4月19日

 アカリに聞いた、神社についての話。

 待舟神社まちふねじんじゃ易河市えきかわしにある神社で日暮ひぐれアカリの家で管理されている。しかし手水舎の水が止まっていたり、鳥居や拝殿などの改修がされていなかったりと管理不足である。

 鳥居、手水舎、拝殿、授与所の併設された社務所があり、その中でも社務所は大きな建物となっている。これは昔、この地域の集会所としての役目を果たしていた名残だという。

 この神社の神様はフナワタシ様。人の隠された願い事を叶えてくれるという言い伝えがある。また、自分に宛てた手紙を渡すことで『通行札』と呼ばれる木製のお守りをもらうことができた。かつては秋にお祭りがあり、その年の手紙を木に結んでいたらしい。

 なぜ人が来なくなったのか、管理がされなくなったのか。そこは推して知るべき、か。聞いたところで月並みな面白くない話しか聞けないだろう。

 さて、俺は今日、自分宛の手紙を持ってきた。それはもちろん『通行札』をもらうためだ。

 先週、アカリが通行札がまだあるから欲しかったら渡すと言っていた。その時は流したが、せっかくだからもらうことにしたのだ。ルーズリーフに書いた短い手紙は小さめの茶封筒にしまってある。

 神社に着き、参拝の後にアカリに手紙を渡すと、彼女は固まった。

「意外と真面目だなーとは思ってたけど、本当に手紙書いてきたんだ」

「どういう意味だ?」

「お守り欲しくなっても手紙とか書かないだろうなーって思ってたからさ。ビックリした」

「失礼な」

 風習を尊重し礼儀を通すのは当然のこと。

 神社仏閣に限らず心霊スポットとされる場所や私有地の山林に入り迷惑行為をする連中をネットで何人も見てきた。あれらと一緒にされるのは腹立たしい。

「じゃ、ちょっと待っててー!」

 アカリは社務所へと駆けて行く。鍵は予め開けてあったらしく古い引き戸を勢いよく開けて中へ入った。バーンと激しい音がしたが、戸は壊れていないようだ。

 それきりなかなか出てこない。ぼーっと目を閉じると風で木の葉が擦れるサラサラした音やどこからともなく聞こえる野鳥の声が眠気を呼び起こす。

「ふぁ」

「お待たせー!」

 出かけた欠伸はかき消された。なんとも消化不良である。

「スイ!こっち!」

 鬼塚さん、とか鬼塚とばかり呼ばれていたので家族以外に名前で呼ばれるのは新鮮だ。悪い気はしない。

 アカリが手を振っている。どうやら今の時間で巫女服に着替えたらしい。そして授与所と呼ばれるお守りやおみくじを売るスペースに入っている。普段はあの翁の面に高校の制服なので違和感が強いが、お面に巫女服だと一気に神秘的に見える。

 しかしまあ、なんと言うか……似合わない。普段の言動も毛先がうねうねした茶髪も自分の中の巫女像と喧嘩している。

 ザクザクと砂利を踏んでゆっくり近づくと、彼女の服の袖が随分と余っていることが分かった。着こなしもぎこちない。

「それじゃ、はい、通行札」

 防虫剤の匂いと一緒に渡された木札は普通のお守りと同じくらいのサイズで、名前から想像していたよりも小さいものだ。青と白の根付ねつけが着いており財布やカバンにぶら下げられるようになっている。肝心の木札は角の丸い長方形型で、表には『通行札』、裏には『舟渡守』と墨で書かれている。

「ありがとう」

「え?えっへへ。あ、ほら中入って」

 アカリがくねくねしながらそう言った。不審な言動に慣れつつある自分が嫌だ。

 先週と同じく社務所に入り奥の部屋へ行くと、ちゃぶ台と座布団が用意されていた。ちゃぶ台の上にはペットボトルの紅茶とお菓子が置いてある。牛頭ごずの紅茶ミルクティーと邪眼じゃがんりこだ。禍々しいパッケージキャラクターからは想像もつかないが、どちらも老若男女問わずに愛されるポピュラーなものだ。

