8月2日 後半

「お待たせーって、どしたの?」

「ん?ああいや……そうだな」

 果たして今言うべきか少し悩んだ。だが隠しておくのも気が引けてしまい結局話すことにした。

 先ほどと同じように二人でベンチに座り直し、ゆっくりとあったことだけを話す。アカリは終始顔を強張らせていた。

「んー、そっか……」

 それきりアカリは黙り込む。無理もない。友達とはもう会えないと先週聞いた矢先の出来事だ。

 俺はただ目の前を通り過ぎる人を見ながらアカリが口を開くのを待った。

「はーあーっと!」

 勢いつけて立ち上がったアカリはズボンを叩き、腰に手を当てる。

「ま、遊びに行こ!とりまね!」

 ああ、目が潤んでいる。大丈夫なわけないのに気丈に振る舞って。

「分かった」

 そんな彼女の演技に付き合って俺も演技をする。

 夏休みの午前、雑貨屋や服屋をぶらぶら歩き、お昼になったら近くにあった店でハンバーガーを食べた。

 先週をなぞるようで余計に分かってしまう。アカリに元気がないことが。無理して過剰に笑うふりをしていて、余計に不自然になってしまっている。見ていて痛々しく、告げてしまったことを後悔した。

「このあとどうする?本屋とかあるけど」

「いや、別のところがいいな。どこか行きたいとこないか?」

 この流れで、どうしても先週同様本屋へ行く気にはなれなかった。避けたところで事態が改善するわけでもないのに。

「んー、じゃあカラオケでも行こっか。確かこの辺にあったし」

「うん、じゃあそこ行こう」

 会話もそこそこにハンバーガーを胃に詰め込んだ。

 何とかしてアカリに元気を取り戻して欲しいのだが、なんと声を掛けたものだろう。

 席を立って5分もしないうちにカラオケに着いた。駅前はどうしてこう施設が密集しているのだろう、考える時間などあったもんじゃない。

 慣れた様子でアカリが店員とのやりとりを済ませ、あっという間に部屋に通された。

「アカリ、あの……」

 部屋の照明を点ける前に、表情が鮮明に読まれてしまわないうちに声を掛けた。だがそれはドアをノックする音で遮られる。

「失礼します」

 ああ、間が悪い。店員が二人分の飲み物を持ってきたのだ。彼は氷のたっぷり入ったグラスを二つ置き、さっさと部屋を出て行った。

「あー、えっと」

「わかるよ」

「え?」

「あれからずっと変だったし。私も、もしかして変だったかもだけど」

 アカリの演技をどうこう言っていたが、俺もまだまだらしい。

 声が震えている。

「ちょっといい?今だけだから」

 俺の胸にアカリの額が当たった。今まで無理をしてきた分が弾けたのだろう、しゃくりあげる声だけが聞こえてくる。

 ……。

 どっどどどうしよう。目の前で、いやこんなに近くで誰かが泣いているのなんて初めてだ。俺はどうすればいいんだ、どうすればアカリは元気になる?いつもあんなに元気なアカリがこんなに弱ってしまっている。俺はアカリに笑っていて欲しいし元気でいてほしい。泣いてるアカリに声を掛けてやりたい。なぜか頭を撫でたり抱きしめたりしたいとも思っている。ああ、欲しいしたいと、そんなことばかり。

 アカリが泣いている間、背中に右手を当てていた。これが正しかったのか不安だったが、アカリは程なくして落ち着いた。

「ごめんね、急に」

「いいよ。大丈夫か?」

「ん、落ち着いてきた」

 泣き止み、離れたアカリの顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。こちらが動揺していたことは悟られていないだろうか。

「これ」

「ありがと」

 ハンカチを渡すとアカリは涙を拭き始め、拭き終わったところでハンカチを鼻に当てた。もしかして鼻をかもうとしているのか?ハンカチで?

 そう思って何となく身構えていたが、予想していたような音はいつまでも聞こえてこなかった。

「ティッシュなら、ほら」

「あっ、へへありがと」

 ズビーっと鼻をかんで一息。

「ハンカチ、ちゃんと洗って返すからね」

「ああ、分かった」

「はーあっ」

 アカリが座ったので、俺もそれに倣う。

「泣いちゃった。えっへへ」

 良かった、いつものアカリに戻ってる。

「ね、スイ。どうすればいいかな。私、本当は……」

「本当はってことは、分かってるってことだよな。だったら、思ったままにやった方がいいと思う。多分、チャンスじゃないか?」

「そだね……。ありがとっ!」

 アカリがパッと笑う。

 思ったままにやった方がいいなんて言ったが、それができてないのは俺もだ。

 俺、本当は友達が欲しかったんだ。火傷跡を気味悪がられるかもしれない、傷つくかもしれないって怖がってた。多分、アカリがいなきゃ、偶然アカリと友達になっていなかったら。俺は今でも一人だった。

「ありがとう」

「えぇ?なんで?」

「何でもない」

「んー?まあいっか。せっかくカラオケ来たんだし、歌おっ!」

 すっかり元気を取り戻したアカリに誘われるまま、何曲か歌った。お互い、やたらと上手いわけでも下手なわけでもなく、良い塩梅だった。

「はーっ、スッキリした!じゃ、帰ろっか」

「ああ」

 カラオケを出て、ゲームの話をしながら駅へ向かう。電車の座席に座る頃には、少し眠たくなっていた。

 ぼーっとしてると、いつの間にか珠橋たまはし駅に着いていた。

 うとうとしていたアカリを起こして、夕方の街を連れ立って歩く。

「もう夕方だけど、まだあっついよねー」

「駅とか電車だと分からなかったけど、そういえば夏だったな」

「それね。うーん、なんかぜーんぜん夏っぽいことしてないなー」

「夏っぽいことって?」

「海とかプールとか。色々あるじゃん」

「怪談とか?」

「そっそれは別に……」

「俺は怪談特集が増えて嬉しいけど」

「んっんんっ。あのさ、8月の28日にさ、お祭りあるんだ。だからさ、それ行かない?」

「行く」

「即答じゃん」

「あっはは」

「何だよーっ!あれ、そういえばスイってどこから来てるんだっけ?駅」

東背ひがしせ駅だけど」

「だよね。だったら……んふ。まあいっか。あっはは!」

 話し合い、笑い合ううちにアカリの家に着いた。何だろう、今日1日があっという間だったな。

「送ってくれてありがと!8月28日だかんね!絶対ね!」

「うん、分かってる。じゃあな」

「うん、じゃねー」

 アカリに手を振る。こうして今日も終わった。少し間が開くけれど、次があることを幸せに感じた。

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