第12話 くれたけ
明治神宮の鳥居の前のカフェでカフェラテを買う。空は晴れよりの曇り。比較的暖かく、散歩にはちょうどいい。
透は時間ぴったりに来た。赤いジャケットと黒いズボン。山で出会ったのと同じ服装だ。
二人並んで、境内を歩く。
透は、次々と被写体を見出してスマホで写真を撮る。そこかしこにある植物を、全て網羅する勢いだ。
「草花が好きなんですか?」
透は少し止まって、考えてから答える。
「好きって言うんでもないかな……詳しくないし」
こんなに熱心に撮ってるのに。
「ただの記録ですよ。ここに行きました。こんなものがありましたって。ここは植物が多いから、つい草花ばっかり撮っちゃうけど」
「そっか。こないだは自由の女神撮ってましたもんね」
「そうそう」
鳥もリスも、いたら撮ります。と透は笑った。
透は、きよらの写真も撮った。LINEで写真を送ってもらう。
透といると気が楽だった。意識せずとも心沸き立つから、いつものように感動しない自分に失望することがない。
二人並んでお参りをして、おみくじを引いた。
おみくじには、吉凶の占いではなく、短歌が書かれていた。
人はただすなほならなむ呉竹の世にたちこえむふしはなくとも
「人は何よりも第一に、素直でありたいものです。たとえ、あの竹の節のように、世の中に目立って優れた才能が有る無しには拘わりません。」
添えられた現代語訳を読み上げる。
これだ、と思った。視界が開けるような感覚。
素直ならなん。
きよらが目指している『健やかさ』とは、『素直さ』だ。
「これ……!いい言葉ですね」
「え?吉とか凶とかのほうがわかりやすくないですか」
興奮して顔を上げたきよらに、透は、不思議そうな顔をする。
透は自分の引いたおみくじには興味がないようだった。ちらちらっと見て、運勢が書いてないことを知ると、きよらのおみくじをのぞきこみ、ふーん、と読み込んでいる。
「いいでしょう?」
「瀬戸さんは、こういうの好きなんですね」
目元をすぼませ、羨ましそうに言った。「知的です」
きよらは褒められたのかなんだかわからなくてむず痒かった。とにかくおみくじについて語りたかった。素直さが第一だと言い切ってくれて嬉しかったのだと。そこに知性は関係ない。短歌の素養も別にない。
この感動を共有することができないのは、ストレスだった。しかしうまく言葉にならない。
自分の感情を言葉にしたことがないからだ。
反射的に己の性質を顧みて、後悔する。また自分へのダメ出しで今日が終わるのかもしれない。
自然とおみくじを細く折りたたむ。
「おっと。いいおみくじなら、結ばなくていいんですよ」
透は、硬い折り目がつく前にそっととりあげて、しわをのばす。きよらは言われるがままに、それを小銭入れにしまった。
「僕のはこれです」
見せられた短歌は、『さしのぼる朝日のごとくさはやかに もたまほしきは心なりけり』とある。『空高く昇っていく朝日のように、いつもすがすがしく、明るくさわやかな心を持ちたいものです。』
ぐっと脳に血が巡る気がした。
「これも。これもそうです!」
そう、が何を示すのか、きよらは自分ではよくわかっていない。頭がぐしゃぐしゃだった。それでも、何か手応えがあった。
朝日のようにさわやかな心。きよらの目指す『健やかな人』というのは、そういうものだ。
「よかった」
透は笑った。
「こっちも気に入ったみたいですね」
そういいながら、透は自分の財布におみくじをしまう。機能的なコンパクトな財布だった。
「よかったら、来週も会えませんか?」
そう言った透は、目が合うと、少し、照れたように視線を逸らす。
来週と言わず明日でもよいくらいだが、無職のきよらとは違うのだと飲み込んで答えた。
「はい。もちろんです」
まだ知らない話 十四たえこ @taeko14
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