6月21日

 綺麗に晴れた空の下、参拝を終えるとアカリが駆けてきた。

「ねえ!ちょっとやりたいことあるんだけどいい?」

「何す」

 返答の終わる前に手を引かれる。向かっていた社務所とは逆の方向、先ほどまで参拝していた拝殿に連れて行かれる。

「おい!何するんだ!?」

「いーからいーから」

 砂利に足を取られ転びそうになるも、なんとか踏みとどまった。顔を上げた先で、アカリが拝殿の縁側に腰を下ろした。左手で床をパシパシ叩き、笑っている。

「ほら、座って座って」

「や、でも」

 一般的に、そこは座ってもいい場所じゃない。それに

「神様に失礼だーって思ってるんっしょ?大丈夫、ここの神社の風習だから」

 右手をぎゅっと握られて軽く体を引かれたら、俺の体はアカリの隣にストンと収まった。

「フナワタシ様は人の言葉が好きでさ、神様に手紙を渡すってのもそこから来てんの。でね、ここに座って喋ったら神様が喜んでくれるって話もあってさ。ここに昔人が集まってたのもそういう理由があったんだって。もう誰も来ないけどさ、あたしはよくここで喋ってんだ。独り言だけど」

 人の言葉を好む神様、か。ここは地元の人々に好かれる場所だったに違いない。アカリしか来なくなった今、フナワタシ様はどう思っているのだろう。

「そうか、会話」

 それならば、この一週間で身につけた会話テクニックを披露しようじゃないか。

「アカリは」

 言葉が止まる。読んだ本には様々な会話テクニックが書いてあり、相手の話に対して適切なリアクションをとる、相手を褒める、相手と目を合わせる、を実践しようと考えていた。話そうとしている言葉はある。「この神社のことよく知っててすごいな、もっと聞かせてほしい」と。

 途中で喋るのを止めたものだから、アカリは首を傾げる。気まずくなって合わせていた目線も逸らしてしまった。

「まあえっと、いい話、から、色々」

「あっはは!」

 せっかく勉強してきたのに会話さえまともにできないとは不甲斐ない。

「準備してきてもうまくできないの、お互い様?」

「う」

 イタズラっぽい笑みで告げるアカリ。これじゃあアカリを悪く言えないな。言いたいわけではないが。

「なんで分かったんだ?準備してきたって」

「不自然だから。すぐ分かるって、そういうの」

「うに」

 指で頬をつつかれ変な声が出た。

「前も似たようなこと言ったけど、別に変な気つかわなくて大丈夫だって」

「気をつけるよ」

「うーん?ま、いいや。で?スイはやった?」

 微妙そうな表情から一転して瞳が輝く。

「何を?」

「こないだのゲーム!面白かった方!」

 ああ近い!顔が!

「あ、ああ」

「おお!」

「っ!」

 アカリがさらに体を寄せてくる。体が触れてしまいそうなほどの距離だ。

 これが友人との距離感、というものなのか?

「で?で?面白かったっしょ?ジョブ何にしたの?どこまで進んだ?ビルドは?誰推し?」

「お、落ち着けって。そんなにいっぺんに聞かれても困る」

「あ、ごめん。で、どう?ゲーム」

 体は退いたものの、興奮冷めやらぬ様子だ。

「まだ始めたばっかりだから分かってないことも多いけど、面白かったと思う」

「だよねーやっぱ!ね、あのゲームマルチあんだけどどう?」

「マルチ?」

「他のプレーヤーと一緒に遊ぶってこと。私とやんない?色々教えれるし!」

 できることが多い分、何をすべきかわからない場面はあり、いちいち調べていたが、ガイドがいてくれるのは心強い。それに友達と一緒にゲームで遊ぶのはいかにも充実した学生生活じゃなかろうか。密かに憧れていた楽しい学生生活にまた一歩近づける。

「それじゃ、頼む。どうすればいいんだ?」

「待ってて、フレコ送るから……あ、なんかやってる?ライネとかイッヌタとか、ヴィスコでもいいけど」

「ライネなら」

 家族との連絡以外で使う日が来るだなんて。これが、これが友達。いけない動悸が、口元の緩みが。

 だらしない顔を隠そうと下を向きながらスマホを取り出す。ライネのアプリを起動したがこの後は、どうすればいいのだったか。

「えーと」

「QRコードね。っとね、こここーして……」

 見かねたアカリが自分のスマホと俺のスマホを両方操作すると、あっという間に連絡先の登録が完了した。友達の欄に本物の友達がいる。

「よっしできた!んじゃ、後で連絡すっからね!通話とかもオッケー?」

「ああ、よろしくお願いします」

「ん?うん」

 体が浮くような、自分が自分じゃないような、奇妙な心地だ。意味もなく辺りを見回したり、指をいじったりと、挙動不審なのが自覚できる。

「どしたの?」

「いやあの、ちょもらいできゅ……すー、はー」

 こんなに盛大に噛んだのは初めてだ。アカリが怪訝な顔でこちらを覗く。ゆっくりと深呼吸してみたものの、状況は好転しそうにない。

「えっと、コホン。こういう友達っぽいことするの慣れてなくって。ちょっと浮かれた」

「ん、あーへーそーなんだ。ふーん」

 アカリがそっぽを向く。俺の痴態を見ないでいてくれるのは助かる。恥ずかしさが伝播したのか、彼女まで赤面していた。

 しばらくこの微妙な空気が続いていたが、こちらも落ち着いてきたので咳払いをして会話を再開する。

「あーえっと、俺平日なら9時とかからになるけど、いい?」

「えっ、あオッケー!全然大丈夫。私結構夜更かしとかしちゃうタイプだし。ま、詳しいことはライネでね」

「ああ」

「そうそう、こういうのの醍醐味は雑談、だかんね。じゃんじゃん送ってくれていいから」

「うっ、それは」

「週に一回、なんか送ること。いい?」

「いくない」

「うー、じゃあ別にそっちから送んなくてもいいから、ちゃんと話し相手になってよね。いい?」

「まあ、それなら」

 月曜の放課後ばかりだったアカリとのやりとり。今後はさらに回数が増えるようだ。嬉しいやら緊張するやら。

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