 ちゃぶ台を挟んで向かい合わせに座った。

「じゃ、いただきまーす」

 ペットボトルのキャップを回し、口のあたりに近づけている。そしてコツンとぶつけてようやく自分がお面をつけたままなことを思い出したらしい。

「あ、どうしよ」

「お面外したらいいんじゃないか?」

「あいや、それはちょっと」

 そのお面にどれだけ強いこだわりがあるのだろうか。見たところごく普通の笑った顔をした翁の面だ。

 いや、お面に拘っている、というよりは素顔を見られたくないのだろうか。それならば痛いほど理解できる。

「ストロー持ってくればよかったなあ。あっそうだ」

 彼女はおもむろに邪眼りこを開封し、棒状のそのお菓子をお面の口の穴に入れた。笑顔の翁が口から邪眼りこを生やすその様はあまりにもシュールだ。

「んっ、んふ、おいひい」

 お菓子の油が染みたりしないだろうか。それにスナック菓子ばかり食べていたら喉も渇くだろう。自分ばかり不自由なく飲み食いするのは気が引けていたが、これに遠慮するのもバカらしくなってきた。ミルクティーを一口。仄かに甘くて美味しい。

「なんでお面を外さないんだ?」

「ん、あーっ、なんてーかさ、顔を知られたくない、的な?あっ、別にスイと知り合いだったーとかそんなことはないけど。んー、よく分かんない」

「そか。見られたくないなら、俺は見ない。言ってくれれば、後ろ向いてる。俺も、こんなだし」

 撫でた右頬がズキリと痛んだ気がした。

 幼い頃、住んでいたアパートが火事になった。その時に負った火傷の跡が今でも残っている。顔の右側。マスクや伸ばした髪で隠そうとしたこともあるが、皮膚が負けてうまくいかなかった。これが原因で面白くない扱いを受けたことも多々ある。

 こんな奴だからこそ、普段の生活に関わる相手じゃないからこそ弱音を漏らしてしまった。後悔のためか心臓の音がやたらとうるさい。

「んー、でもなあ。なんかやだし、あたしはあとで飲むよ」

 アカリはスルーした。彼女はこれを気にしていないのか?

「……お前は」

「お前ってなんだよ!こないだちゃんと名前言ったじゃん。忘れてないっしょ?」

 先々週、つまりは初めてアカリに会った日のことだ。あまりに自分を神様神様言うものだから「それ俺と同じ学校の制服だろ。じゃあ学校で調べれば名前くらい分かる」と言った。もちろんこれはハッタリで、わざわざ調べる気などは毛頭無かったが。しかし効果はテキメンだった。態度が豹変して「アカリ!日暮ひぐれアカリ!ほら、名前言ったっしょ!だから学校であたしのこと調べんのはヤメテ!」と。

「……あ、アカリ」

「よろしい、続けたまえ」

 言葉がうまく出なかった。人の名前を呼ぶのは苦手らしい。新発見だ。

「おま……アカリは、手紙書いたりしないのか?この神社のならわし・・・・なんだろ」

「そりゃま書いてるけどさ。一応毎年?でもほら、恥ずいじゃん。誰もやってないし」

 仮面つけて神様ごっこの方が恥ずかしいだろ。

「手紙、俺は大したこと書いてないけど、内容について決まりはあったのか?」

「んーん、別に。自分に書くってことだけ」

 それが難易度高かった。あの短い手紙を書くために俺がどれだけ悩んだことか。本当ならアカリに聞いて次の参考にしようと思ったのだが、恥ずかしいなら無理には聞けない。それに俺の手紙の内容について掘り返されるかもしれないし。

 ……

「おい、俺の手紙見るなよ」

「えー」

「見るなよ?」

「んー、おっけー」

 あんなもの他人に読まれたら……。確かにこれは恥ずかしいな。

「あ、そだ!お菓子何好き?あたしはこーゆうの好きなんだけど」

 邪眼りこを一本取り出し、仮面の口に挿す。仮面のままでも食べやすいからだろうか。

「甘いやつが好きだな。ラムネとか」

「ほーん。じゃ、来週はラムネ買ってくるね」

「いい。自分で持ってくる」

 来週も、俺はここに来るらしい。自然と口をついた言葉にまた驚かされる。

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