8月2日 前半
学校の最寄駅である
駅前のバスロータリーにある屋根の下、朝日から隠れつつそんな学生たちを眺めていた。もっとも、することがなく手持ち無沙汰だっただけなのだが。
今日の9時にアカリとここで待ち合わせをしていたのだが、10分過ぎても一向に現れない。スマホに連絡もないため流石に心配になる。
探しに行った方が良いだろうかと考えスマホを仕舞い顔を上げると視界の隅で何かが動いた。はっきりとは見えなかったが、その人影はアカリだと直感し、影の消えた建物へ向かう。日陰を出ると真夏の容赦ない日差しに晒され、気力が焼かれる。
気持ち早足になって目的の建物の陰へ入ると、予想通りアカリがいた。
「アカリ?」
「おうわあ!……ってスイじゃん。おはよ」
奇声を上げた彼女はギョッとこちらを振り向く。だが俺と気づくなり安堵した様子でへなへなと挨拶をしてきた。
「おはよう。何やってるんだ?こんな所で」
「思ったより人多くてさ、何とか人目につかない道探してた。あとスイのことも探してた」
「約束通りの場所にいたろ」
「そりゃそうだけどさ、なんてーか、ちゃんとした服着ててさ」
実は先週服を買って帰ると、親がひっくり返って驚いた。今度また友達と遊びに行くから服を買いたいと言うと、両親はいたく感動した様子で「お前にもついに友達ができたんだな」「服ならいくらでも買ってやる」と並べられた。そしてそのまま服屋に連れて行かれたのだ。なので今回はちゃんとした服を着ている。
因みに買い物の際に普段の服のセンスについて両親にボロカスに叩かれたので少し反省した。
「ん。えっとそっちもいい服、だと思う」
白いヒラヒラの服。肌色の腰のところが長いズボン。黒いベルト。肩にかける黒っぽいバッグ。ううん、女性用の衣服の名称が分からないので具体的な感想は言えない。恋人のいる男はどうやって勉強しているのだろう。
ここでふと恋人などという不相応な言葉が頭に浮かび唇に力が入る。
「ふーん。ね……か、かわいい?」
「え、う、ん」
「どお?」
「か、わいい。と思う」
「ん、うん、よろしい」
聞かれるこちらも恥ずかしいが、アカリも顔を赤らめている。自分でも恥ずかしいなら何だってこんなことを聞くのか。
「ほら、じゃあ行くぞ」
「ちょ、ちょっと待って。人目につかないようにしたいんだってば」
「そう言われてもな」
混雑というほどでもないが、駅にはそこそこ人がいる。それに今日の目的地は
「んむう。すー、はー。よし!」
アカリは目を閉じ、大きく深呼吸した。掛け声をかけて気合を入れたかと思うと俺に先んじて駅へと歩き出す。
「電車に乗っちゃえばこっちのもんっしょ!行こ!」
「ああ」
駅に入ったら券売機で切符を買い、階段を上り下りしてホームに辿り着く。当然多くの人が同じ場所で電車を待っている。
「うぅ」
さっきはああ言ったものの、やはり周りの視線が気になるようでアカリはすっかり縮こまってしまっている。何とか他人からの視線を遮ってやろうと試みるが、俺がどこに立ったところでカバーできる範囲はたかが知れている。
お互いに気配を消してじっと待っていると、ようやっと電車がやってきた。しかし空いている席は当然無く、二人して押し込まれるように電車に乗った。どうして今こんなに混んでいるのかと原因であろう何かを恨めしく思いながら電車に揺られる。念の為アカリを隠すような位置に立ってはいたが、この人混みなら要らぬ心配だっただろう。
20分ほど経ち目的地の
「あぁー、疲れた。スイ、アイス買ってきて」
「なんで俺が。アカリが買ってきてくれ、俺の分も」
「うへー。とりまちょっと休も」
「賛成」
じわじわと浮かぶ汗が不快で動く気にもなれない。ましてやあの日差しの下に行くなんて尚更だ。このままでは今日1日をここで過ごしてしまいそうである。
「あ、そうだ。これ」
「うおっ、冷たっ!」
首筋に何かを当てられビクッと背筋が伸びた。アカリの手には何やらウェットティッシュのようなものがあり、どうやらそれを俺の首につけたらしい。触れられた場所がまだスースーする。
「あは、これやっぱ冷たいよね。私もこれやりすぎだと思うし」
「え、何だそれ」
「え?ああこれボディーシートってやつ。これこれ」
アカリが鞄から取り出したパッケージには『ガン冷え極寒!Ver.八寒地獄』などとふざけた文言が踊る。さらにその下には冷えすぎることへの注意書きが。
「えいえい!」
「うわっ、おい」
首やら顔やら腕やらにシートをつけられ、涼しくなってくる。しかしシートが直接触れた場所は冷たすぎる。ひょっとして一番冷たくなっているのはアカリの指なのではなかろうか。
ひとしきり馬鹿っぽいやり取りをした後でアカリがベンチから立った。
「そろそろ行くか」
「あ、ううん。ちょっと……ええっと、あのあれ、……と、トイレ。だからここで待ってて」
「分かった」
特に急ぐような
「あー、ども」
「えっと、俺ですか」
声の方を向くとそこにいたのは見知らぬ女性だ。自分と同じくらいか少し上ぐらいの歳だろうその人は俺の顔を見ると一瞬目を逸らした。
「ああうん、君。……っと」
「何すか」
「ん、ああいやその、君ってさっきの……アカリの友達ってか彼氏、ですか?」
「友達ですけど」
余計なことまで口から出てしまいそうで言葉を短く切った。アカリを友達だと言えて嬉しいとか、彼氏かと聞かれて心がモヤモヤしたりだとかが頭の大部分を占めていた。
「あ、そ、そーなんだ。へぇー」
しかし冷静になってみると名前を知っていたこの人は恐らくアカリの友達なのだろう。先週アカリは友達に会えないと言っていた。ならばアカリが帰ってくる前にこの人物にはどこかに行ってもらわないとな。
「で、なんの用ですか」
「あいやその、アカリ、元気かなあって。心配だったから。急に学校来なくなって」
ではどうしてアカリに直接聞かないのか。それに関しては色々思い浮かぶな。
さて、「元気ですよ」と返すのは簡単だ。しかし先週アカリが言っていたことを踏まえるとそれは悪手なように思える。
「詳しいことは分かりませんけど、少なくともさっきは元気でしたよ」
「そっか。……えっと、もしよかったらアカリに私に連絡するように言ってくれませんか?あ、私ミツキって言います。あの、私もまたアカリとおしゃべりしたくて、だから……お願いします!」
軽く頭を下げた彼女はそのまま離れていった。今にして思えば俺の受け答えは感じ悪かっただろう、悪いことをしたな。
あそこでああ話せば、もっと笑顔を心がけていれば、相手が火傷痕を見て怯んだことなんてすぐに水に流してやれば、などと考えていると、アカリが歩いてくるのが目に映った。
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