第13話 スマホケース ---透---

 おかえりなさい。絶対行きます!!!


 今日は待ちに待ったイベントの日だ。透はソワソワしていた。コロナ禍の最中にファンになったため、声出し可のイベントへの参加はいまだに慣れない。

 赤いアウトドアジャケットは、更紗のメンバーカラーを意識して購入した。アウトドアには気負いなく着ていけるのに、今日のようなイベントに着るのは勇気がいった。どうせ会場では暑くて脱いでしまうのに。大型の駅を越えるにつれ、ファングッズを手にした人が増えていく。その中でも赤の小物は更紗のファンだ。声をかけたくなる。


 駅につき、ファンの集団から離れる。誰との待ち合わせもないのに少し早くお台場についたのは、今朝更紗がInstagramに投稿していたハンバーガー屋に寄るためだ。

 青空の下潮風が心地よい。というには、やや風が強いが、春の気配を感じさせてとてもいい日だった。

 ハンバーガー屋は混んでいたが、そう長くは待たなかった。快晴で外で食べる人も多いのだろう。そうしようかと思ったが、奥のカウンター席に空きがあるのが見えた。

 窓に面したカウンターからすぐ見える位置に自由の女神像があって、海が見え、橋がある。見晴らしが良かった。外でベンチを探すより、中でさっと食べてしまおう。

 奥に入り、プレートを置く。その隣の最奥の席で、食事を終えスマホを弄っているその人の横顔に、覚えがあった。

 小柄な女性だ。髪は揃えたてのようなショートボブ。スマホを抱き込むように少し猫背で、熱心に何かを調べては、手元のノートに書き写している。

 「瀬戸さん?」

 顔を上げて透を見た彼女は、驚いていた。目をまんまるにして、幽霊でも見たような顔だった。彼女は前回見た時より華やかな姿をしている。でもやはり、こないだ出会った女性だ。

 「瀬戸さんでしたよね。先月高尾山で会った、伊藤です」

 彼女は、何かを言おうとして、え、あ、う、と母音を数回吐き出す。

 「おどろかせちゃいました?」

 今日は、イベントに浮かれてテンションが高い。普段なら声をかけなかったかもしれない。なにか気まずい事情でもあるのかも。

 「覚えてます!」

 彼女は数拍遅れて、なのに食い気味に返事をした。

 「こんなところで会うだなんて、思ってもみなかったから、びっくりしちゃって」

 透は安心して、少し笑った。彼女もつられたように笑う。少しぎこちない気がした。何かよくないタイミングだったろうか。

 「僕もびっくりしました。お一人ですか?」

 「はい。一人です」

 「そうなんですね。僕もです」

 透は、ようやく椅子に座った。彼女はさっとスマホの画面を隠す。薄紫のスマホケースを見て、更紗の仲間のメンバーカラーを思い出す。優佳のファンだろうか。

 透は、更紗たちの知名度がよくわからない。大抵の人は知らない。リアルで更紗を知っている人に会ったことはなかった。でも、イベントがある日の会場近くでは、どうなのだろう。いや、優佳は今日のメンバーではなかったはずだ。薄紫は、ただの薄紫だ。

 アウトドアジャケットの中は、イベントのTシャツを着ている。店内なので脱ごうか迷ったが、結局そのまま上着を着たままにした。

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