6月14日
ポツポツと雨が降る閑静な住宅街。ビニールの傘を差しフラフラ歩けば、目の前にいつもの路地が現れる。抜けた先には紺色の傘を差す少女が一人。
「お、きたきた」
アカリがヒラヒラと小さく手を振る。いつもと少し雰囲気が違うのは服装のせいだろう。学校指定の半袖のワイシャツになっている。男子はズボンも薄い生地のものに変わるのだが、女子のスカートもそうなのだろうか。
「そんじゃ、行こ」
「ああ。どれくらいで着くんだ?」
「ん?ほとんど歩かないよ。本当にすぐそこだから」
その言葉は誇張でもなんでもなかったようで、先ほどの路地を戻ってすぐの場所でアカリが立ち止まった。
「はいここ。ね、近いっしょ」
「え、こんな近かったのか」
先ほどの路地の片側はアカリの家の外壁だったようだ。アカリの家は新しくはないが大きな家で、白塗りの壁に瓦の屋根、おまけに松の植えられた庭まである。ちょっとしたお屋敷だ。
「立派な家だな」
「んえっへへー、でしょでしょ。そんじゃ解錠ー!」
門をくぐり、玄関の鍵を開けて家の中に入る。文字の彫られた大きな木の板がぶら下がり、落ち着いた色合いの絵画が飾られている。
「ただいまー!ほい、入って入って」
「お邪魔します」
アカリに倣って靴を脱ぎ、家にあがらせてもらう。あまりキョロキョロするのは失礼だしみっともないので、極力控えてついていく。
彼女の部屋は2階にあったようで、少し急な階段を上った先にあった。
「……」
「ん?」
アカリがドアノブに手をかけて立ち止まる。
「ちょ、ちょっと待ってて、最終チェック!」
言うなりアカリは一人で部屋に入ってしまった。言われた通りにドアの前で待っていると、部屋の中からスプレーを噴射する音が聞こえてきた。
聞こえないフリをして待っていると、ドアが勢いよく開かれた。
「よし、オッケー。じゃ、来て」
「ああ、お邪魔します」
通された部屋は8畳ほどの洋室で、学習机やベッド、本棚などが置かれている。入ってすぐ横にあるこれはクローゼットと呼ばれるものだろうか。
「よし、じゃあ、座ってて!飲み物持ってくるから!」
「分かった」
「部屋、いじったりしないでね!」
「しないって」
部屋の中央、カーペットの上にはこの部屋には不似合いな座布団とちゃぶ台がある。この2つは見慣れた物で、
そこに座って部屋を眺めると、気になる点がいくつか。
まずは学習机の上にあるモニター。デスクトップPCやゲームのコントローラーらしきものがあるので、普段はあそこでゲームをしているのだろう。しかしあの学習机、勉強のものが一切置かれていない。学習机とはいかに。
次に本棚。プラスチック製の似たようなケースが綺麗に並べられており、それと漫画とできっちり埋まっている。ここにも教科書や参考書の類は見られない。
部屋の観察をやめて持ってきていた本を読んでいると、アカリがお盆に飲み物を乗せて帰ってきた。大きめのコップに麦茶らしきものが入っている。
「お待たせー」
ちゃぶ台にお盆を置き、アカリが向かいに座る。
「んっふっふ、今日はちゃあんとスイに合いそうなゲーム探しといたんだよね」
「そこまでしてくれたのか?」
「んもっちろん。スマホでやるゲームなんだけどね。……えー、これ!」
「ん」
横になったスマホの画面には『召喚士・怪』と読みづらいフォントで書かれており、アニメ調のキャラクターが数人表示されている。
「これね、妖怪とかお化けみたいのが擬人化されてんの」
俺に合いそうなゲームって、そういうことか。しかしなぜ擬人化されているのだろう。
「こんなゲームがあったんだな」
「んー、ま、あったにはあったけどね、まあ、その」
歯切れが悪い、何か問題があるのか?
「とにかくやってみよ、ね!」
「あ、ああ」
「よくあるRPGなんだけど、キャラ編成して戦う系」
キャラクターを編成する画面と説明されたが、想像以上に良い。何がかというと、何をモチーフに擬人化されたのか分かりやすいのだ。例えば画面中央にいる犬のような垂れた耳を生やした三つ目のキャラクターはぬりかべだろう。両手にいかにもな壁を持っている。しかしぬりかべ、ねこ、スカイフィッシュ、グレイ、ノストラダムスとあまりにもカオスな組み合わせだ。ノストラダムスは違うんじゃないか?
「て、戦うって何と戦うんだ?」
「えっとね、敵は擬人化されてない怪物?とりまこのバックルームってとこに入って」
「バックルーム!?」
あまりにも、あまりにも混ざりすぎじゃないだろうか。ゲームとはこれが普通なのか?
「本当はマルチやりたいんだけど過疎っててさー」
「大丈夫なのか?このゲーム」
「それは〜、やってのお楽しみ」
アカリはクリアするまで進めた。解説が分かりやすく、仮に後でこのゲームをやるとしても困らないだろう。やるかどうかは別の話だが。
「ど?」
「これ、アカリはどうなんだ?」
「え?どうって」
「これ、面白かったか?」
「え?あー、あっはは……正直あんまり」
まあ、そうだろうと思った。このゲーム、キャラクターのデザインこそ良いが、操作が煩雑なところが多々あり、アカリも何度かミスをしていた。
それに、表情が見える今、アカリがゲームを楽しんでいないことは察することができた。
「せっかくだから、アカリが普段やってるゲームも教えてくれないか?そのほうが……ほら、なんというか、お互いに、良いし」
ああ!言葉がうまく出ない!顔もきっと赤くなっている。口下手を克服したいと、最近何度も思っている。
「にぇっへへ……じゃ、ね、これ!『ロールファンタジー』!これはスマホ版だけどパソコンでもできるよ。基本無料なのにすっごい作り込まれてるオープンワールドで〜、あ、えっと、ファンタジー世界を冒険するゲーム!」
「へえ、なんかゲームって感じだな」
俺の知っているゲームはテロリスとトラコンクエストくらいだ。なのでゲームのイメージはどうしてもそこに寄ってしまっていた。これも勇者が魔王を倒すゲームなのだろうか。
「戦闘はアクションなんだけど、武器とか魔法とか好きなの選べて、ステータスとかも結構いじれんの。スキルもパッシブとアクティブで色々習得できて、仲間も3人編成できるから戦略の幅がすっごい広いの。で、このゲームの良いとこってバトルだけじゃなくて、伏線いっぱいの超面白いストーリーとかあってさ。フィールドの探索とかNPCとの会話で掘り下げられんのも神。しかもクラフト要素も充実してて……」
この後、俺がそれとなくスマホを見て時間を告げるまで、アカリは止まらなかった。アカリは恥ずかしがって何度も謝っていたが、俺はそのゲームを遊んでみたくなっていた。早速帰ってからパソコンに入れてみよう。帰り際、アカリに手を振り返しながらそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます