ちょこちょこ更新する日常(おまけ)・しゅいしぇいむし
しゅいしぇいむし! 1.鍋パ
「…ということで! 今晩はパンタソスで鍋パをしまーっす!!」
玲はそう大声で宣言して、ぱーんっとクラッカーを鳴らす。
キラキラのテープのひとつががひらりと舞って、くじらの頭に着地した。
「…待って待って、『ということで』ってどういうこと? 玲ちゃんモルペウスですよね?? というかクラッカーって誕生日パーティーとかに使うんじゃないんですか???」
玲は目をぱちくりさせてから、少し遅れて首を傾げた。それは一体どういう感情なのだろう。
「え、え? あたし変なこと言いました?」
「いや、そもそも寮が間違ってるでしょ。…え?もしかしてわたしがおかしいの?」
自信なさげに周りに助けを求めるくじらの肩に、ぽんっとかもめの手が置かれた。
「くじら先輩、玲のボケにいちいち突っ込んでたらすぐに一日が終わっちゃいますよ」
「えぇ…?」
「あたしとくじらせんぱい、人間の文化に詳しくないのは同じはずなのにすごい差ですね!」
あはは~と後頭部に手を当てて笑う。
そういえばこの子地球外生命体だった、とくじらは思い出した。その上実は
昔も今も、陸も海も――そして地球も宇宙も、姫がぽわぽわしているのは変わらないらしい。くじらは人魚姫の逸話を連想していた。
「取りあえず…テープの片付けは私と玲ちゃんでやるから、まくちゃん先に料理しててくれない?」
「あいあいさ~!」
三人はそれぞれの仕事にとりかかる。
むうにゃと玲は散らばった紙吹雪やテープを拾い、まくはキッチンへ本日の主役を作りに行った。
取り残されたくじらは気まずそうに周囲を見渡してから、挙手をした。
「えっと…わたしは玲ちゃんの夜間外出届出してきます」
「わあ! くじらせんぱいありがとうございます!」
太陽のような眩しい笑顔にくじらは焼かれた。彼女の周りに小さな星々が煌めいている――ああ、幻覚か。
(やっぱり後輩ってものはかわいいんだな、うん)
そうして、くじらは不思議と嫌じゃないなぁなんて思いつつ教師寮へ向かった。
* * *
「ただいま戻りました~…っと」
寮のドアを開けたその瞬間、食欲をそそる実に良い匂いが漂ってきた。
くじらはその空気を肺一杯に吸い込んでから、急いで靴を脱ぎリビングへと向かう。
「あっ、お帰りなさいくー先輩! お鍋、みんなで作ったから思ったより早くできましたよ」
机の上には鍋敷きがあり、ちょうどまくが鍋をそこへ運んでいる所だった。
かもめと玲は皆の分のお椀と箸を、むうにゃは調味料を持ってきてくれている。
(おお、むうにゃちゃんの味変用調味料のセンスいい…さすが)
「くじらせんぱい、あたしの外出届なのにやらせちゃってすみません! ありがとうございました」
眉尻を下げて、少し申し訳なさそうにふにゃりと笑う。
「いいんですよ、可愛い後輩のためだからね! というか私こそ料理全部やってもらっちゃってすみません」
「いやいやいやくー先輩はいいんですよ!!」
「そ、そうそう! 先輩にやらせるのもあれですから!!」
「料理の時はゆっくりなさっててくださいほんとに!!」
まく、むうにゃ、かもめがすごい剣幕で迫ってくるので、くじらは圧に押されて頷いた。
「みんながそう言ってくれるなら…。ありがとうね」
三人は揃って胸をなでおろした。
(あ、危ない所だった…)
ご察しの通り、くじらは飯マズなのである。その上自覚がないのが恐ろしい。
三人は忘れない。入寮した時、お祝いとしてくじらが手料理を振舞った事件の事を。
「パンタソスへようこそ! いっぱい食べてね」
見た目はごく普通なので、まくが「おいしそ~!」と大きな一口を頬張った。その直後、苦しみだしたかと思ったら突然倒れたのだ。
かもめとむうにゃは戦慄した。
――このままじゃ、全員死ぬっ!!
