「でもあそこは特殊な魔術を付与しないと入れない通路のはずだから、やっぱ船内に内通者がいるんでしょうね」


 冷静に現状を紐解き、本来の脱出経路とは逆の方向に足を急がせた。敵の数も多くなる。だが、いくら数が増えても、王女の騎士は物ともしない。


「邪魔」


 バルツェは床を蹴り、空中に跳び上がると軽快に回転しながら敵を薙ぎ払った。「きゃう!」サフィアは恐怖を覚えるものの、バルツェは彼女の負担も最低限軽減しながら戦闘を続ける。


 彼が振り抜く剣の一閃は、鉄の胴体を真っ二つに裂き、動力源であるコアを的確に破壊していた。崩れた装甲の内側からは赤黒い結晶が露出し、火花の向こうで不気味に溶けていく。

 見たこともない現象に、サフィアは怯えつつ眉をひそめた。


「あ、あの結晶、何……?」


 彼女のこぼした問いかけも、バルツェはしっかりと拾い上げている。



「あれは科学で生み出された人工精霊・・・・ですよ」


「え!?」


「気味悪いでしょ。人間の知識ってのは厄介でね、ついに精霊石オレイアを人工的に作り上げる技術まで身につけた──ある人物が、その叡智にたどり着いたんだ」



 辟易した表情で告げるバルツェ。サフィアが驚愕する傍ら、彼は続ける。



「人間たちは魔族に対抗するため、十年ほど前に魔力と似たエネルギー元素──〝魔素〟の開発に成功した。それから数年で人工精霊を作り上げ、それを埋め込まれた人間の眷属──人工機械種オート・マキナリーを開発したんです。それがコイツらですよ」



 説明しつつ、バルツェは進行方向から襲いかかってきた人工機械種オート・マキナリーを剣で切り裂いて破壊した。

 やはりその中身には赤黒い結晶が埋め込まれ、損傷した箇所がどろりと溶ける。



「人間は、戦争の表舞台に出てこない。こいつらを遠隔で操作して、ただ静かに成果を待つだけ。魔族に比べて外傷に弱く、短命な人間たちが編み出した滑稽な戦術だ」


「……!」


「俺たち魔族は長寿で頑丈な代わりに繁殖力が弱く、個体の数が少ない。人間たちはその弱点をついてきた。人工機械種オート・マキナリーを量産し、数で魔族を圧倒したわけです。おそらくこのまま人間の科学技術が上がれば、俺たち魔族は滅ぼされる」


「な、何言ってるの、そんなのだめよ! どうして──」



〝どうして、どちらかが滅びるまで争わないといけないの〟


 そう言いさして、サフィアは張り上げた声を飲み込んだ。


 どうして人類と魔族が争うのか。

 何が原因なのか。

 何を奪い合っているのか──。


 その理由は、たったひとつだ。



「……私の、せい……?」



 左胸の奥にある心臓が、どくり、重たく音を立てる。


 王女のルビーの心臓──争いを生み、地上の都市を滅ぼし、この世界を変えてしまったすべての元凶。それは、今、サフィアの体の中にある。


 サフィアは血の気を失い、声を詰まらせた。

 その間にバルツェはセキュリティゲートをすべて突破し、狭い通路を走り抜けていた。


 ガンッ──壊されて開かなくなった扉を蹴り開けて大ホールへ飛び出すと、そこに広がっていたのは凄惨な光景。


 設備は滅茶苦茶に破壊され、モンストロ騎士団の団員たちが魔族特有の黒い血を流しながら、そこらじゅうで人工機械種オート・マキナリー相手に交戦している。

 激しい戦闘の痕跡は至る箇所に残されており、壊れた機械の残骸や、負傷した団員たちが山のように転がっていた。


 柱は折れ、血痕が広がり、燃え盛る火の中にも若い魔族が倒れている。

 絶句して震えるサフィアを強く抱き、バルツェは真っ赤に色付いて揺らぐその目を手のひらで覆い隠した。



「姫様、少し目を閉じた方がいい。もうすぐボスと合流できるから」


「……でも……こんな……私のせいで、こんな……」


「違うだろ、何もかも欲深い人間のせいだ。特にあの科学者・・・さえいなければ、ここまで争いが激しくなることはなかった」


「……」



 チュインッ、キンッ、ドンッ──レーザーの照射によって何かが焼き切れる音、金属質な何かがぶつかり合う音、砲撃の音──暗い視界で拾い上げる音は、様々な戦闘の光景を見えないまぶたの裏に描かせた。

