7月26日 前半

「うわあああああああ!」

 集合場所はアカリの家の前。こちらに気づいて手を振りかけたアカリは固まり、開口一番で絶叫した。

「っ、どうしたんだ急に」

「ちょ、来て!」

「うわっ」

 アカリに強く手を引っ張られ、玄関の中まで連行された。突然のことに頭が回らない。背後に何かしらの怪異が迫っていたのだろうか。そう考えてしまうほどの叫びと勢いだった。……だとしたら、ちょっと興味が。

「どうしたんだ、急に」

「どうしたって、な、何それ!?スイそれでここまできたの!?電車乗って!?」

「え?それって」

「服!何それ!?」

「ええっと」

 俺は服装には頓着しない。その自覚はある。しかしこんなリアクションをされるほどに奇抜な服だっただろうか。

「えっと、まず、Tシャツ!何その……何それ?」

「これか?これは雑誌の懸賞で当たったんだ」

 隔月発行の雑誌、『世界最恐都市伝説決定戦!』の企画のものだ。ごく普通の白いTシャツで、後ろ側には力強い文字で『怪異!』と書かれている。表側には都市伝説に関連するイラストが描かれている。特に胸の辺りの黄色い部屋のイラストがお気に入りだ。

「え、あ、えええ。その血だらけの箱とか白い服の女の人とかって」

「ああ、これは」

「言わないでいいから!で、その、次」

「次?」

「ズボン!それ何、そのパッツパツの紫のやつ」

「ああ、これは中学校の時の体育着だな」

「はあ!?」

 破れているわけじゃない。勿体無いから捨てられず、着続けているのだ。別に気に入っているわけじゃない。

「で、白い靴下にサンダルと」

「ああ」

「2点」

「え、何が?」

「今日の軍資金、いくら?」

「ん?お金なら、一応1万円」

 夏休みに出かけることを考えて、しばらく出費を抑えていたのだ。

「むう。なるほど、とりあえず、服買いに行こ!」

「ええ」

「ほら、行くよ!」

 そんなこんなで最初に連れてこられたのは服屋だ。

 灯籠通りにあるが、店構えも、品揃えも普通の服屋と変わらない……気がする。服装に関して自分の感覚が一般のそれとはかけ離れていることを知らされた手前、明言できない。

「いっ、らっしゃいませー」

 張り付いた店員の笑顔にプロの根性を見た。

「ほら、こっち」

「ん、ああ」

 言われるがままに店の奥に連行される。試着室と男物の服が置かれた場所だ。

「いや私もさ、別に服装にうるさいタイプじゃないけどさ、流石にちょっとね」

「それで、何がダメなんだ?」

「とりあえずズボンから変えよ。なんか7部丈みたいになってるし。てかそれで体育やってたんだ」

 どうやら致命的なようだ。残念なものを見るような目を向けられている。実際残念か。

「あ、お金心配なら私も出すよ!私が無理やり買わせてるんだし」

「流石に俺が出すよ」

 いくら何でもみっともなさすぎる。

「で、どれを買えばいいんだ?」

「言われてみれば逆に難しいかも。今がこれだし」

「これって」

「ま、着回ししやすい無難なやつにしよ」

「ああ……」

「あ、これとかど?」

 アカリが持ってきたのは手近にあった幅の広いズボンだ。いや、今履いてる物より幅の広いズボンなんて存在しないが。さてと、値段は。

「む、2000円。高いな」

「え?安いっしょ」

「え?」

 服の相場、一体どうなっているのだろう。今日帰ったら調べてみるか。

「ま、まあ、ならこれに」

「え、サイズとかは?試着とか」

「あ、ああ。そうだったな。ええと」

「んー、とりまこれきてみ!」

 ズボンを押し付けられ、試着室に放り込まれる。俺が身なりなんて気にしたところで。

 試着室には大きな鏡がある。そこには奇妙な格好で、ズボンを手に立ち尽くす、顔に火傷の跡がある男が一人。アカリと関わり始めて、気にしなくなってきていたが、鏡を見るとふと思い出す。どれだけ着飾ったところで……。彼女はこれを気にしないでいてくれる。だけど……って何を考えているんだ。

 つまらないことを考え終えてからは試着大会となった。あれやこれやと色々試したが、結局はアカリの言った通り無難な服に落ち着いた。

 その後はアカリが試着を始めた。彼女は俺が着替えた時にしっかりコメントしてくれていたのに、俺は気の利いたことが言えなかった。伝えたかったことがあったのに、言葉にすると陳腐に感じてしまえて。国語は苦手ではない、はずなのだが。服の知識が足りないのか?

「じゃあ私はこれ買おっかなー、ってどしたの」

「勉強しようかなと思って」

「?」

 お互い、片手に服の入った買い物袋を持って店を出る。俺は服を着替えたが、アカリは来た時と同じ服だ。

 今日最初に会った時がああだったから気にする間がなかったが、制服じゃないアカリを見るのは初めてだ。涼しそうな布地の少ない白い服、あの何か硬い素材の青っぽくて短いスカート?白くて華やかな感じのサンダル。よく見ると爪には色が塗られている。ああ、ダメだ!分からない!どう表現すればいいんだ。何だか良いってことを言いたいのに、服の名前すら分からない。

「え、どしたの。そんな見て」

「……何か、いいと思って」

「んう、あ、そう?ぁえへへ。服のことにも私は詳しいかもだし?なんかあったら頼りにしていいかんね!」

 自信満々に胸を張っている。

「かわい……あ」

 可愛い、そうだ、確かに。何だか小動物のような。

「んふ、褒めすぎ!どしたの急にさあ!もお」

「いやちが」

「えー、かわいくないっての?」

「そんなことは」

「ふふん、じゃ、もっと褒めて」

「ええと」

 小学生並みの感想を並べたが、アカリは嬉しそうだ。心配は杞憂だったが、それでもやっぱり勉強はしないとな。おかげで顔が熱くて仕方がない。

 試着でずいぶん時間を使ったからか、もう昼食をとってもいいくらいの時間だ。俺とアカリはフラフラと近場の喫茶店に入る。壁や床の白と椅子やテーブルの茶色を大きな窓から差す光が照らす、明るい雰囲気の喫茶店だ。

 客はほとんどいなかったが、店の隅のテーブル席に腰掛ける。今更ながら、二人して人目を気にしてしまった結果だ。

「注文決まったら呼んでくださいね」と水の入った小さなコップを二つテーブルに置くと、店員は戻って行った。

「さ、何にしよっかなー」

 アカリがテーブルの真ん中でメニューを広げる。ページの左側にはサンドイッチやパスタなどの食事やデザートが、右側にはコーヒーを中心とした飲み物が書かれている。

「あれ、まだある」

「ほんとだ」

 メニューってこれ以外に何が。そう思ってページを捲ると、およそ普通の喫茶店では見かけない文字列が目に飛び込んでくる。

 特製エナジードリンク、闇の鍋、ランダムレーション、ウナギゼリー……。

「何だこれ」

「分かんない」

 無駄にオシャレなフォントが使われているのが嫌だ。

「ウナギゼリーって、材料いつも置いてんのかな」

「虫の素揚げって一体」

「ねえスイ、ここになんかウインナーコーヒーあるんだけど」

「ページの最後にある店長オススメセットから恐怖しか感じない」

 ああそうだ、ここの通りってそういう店が多いんだった。妙な品揃えの店が多いんだ。

 このページは見なかったことにしよう。二人で頷き合ってページを戻した。

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