さすがに全部残すわけにはいかない。しかしまくは一口で倒れた!救いの道が存在しないことは明白だった。
それでもふたりがどうするべきか考えて料理に手を付けないでいると、くじらは「ど、どうしたの…? やっぱりまずそうかな…」としょぼんとする。
「いやいや、まくちゃんが泡吹いて死んでるの見えてないのか??」とふたりは思ったが、彼女のそのしおらしさに負けてままよと料理を口に入れた。
もちろん、そのあとのことは覚えていない。
「待って待って、わたしが死んだみたいな話し方しないで、ギリちゃんと生きてるから! 勝手に殺さないで!?」
――――ということで、皆で力を合わせくじらが帰ってくる前に鍋を完成させたのである。
「あたし今度くじらせんぱいのお料理食べてみたいな~!」
そんなこと知らない玲は、のほほ~んと言ってはいけない言葉を口にしてしまう。
(あっ…玲ちゃんしんだ……)
(骨は拾ってあげよう……)
(短い間だったけど、玲ちゃんのことは忘れず生きていくから……)
「お墓は地球じゃなくてスターライト星に建てるからね」と、三人揃って涙を流しながら合掌した。
「えへへ、今度作ったら遊びに来てくださいね」
「わーい! …あ、お鍋冷めちゃうからはやく食べよ!」
玲とくじらは隣の座布団に座り、皆の分も食器をならべる。
「う゛っ、あの事件を思い出したら吐き気が…っ」
「かもめちゃん、今はくじら先輩の料理のことは忘れて鍋パを楽しもう」
むうにゃはかもめの背をさすりながら小声で慰める。
「そうそう。人間万事塞翁が馬って言うし」
「それ微妙にフォローになってなくない?」
なんやかんやあったが全員が席につき、鍋の蓋が開かれた。
湯気と共にふわりと広がるのは嗅ぎなれたスパイスの香り。
「この匂い…カレーだぁ!」
「そう、今日はチーズカレー鍋だよ! 私とまくちゃんで選んだの」
ふふんっと誇らしげにするむうにゃ。
「チーズとカレーの鍋っておいしいの? 重たくないですか?」
くじらは自分の分をお椀によそいながら、それを眺めて言う。
うん、確かに匂いは案外さっぱりしていてとても良い。スパイスパワーだろうか。
「実は二人で外食行ったときに似たようなメニューがあって、とてもおいしかったんです! それで鍋パやるって聞いてスーパーに鍋の元見に行ったら丁度置いてあって…!」
「うんうん。これはまだ食べたことないけど、お店のチーズカレー鍋はすっごく良かったですよ!」
ああ、この前の土日に二人がいなかったのはそういうことだったのかとくじらは納得した。
そして試しにスープを啜ってみると、「さらさらしているけどまろやかなカレー」といった感じの味がした。うん、これはとても良い。
陸に来てからおいしいものをたくさん食べられて幸せだな~と思った。
「え~、なんかいないなと思ったら二人でごはん行ってたの!? あ、別にさみしいとかじゃないけど…その…」
分かりやすくしゅんとするかもめは、なんだか健気な犬のようで可愛らしい。
「あはは、ごめんね! 次は三人で行こう」
「…! うん!!」
一方玲は、おいしいおいしいととにかくお肉をたくさん口に詰め込んでいる。
そんなに必死にならなくてもまだ足す分のお肉あるんだけどな。くじらはそう考えていたが可愛らしいのでそのままにした。
しばらく鍋パを楽しんでいると、部屋の入口からノックの音が聞こえた。
「ん、はへへひょう」
「なんて?? …まあいいや、わたし見てきますね」
「先輩ありがとうございまーす」
くじらは箸をおいて立ち上がり、玄関へ向かった。
冬というだけあってリビングから出るとまるで別の世界のように寒くなる。暖房ありがたや。
「はーい」
ドアを開けた先に立っていたのは――――
「柊雨くん!? え、どしたの」
瑠璃色の少年はにこにことしていたが、目が笑っていない。
「玲を迎えに来たんだ~」
「あ、あぁ…なるほど。でも別に迷惑じゃなかったからね、楽しかったし」
「うん、分かってる。でも俺に無言でいなくなってたの!」
玲は俺じゃなくくじらの方がいいんだって…しくしく、と泣きまねをする。
玲が柊雨にこってり絞られたのと、次はモルペウスで鍋パが開催されたのはまた別の話である。
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