鬼灯閑話
相良趣等
4月12日
一人でいるのには慣れたものだ。そんな負け惜しみをしまい込んで校舎を後にする。
高校に入学して、はや一週間。環境も変わったことだし友達の一人や二人できるだろうと思っていたが、そんな望みは打ち砕かれている。悲しいことに俺には友人と呼べる存在が一人もいないのだった。まあ、俺が悪いので文句も言えない。
放課後、週末に購入した『呪いのビデオ傑作選!』の感想を頭の中で
先週も一度行ったのだが、変な奴のせいでまともに参拝できなかったのが気になっていた。
辺りの爽やかな活気に取り残されたような住宅街への路地に入る。すると車の走行音も下校する高校生のやかましい声も遠くなっていった。
グネグネと家々の間を縫うと、これまでの人工物の群れから一転して木立に囲まれる。この袋小路の向こうは山になっているのだが、正面少し左側に石段がある。
木々や雑草に隠されたボロボロの石段を見上げると、これまたボロボロな鳥居がある。あそこが目的地だ。
鳥居にお辞儀をして端をくぐると玉砂利に足が軽く沈む。木に囲まれた境内には白っぽい玉砂利が敷き詰められており、まるで周囲の森とは別世界のようだ。傾く太陽が落とす伸びた影がこの場所の神秘的な雰囲気をより際立たせる。
境内を見渡して先週のあいつがいないことを確認し、つい安堵の息を漏らしてしまう。
隠れた場所にある神社。神秘性を陽光が後押しするこの場所に自分一人。静かな興奮が前進を促した時、すぐ後ろで声がした。
「オマエノウシロダヨ」
「え」
声のした方、後ろの石段を振り返ると、すぐそばに
思わず後ずさると、彼女がこちらの耳元に位置を合わせるために背伸びをしていたことが分かった。足がプルプル震えている。
「よくもまた来たな!」
「はぁ」
今のは落胆のため息だ。このブレザーとスカートの制服に木彫りの翁の面を被った少女こそが先週ここで出会ってしまった変なやつだ。雰囲気ぶち壊しである。
俺には人を見かけで判断しないという信条がある。しかしその信条さえも容易く打ち砕き、ある種の屈辱を味わわせてきたのが彼女だ。
確か名前は、
「なんで火曜日来なかったの!」
「え?えっと」
「前、明日も来いって言ったじゃん!」
翁の穏やかな笑みとは違い、彼女はすごい剣幕だ。こんなに人に詰め寄られたのは生まれて初めてかもしれない。
先週、偶然この場所を見つけて感動していると、仮面の変なやつに絡まれて、逃げようとしたら捕まって。同じ高校の制服を着てたから
やばいやつだと思ったし電車の時間も迫ってたから、それを言い訳に帰ろうとした。その時後ろから「明日も来てよー!」と。
ああ、思い出した。確かに言われていた。一方的に。で、今アカリは約束を
変に気を遣われるのが一番嫌だが、これはこれで……もしかして俺に友達ができないのはこれのせいでもあるんだろうか。
「ちょ、なんで
「ああいや別に」
さて、本来の目的を果たさねば。賽銭箱もちゃんと置いてあるようなのでお賽銭用に財布から硬貨を取り出す。
「やめて!」
「え?」
「あ、ごめん。つい」
財布を開けた瞬間、静止を求められた。何かトラウマに触れるようなことでもしてしまっただろうか。財布を開けただけで?まあ、気にしないでおこう。
さてそれでは参拝の時間だ。手水舎は水がなかったので手持ちのハンカチで手を拭くことにする。参道を歩くと砂利が心地よい音を立てる。一歩二歩と歩を進めるたびに心が音に洗われるようだ。先ほど取り出した5円玉をゆっくりと賽銭箱へ入れる。鈴もないようなのでこのまま礼拝。
…………。
「意外とちゃんとお参りするんだ」
意外ってなんだよ。
参拝を終えた後の澄んだ心までも台無しにされてしまった。そのせいで拝殿を離れアカリに近づいた時、つい悪態をついてしまう。
「お前は
「だから神様だって。こないだ言ったじゃん。ちょっと待ってて。今そこ開けるから」
憎まれ口と思わなかったのか、アカリはサラッと流した。そして彼女は向こうへ走っていく。彼女が向かった建物は恐らく社務所だろう。社務所といえばおみくじやお守りが売っているイメージなのだが、そこは無人であり、案の定そう言ったものが置いてあるようには見えない。
しかし社務所の鍵を持っているのならば彼女はこの神社の関係者なのだろう。であればこの神社について話を聞いてみたい。
「おーい!」
アカリがこちらに手を振っている。立て付けが悪くなっていて開かないのではないかと心配したが、その心配は杞憂だった。
誘いに乗って入った社務所は掃除がされており、想像していたよりはずっと綺麗だった。隅に置かれた消臭剤のおかげか嫌な匂いも全くしない。
靴を脱ぎ、板張りの薄暗い廊下を抜けると、随分と広い部屋に出た。8畳の部屋を縦にくっつけたようなその部屋は大きな窓がいくつもあるため明るく、畳こそところどころ変色しているものの、障子は張り替えられたばかりのように綺麗だった。部屋の隅には年代物のテレビ、座布団、折りたたみ式のテーブルが寄せられている。
「綺麗っしょ。頑張って掃除してんだよね」
「ああ、綺麗だ」
正直驚いた。
「ひひっ、それじゃあ今座布団を〜」
アカリが黄土色の座布団を2枚、ずるずると引きずってきた。促されるままに向かい合って座ったのだが、短いスカートであぐらをかかれると多少目のやり場に困る。
「ね、もしかして神社って好き?」
「そうだな」
神社は好きだ。民話や都市伝説のような不思議なもの、神秘的なものには心が惹かれる。
「おぉ〜そっかそっか!ここ
彼女の表情は仮面で分からない。しかしこの神社について語るその声は弾んでいた。彼女はここが好きなのだろう。うちで管理してる〜とか、子供の頃からここで遊んでて〜とか、彼女は自分が神であるという設定を忘れてしまっていた。
そしてそんな彼女の話を俺は黙って聞いていた。時々頷いたりしていたかもしれない。内容が興味深かったからか、それとも別の理由か、俺もまた彼女の話に聞き入っていたのだ。
「あ、なんかもう暗いし」
話の途中でアカリが立ち上がる。いつの間にかあたりは暗くなってしまっていた。スマホを取り出し時間を見ると、5時56分。これ以上遅くなると部活終わりの高校生で電車が混雑してしまう。
「そろそろ帰るよ」
「そだね。んじゃ、行こっか」
二人揃って立ち上がり、互いに無言で廊下を歩く。靴を履き社務所を出たとき、後ろを振り返ってしまった。
アカリは相変わらず仮面をつけたままこちらを見ていた。
「ね、
そうだ。初めて会った時も今日も、アカリばかりが話していて俺は名乗ってすらいなかった。名乗る必要なんてないとも思っていたんだろう。きっともう話すことなんて無いと。
「ああ、俺は……
「そっか。鬼塚粋、いいじゃん、かっこいい。ね、明日も来る?」
かっこいい、か。初めてだ、名前を褒められたのは。それはそうと明日は予定がある。明日は怪奇小説『惨劇事故物件シリーズ』の新刊発売日なのだ。しかし……そうだな……。
「むぅー。じゃあまた来週、ね!」
俺が何かを考えている間に彼女はそう言った。
「ああ、じゃあ、また」
「うん!じゃーねー!」
流されるままそう約束して、俺は帰路についた。
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