6月28日

 祭りとは本来神を祀る行事のことだったはずだ。では体育祭とは何なのか。

 祭という言葉の用法が間違っていないことぐらい分かっている。だがこうして文句が出るほどに体育祭が嫌いだ。

 そんなことをアカリに話した。場所はアカリの部屋、外はしとしとと雨が降っている。

「いいじゃん、体育祭!あたし好き」

「アカリはそうだろうな」

 最近は雨が多いが先週の体育祭当日は曇天だった。ジメジメとした嫌な暑さの中で運動をさせられる地獄の行事だった。

「え何、スイって運動ダメな人?」

「……別に」

 ダメな人だ。クラスで一番苦手とはいかないが、確実に下位である。野球やバドミントンのようなスポーツならまだしもただ走るだけの3000M走の何が楽しいのかさっぱり分からない。

「そっかー、体育の特訓もしときゃよかったね」

「いや、もうたくさんだ」

 更に嫌だったのは放課後や体育の時間の練習だ。同じチームの仲間意識によってか練習中に雑談を振られることもあったが、それがストレスの種となっていた。

 声を掛けてもらえるのは嬉しいし、誰かと会話するのは嫌いじゃない。ただ何をどう話せばいいか分からない。準備をしていてもいざ話すとなると緊張して口が回らなくなる。そして相手が不快な思いをしていないか、なんて変な気を遣ってしまうのだ。

「そんな嫌いかー。……ア、モシカシテ月曜日サボッテタノ?」

 アカリが急に棒読みになった。目は泳ぎ、唇は歪ませている。嘘をつくのとか苦手なんだろうな。

「ああ」

「ソッカー」

 アカリは無言で体をもじもじさせている。じーっとこっちを見たり、目を逸らしたり。トイレに行きたいのか?とか、顔に何かついてるか?と聞きたいところだが、そうじゃないことは何となく分かる。

「えっと、気になんない?」

「何が?」

「月曜日、あたしもいたこと」

「ああ、言われてみれば確かに。アカリもサボってたのか」

 アカリとは神社やこの部屋でしか会っていないから、いるのが当然だと思っていた。でもアカリだって普通に人で生活しているんだ。同じ学校の生徒だって言うのなら体育祭の練習にも参加していただろう。

「ああいや、そうじゃなくて、あーえー、こほん。大丈夫、今度は逃げないし」

「何が?」

「うっ、こほん」

 なにか言いたいことがあるんだろうな。出会ってまだ3ヶ月だがアカリのことは何となく分かる……ような気がする。

 時間にして3分、そこそこ長い沈黙の後、アカリは徐に口を開いた。

「まあその、こほん、えー、私、その、学校行ってないってゆうか、休学中、みたいな」

「へー」

「軽っ!そこはもっとあるでしょ!こっちが喋るのにどんだけ緊張したか分かってんの!?」

 アカリが捲し立てる。いつもの調子に戻ったみたいだ。

「わかんないけど。で、じゃあ今何年生?」

「二年生だよバッキャロー!」

 叩かれたテーブルがいい音を立てる。コップが倒れなくて本当に良かった。

「あまあ、今年で2年目だけどね、休学。うちの学校休学2年までだから今年でおしまい」

 てことは高校浪人してない限りアカリは17、8歳ってことになる。テーブルに顔を伏せているこいつが年上だなんて何度聞いても信じられない。

「じゃあ誕生日はいつなんだ?」

「へ?あー、あ!?今日じゃん!」

「は!?」

 アカリがテーブルに手をつき、跳ね上がる。コップの中身は少しこぼれてしまっていた。会話するだけなのにそんなに体を動かして疲れないのだろうか。

 アカリのことだから他のことで頭がいっぱいだったのかもしれないが自分の誕生日を忘れるだなんて、ケーキやプレゼントは楽しみじゃないのか。

 しかし今年に入って2番目の驚きだ。因みに1番目は神社に立ち寄ったら仮面つけた変な奴に絡まれたことである。

「おめでとう?」

「ありがと!プレゼントある?」

 当然のようにアカリが手を伸ばす。

「いや今日だって知らなかったんだから、あるわけないだろ」

「そっかー、じゃ、来週。期待してんね」

「はあ」

「んでんで?スイはいつ?誕生日」

「11月の6日」

「よし、じゃあ覚悟しておくように」

 誕生日、家族以外に祝われたことはほとんどないな。小学校の時は給食の時間に担任が呼びかけて祝われたりしていたがそれくらいだ。

 少し期待してしまうな。

「アカリは何か欲しい物とかあるのか?」

「んー。ケーキ!ケーキ食べたい!」

「じゃあ来週にでも買ってくる」

「やったー!ありがとー!」

 分かりやすくて助かった。そうでなければ何を贈ればいいかと一週間悩み続けるところだった。

「じゃあスイは?何欲しい?」

「別になん……」

 そんなことを考えて安心した手前、自分が「何でもいい」なんて言えるはずもない。ここはケーキと同じくらいの値段で、自分も欲しいものを。

「11月の初めに本が、いや」

「ん?」

「流石に少し高いかと」

「いーよ!その代わりケーキは良いの2つ買ってね」

 そんな解決方法があるのか?

「じゃあ、その11月の初めに『呪いのビデオ傑作選外伝』って本の新作が」

「え?何それ」

 まあ、アカリは興味ないから知らないだろうな。

 『呪いのビデオ傑作選』シリーズはビデオに拘らず、動画サイトやブルーレイなど、とにかく曰く付き(と言われている)の映像作品を紹介している本だ。その外伝は心霊写真や呪いの本なんかを特集したものだ。もはやビデオ関係ないは禁句である。

 とアカリに説明をしたものの、やはり彼女はよく分かっていないようだ。それでも構わない。

「まあ、それじゃなくてもいいんだけどさ。それっぽい本が欲しいかなって」

「んー、おっけ。探してみる」

 趣味を理解してもらうことは難しい。自分と相手では情報量が格段に違うからだ。だけど趣味について話すのは楽しいし、相手が仲間になってくれたなら嬉しいだろう。先週のアカリの気持ちが痛いほど分かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る