 緊急事態を報せるサイレンはまだ響いている。バルツェは敵の攻撃を防ぎながら風を切って走り、執務室へ繋がる転移魔法陣の中に飛び込んだ。


「〝瞬間転移テレポート〟」


 魔術を付与した直後、二人はその場から移動した。

 飛び立ったその先には、騎士団長であるミストがいるはずだったが──。


 ジャキッ。


 転移先で彼らが見たものは、まるで待ち構えていたかのように武装し、こちらに剣先を向ける団員なかまたちの姿だった。



「……チッ。随分と手厚い歓迎だな」


「っ、な、何、どうしたの」


「いいえ、何でも。姫様はまだ目を閉じていてくださいね。俺がいいよって言うまで開けないで」



 その耳に優しく囁き、バルツェは仲間に包囲されたまま執務室の奥に目を向ける。厳格なオーラをまとってそこに佇み、バルツェを睨むのは、異母兄であり騎士団の軍事部門長を担う騎士──ベルゼファルだ。


「やっと来たぜ、裏切り者がよ」


 彼は低く声を放ち、軽蔑の眼差しでバルツェを見下ろした。一方でバルツェはやや据わった目でベルゼファルを見やる。



「裏切り者、ね。本気でそう思ってるのか? だとしたらとんだ節穴だけどな、お前の目」


「黙れ。テメェが人間と結託してることぐらいもうわかってんだよ」


「何を証拠に言ってんの」


生活部門長メリーヌからの垂れ込みだ」



 ベルゼファルは得意げに言い張り、〝証拠品〟とやらを取り出した。

 証拠として示されたそれは──プシュケが度々メリーヌに届けていた〝卵〟だ。


 バルツェは目を細める。



「最近、テメェの精霊が厨房に卵を届けてやがるらしいが、どうやら〝鶏の卵〟をよく拾ってくるらしいな」


「……」


「だが、それっておかしいだろ? 俺たち魔族は鳥の卵も、鳥の肉も食わねえ。家畜を飼うなんてこともしない。つまり、鶏って生き物は人間の家畜。人間の街にしかいねえのさ」


「……なるほど」


「つまり、テメェの精霊は、人間が飼っている家畜のとこまで毎回わざわざ出向いて、卵を拾ってきてるわけだ。──っつうことは、ここ数日、テメェんとこの精霊だけが人間の近くに行ってやがったってことになるんだよ!」



 ぐしゃり。ベルゼファルは手に持っていた卵を握りつぶす。「わかったなら、王女をこっちに渡せ!」彼は警告するかのように鋭い声で要求した。



「裏切り者には粛清を。この船のルールだ。テメェは今この時をもって、騎士団の称号を剥奪される」


「……そんな無茶苦茶な言いがかりを信じたのか、ベル。元々弱いあんたのおツムも地に落ちたもんだ」


「無駄口を叩くんじゃねえよ。今すぐ王女を渡せ。これが最後の忠告だ、三秒以内に渡さなかったらテメェをこの場で殺す」


「はいはい」



 バルツェは素直に応じ、抱えていたサフィアを前に出す。しかしサフィアはバルツェにしがみつき、そばを離れることを嫌がった。



「ま、待って、嫌よ! どういうことなのバルツェ、ちゃんと説明して! あなた、裏切り者なんかじゃないでしょう!?」


「うん、俺じゃないですよ。でも、今は素直に俺から離れた方がいい。危ないから」


「危ないって──あうっ!」



 言い切る前に、サフィアはバルツェから引き剥がされる。ベルゼファルは彼女を強引に抱き込んで拘束し、「やれ」と顎で指示を出した。

 ゾッと悪寒が走り、サフィアはついに目を開ける。バルツェと目が合ったその瞬間、彼の背後で騎士のひとりが剣を振り下ろすのが見えた。


「嫌ッ……! やめて!!」


 サフィアは青ざめて叫ぶ。バルツェは焦りも喚きもせず、ため息混じりに口を開いた。



「あーあ、姫様のバカ。目は開けるなって言ったのに」



 ──ザシュッ!


 直後、無慈悲な音がその場に響く。騎士の振り下ろした剣先は、間違いなくバルツェを捉えていた。

 だが、切り裂かれたのは、バルツェではなく──彼を取り囲んでいた団員たちの方だった。


「……っ!!」


 いつの間にか、円を描くように周囲に張り巡らされていた細い〝糸〟。それらが団員の胴や腕を裂いて断絶し、その包囲体勢を崩す。


「──うわあああ!?」


 周囲が阿鼻叫喚に包まれ、魔力を含んだ黒い血が飛散する中、バルツェは顔色ひとつ変えず床を蹴った。

 細く伸びていた黒い糸はシュルシュルと彼の手の中に収まり、今度は黒い長剣に変貌する。


「えらいぞ、プシュケ」


 剣に囁き、バルツェは一気にベルゼファルとの距離を詰めた。

 瞳孔の開いた目で忌々しげにバルツェを睨んだベルゼファルは、捕まえていたサフィアを突き飛ばし、己もまた漆黒の魔剣を具現化させて弟を迎え撃つ。


 キンッ──!


