第14話 さくらんぼ

 「きよちゃん、青春してるねぇ」

 美波は、チエリを抱いてそう言った。チエリの服にはさくらんぼが並んでいる。かわいいでしょ。チェリーだから、さくらんぼ柄があるとつい買っちゃう。と、美波はチエリのお腹を撫でる。

 「いいなぁ。一目惚れ。してみたかったなぁ」

 「一目惚れって言うんでもないんだけど」

 「はー、恥じらう年でもあるまいし」

 美波から年齢を感じさせる表現を聞くとは思わなかったので、ぎょっとした。

 透と会った後、きよらは幼馴染の美波のもとに逃げ込んだ。チエリを産んで半年。忙しいかと思いきや、LINEに即応してくれた上に、そのまま遊びにおいでよと誘ってくれた。

 部屋をきちんと片付け薄化粧する余裕があり、チエリは大人しく腕の中で寝ていた。きよらの実姉が子供を産んだ時には産後うつになっていたことを思うと、同じことでも、場合によって違うのだと思い知らされる。産後のホルモンの問題だと母は電話をするたび言っていた。

 とにかく、美波は暇を持て余しているらしかった。


 透との、二度目の出会いは偶然ではない。

 透のポストを見て、彼が今日お台場に来ることは知っていた。駅で待とうと思ったが、更紗のインスタストーリーが上がり、きっとハンバーガー屋にも寄るだろうと待つ場所を変えた。それが見事に的中した結果だ。

 挙動不審に『思いもよらない偶然』を強調してしまったのは、ネットストーキングが後ろめたかったからだ。高尾山から、もう一ヶ月。毎日必死に、時に怠惰に、『やりたいこと』に明け暮れて、挙句に一度挨拶したきりの男性のストーキングをしている。これが青春なのなら、あまり憧れるものでもない。

 「Xのアカウントを突き止めたのは確かにアレだから隠した方がいいよ。でも、裏垢ってわけでもなさそうだし、まぁ、いいんじゃないかな」

 美波は、差し入れのパック寿司を食べながら、楽しそうに話した。

 「みんな、アカウント探しくらいはするよ。大丈夫だよ」

 そうだろうか。美波の慰めはあやしかった。美波は知りたければ面と向かって聞くタイプだ。美波の交友関係は、そういうふうに、明るく健全だ。

 きっと、透もそうなのだ。

 透が去ったあと、LINEの連絡先が残されていた。緊張しすぎて、どのように彼がそれを交換して席を離れていったのか覚えていないが、きよらから言い出したはずがないので、透の仕業だ。

 今日は遠目にみて、『別に特別な人ではなかった』と確認さえできればよかったのだ。楽しく生きるのに、本当に透が必要なのか?という自問自答の中で『必要なはずがない』というのが答えだった。ただ成功体験に執着してしまっているだけだと。

 しかし会ってみて、やはり透は特別だった。

 『お一人ですか』

 『はい、一人です』

 あんな飲食店の教科書のようなやりとりをできたのは、透だからだ。

 他の人に言われた場合を想像してみると、どうもうまく会話にならない。一人じゃなにか都合が悪いかと、先回りしてトンチンカンな回答をしてしまう想像しかできない。

 透の、おっとりとして、少し笑ってるようにみえる目元が、きよらの屈折した心を正す。

 透と話している時の、自分を心地いいと思った。余計な裏読みをせずに、会話できる。また会って話したいと思う。

 「まどろっこしい。だから、それを片想いというんでしょう。で、LINEになんて送るの?」

 美波は、本当に暇をしていたらしい。チエリはいつのまにか、ベッドに寝かしつけられている。


 

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まだ知らない話 十四たえこ @taeko14

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