第11話 さくらんぼ
「きよちゃん、青春してるねぇ」
美波は、チエリを抱いてそう言った。チエリの服にはさくらんぼが並んでいる。かわいいでしょ。チェリーだから、さくらんぼ柄があるとつい買っちゃう。と、美波はチエリを撫でる。
「いいなぁ。一目惚れ。してみたかったなぁ」
「一目惚れって言うんでもないんだけど」
「はー、恥じらう年でもあるまいし」
美波から年齢を感じさせる表現を聞くとは思わなかったのでぎょっとした。
透と会った後、きよらは幼馴染の美波のもとに逃げ込んだ。
美波はチエリを産んで半年。忙しいかと思いきや、LINEに即応してくれた上に、そのまま遊びにおいでよと誘ってくれた。部屋をきちんと片付け薄化粧する余裕があり、チエリは大人しく腕の中で寝ていた。
幼馴染として、美波がそんなに器用な人だった覚えはなく、むしろ要領のよかったはずのきよらの姉が産後うつになって子供の面倒を見られなくなってたことを思うと、人生わからないものだと思う。
透との、二度目の出会いは偶然とは言えない。更紗のイベントがあると知っていて、お台場まで会いに行ったのだから。
そして更紗の投稿を見てハンバーガー屋に照準を合わせ、そこで透と出会った。更紗を経由したネットストーカーのような気分だ。
挙動不審に『思いもよらない偶然』を強調してしまったのは、後ろめたかったからだ。
実際は、透がイベントに行くほどの更紗のファンだと思っていたわけでもなかったのだが、結果として会えてしまった以上心苦しい。
「彼女いなそうでよかったねぇ」
美波は、差し入れのパック寿司を食べながら、楽しそうに話す。アイドルのファンという一点で、美波は透に彼女がいないと決めつけたが、きよらはそこまで楽観的にはなれなかった。
なにせ、かっこよかった。
透の、おっとりとして、少し笑ってるようにみえる目元が、きよらの屈折した心を正す。
「きよちゃんの恋バナなんて、聞いたことないから新鮮」
そう言われると照れてしまう。冷静に説明しているだけのつもりなのに。
「きよちゃんて、自分は変な男の子に好かれるって思ってたでしょう?」
美波は、真面目な顔して言った。
「そうだったっけ?」
誰かに好かれた記憶をそもそも抹消していたが、思い返せばクラスの端で蟻を食べてるような男の子に好かれてると噂を立てられたことはあった。気づいた時には、彼は不登校になっていた。
女装癖のある先輩に「君を好きになるような人は自分しかいない」と失礼めいたセリフを言われたこともあるし、通学の電車で会うだけの見知らぬ男性に「よく考えたんだけど付き合えません」と振られたこともあった。
「みんな、変な人だったよ」
「みんな、変な人じゃなかったよ。普通だよ。きよちゃんは、変のハードルが低いんだよ」
そう言われても、変だと思う。美波が他の誰かの話をしているか、普通のハードルがゆるいのだ。
「伊藤さんとやらも、変だとか言って切り捨てちゃダメだよ」
「そのつもりはないよ」
透は人づきあいの上手い人だと思う。仕事はきっと、営業や接客の仕事だろう。人慣れた空気感というのは、少し話しただけでわかる。
「真面目な話だよ。普通の人は、みんな変なんだよ」
「そういう話?」
「そう。少し、きよちゃんは真面目すぎるから」
「そうかな」
「そうだよ。自覚がないところが問題だよ。人にも同じを求めるから」
きよらは納得いかなかった。
きよらは、確かに今は変かもしれないが、普通になろうと努力している最中だ。しかし、そうは言えなかった。
「でもま、よかったね。デート楽しんでおいでね」
美波は、ノンカフェインのお茶を飲み干した。
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