 剣がぶつかり、火花が散る。同じ色の瞳を持つ兄弟が刃を挟んで睨み合う。

 交じりあった剣。キリキリと音を立てていた。禍々しさすら感じる魔力を込め、ベルゼファルは底冷えするほどの低音を放つ。


「テメェ……」


 だが、バルツェは一歩も引かない。その態度がさらにベルゼファルの逆鱗に触れる。



「チッ、ムカつく顔しやがって……! テメェ、今自分が何したのかわかってんのか? 同胞に手ェ上げたんだぞ!」


「へえー、俺を同胞だと思ってたんだ? 意外だな。血の繋がりどころか俺の存在すら認めてくれなかったってのに、実は慈悲深いんだね」


半魔族デミごときが減らず口ばかり叩くんじゃねえ! 同胞殺しは重罪だ、今ここで殺してやる!」



 ガキィンッ!

 交じりあっていた剣を互いに弾き、距離を取る。憎らしげな目が殺意をあらわに睨む中、バルツェは嘆息した。


「どうにしろ殺すつもりだったくせによく言うぜ。だいたい、ボスの許可なく私刑を下す方が、よっぽど重罪だろ?」


 呆れた声で告げる。すると、ベルゼファルはぴくりと反応し、わずかに口角を上げた。



「……今なんつった? 私刑だって?」


「……!」


「おいおい、テメェの頭は随分と甘い考えをしてやがるようだなァ?」



 おかしくてたまらないとばかりに喉を鳴らし、彼はバルツェを嘲笑う。



「一体誰が、コレを〝私刑〟だと言った? もし自分でそう判断して信じ込んでやがるんなら、哀れなもんだ」


「……まさか……」


「なあ、ボス・・



 ──ドスッ。


 その時、バルツェは腹に強烈な熱を覚えた。

 背後から突き刺された剣が己の腹を貫通したのだと理解した瞬間、痛みを自覚するよりも先に足の力が抜けて目を見開く。


「──バルツェ!!」


 サフィアは悲鳴のような声で叫んだ。ぐらり、目の焦点が合わなくなり、バルツェは奥歯を軋ませる。

 その一瞬の隙はベルゼファルにも悟られ、手に持っていた剣は弾き飛ばされた。



「所詮、テメェは人間なんだよ」



 残酷なひとこと。冷めきった視線。

 同時にバルツェは膝をつき、遅れてやってきた痛みと熱を知覚しながら、ぎこちない動きで振り返る。


 彼を刺した一角獣種ユニコーンの騎士団長──ミストは、冷ややかな目でバルツェを見下ろしていた。



「……ボ、ス……」


「残念だよ、バルツェ」



 ミストはぴくりとも表情を動かさない。そして冷酷に言い放った。


「君を処罰するようベルゼファルに頼んだのは私だよ」


 バルツェは驚愕に目を見開き、膝をついて硬直している。「本当に残念だ」重い声色で繰り返し、ミストは続けた。



「モンストロ魔術騎士団は、君をスパイだと認定した。よって、我々は君をこの船から追放する」


「は……」


「今までご苦労だった。死んでいいぞ」



 振り上げられた剣は、愕然と目を見開いたまま膝をつくバルツェへと無慈悲に下ろされた。しかしその瞬間、床を蹴ったサフィアが他の団員を突き飛ばして二人の間に飛び込んでくる。



「だめっ!!」


「っ!」



 ザンッ──。

 ミストの剣先は、バルツェを庇った王女の背中を容赦なく切り裂いた。


「なっ──」「王女様っ!?」


 周囲がどよめき、サフィアの傷口から真っ赤なルビーの粒子が飛び散る。彼女は歯を食いしばって耐えたが、ずるりと力なくバルツェに寄りかかった。

 足元にはバルツェの体から流れた血が広がり、その上に、サフィアが流したルビーの粒子が降り積もる。


 その瞬間、バルツェは我に返った。



「──姫様っ!!」



 彼は慌ててサフィアの体を支える。

 しかし、その時。


 ゾクッ……!


 バルツェは本能的に恐怖を覚えた。しかしそれは、他の団員たちも同じだった。

 その場の誰もが冷たい汗を滲ませる。たった今斬られたサフィアの体から、魔族ですら狼狽えるほどの強大な魔力が噴き出したからである。



「こ、これは……」



 ピキッ、パキパキパキッ……。


 ルビーの粒子が流れた床が、不気味な音とともに少しずつ硬化していく。ほんの数秒も経たないうちにサフィアとバルツェの周囲は真っ赤な宝石に変貌し始め、敵を牽制するかのように鋭利なトゲとなって二人を取り囲んだ。


 禍々しいほどの強い魔力。圧倒的なその力に気圧され、ミストやベルゼファル、バルツェですらも軽率に動くことができない。


 周囲の者たちに迫る赤い宝石のトゲの数は増え、その切っ先から伝わる魔力に恐怖したのか、騎士団の若い男が「ァああああ!」と半狂乱に叫んで剣を振り上げた。



「──待て! だめだ、触るな!!」



 ミストは鋭く団員を制す。しかし恐怖に飲み込まれた男はそれを聞かず、迫ってきたトゲの先を切り落としてしまった。

 刹那、切り落とされた先端からは真っ赤な霧が噴き出し、男の体を包み込む。



「ぎゃあああっ!」


「──!」



 霧に包まれた男の体は凄まじい速度で硬化していく。最初は赤く染まり、しかしすぐに黒く変色して、まるで灰が崩れるかのごとくぼろぼろと破損し始めた。「ひっ……!」男は恐怖にすくみ、救いを求めて手を伸ばす。しかし、その手の先は、すでに黒ずんで崩れ落ちている。


「た、助、け」


 て、と言葉が続く前に、男の全身は黒ずんでちりとなった。

 音すら立てずに崩れ落ちた体。その場の全員が戦慄し、言葉を詰まらせる。


 尚も迫り来るルビーのトゲからミストは一歩後退し、ぽつりと呟いた。



「……宝石王の力ラトナージュ……」


「!」


「これがそうだというのか……」



 宝石王の力ラトナージュ──未知の絶対的魔力。

 まだ眠ったままだと思われた力が、王女が傷つけられたことによって発現したとミストは推察した。


宝石王の力ラトナージュ発動のトリガーは、王女の血……?」


 そんな呟きが耳に届いた刹那──ガコンッ、と音を立てた床が揺らぎ、バルツェとサフィアのいる場所が深く陥没する。

 どうやらルビーの侵食によって床が黒ずみ、今にも抜けそうになっているらしい。バルツェは状況を危ぶみ、グッと歯を食いしばって叫んだ。



「プシュケ!!」



 痛む腹も無視して精霊を呼び寄せる。すると遠くに転がったままだった黒い長剣が武装を解除して離散し、刺々しいルビーの隙間をすり抜けた精霊の粒子がバルツェの元へ戻ってきた。


「──食え!!」


 彼が指示した途端──精霊の粒子は増幅して巨大なかたまりとなり、口を開け、二人のことをバクンッと飲み込む。

 直後、ついにルビーに侵食された床が抜け、プシュケに飲み込まれた二人は船の外へ投げ出された。



「しまっ……!」


「騎士団長、王女が落下しました!」



 団員たちが叫ぶ。ミストはすぐさま窓から外を確認したが、二人の姿はすでにどこにもない。視認できたのはルビーの残滓と、精霊の残した魔力の残りかすばかり。


「精霊の力を借りて転移したか……」


 目を細め、冷静に分析する。どうやらバルツェは、自身とサフィアをプシュケに飲み込ませ、精霊の魔力を使って一瞬でどこか別の地へと瞬間転移テレポートしたようだ。

 ベルゼファルは苛立ちをあらわに舌打ちした。



「チッ、ちょこまかと面倒な……! どうする、ボス、着陸するか!?」


飛空挺アーク・バレーナの船体は大きくて目立ちすぎる。今は向こうも警戒しているだろう。たとえ追いかけてもうまく身を隠されるだけだよ」


「だからって、このままみすみす見逃すのかよ! 王女も連れて行かれちまったんだぞ! だったら俺だけでも──」


「事を急くな、ベルゼファル。バルツェは半魔族デミだ。精霊の魔力をもってしてもそう遠くへは移動できない。しばらくは治療のためにこの近辺に潜伏するさ、所詮半分は人間の体だ」



 ミストは鋭く警告して剣を納める。



「それに、今の王女に近寄るのはまずい。あれが宝石王の力ラトナージュだとしたら、何が起こるかわからないぞ」


「……っ」


飛空挺アーク・バレーナ内の沈静化が先だ。人工機械種オート・マキナリーはまだ船内に残っている。排除を優先しろ、軍事部門長」



 顎をしゃくる団長の命を受け、ベルゼファルは不服げな舌打ちを放ってミストに背を向けた。


 執務室を出ていくベルゼファル。その後ろ姿を黙って見つめたミストは、程なくして船内を侵食したルビーの残骸に視線を戻す。


 それらはすでにすべて黒ずみ、鋭利だった禍々しいトゲも、ひとつ残らず朽ち果てていた。



「……安心しろ。裏切り者は、いずれ粛清される」



 重く言葉を転がし、ミストは身をひるがえして、執務室を去っていった。

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