第12話 ビール
冷たい雨が降っていた。きよらは、昨晩の夜更かしがたたり、午前十一時を過ぎてもまだベッドに埋もれている。
もぞもぞしながら昨晩確認した透のXのアカウントを見る。透は、今日も更紗へリプライをしていた。生きている。
DMが開放されていることに気づく。これは交流を求めてるのではなく、オフにする手順を知らないだけだと思われた。昨晩DMの存在に気づかずに寝たのは幸いだった。あのテンションではうかつにメッセージを送りかねなかった。
覚えてますか?あの日高尾山で会った私です。良かったら一度お食事でも……
まるで迷惑メールだ。いや、アリなのか?わからない。SNS越しの人との距離感が、きよらにはわからない。
きよらはようやく布団から這い出る。
暖房の効きが悪い。三月に入りだいぶ暖かくなったと思ったのに、まだ冬なのかもしれない。
(今日のテーマは……)
だるい頭でノートをまくる。課題を決めることは日課になっているが、最近は毎日ちょっと外に出て、カレーやラーメンの有名店に行くくらいのことしかしていない。『感動』は諦めた。
(映画でもみようかな……)
外に出なくていい『やりたいこと』をピックアップする。
昨晩の興奮の反動で、今は非常に無気力だった。録画に溜まっていたアニメ映画を再生するが、集中出来ず、すぐに止めて昼ごはんの準備に入る。しめじとベーコンと卵を炒め、ご飯に乗せようと炊飯器を開けるが、米を炊いていなかった。仕方ないから昼からビールを空けて主食代わりにする。米より合う気がする。
映画を再生し直すと、今度は少し落ち着いてみれるようになった。音声を切り替え字幕をいれる。
初めのうちこそ『感動』に囚われていたが、当初の目的は成功体験の獲得なのだ。リストには着々とチェックが付いている。焦ることはない。動物たちのやけに上手い歌声を聞きながら、お酒を飲んでいていいはずだ。
レッサーパンダ達が聞き覚えのあるアイドルソングを歌い下手くそな日本語を話している。
アイドル。更紗と、そして透に思いを馳せる。きよらは今までアイドルにハマったことはない。捻くれているからだと思う。
幼馴染の美波はアイドルが好きだった。中学生の頃だったろうか、美波の好きなアイドルが結婚した日に、その話題を出したら泣かれた。それからなんとなくアイドルと、そのファンが苦手である。泣く基準がきよらにはずっと掴めないでいる。辞めた職場にもアイドルのファンがいた。ライブのたびに休むので、きよらも知っていたのだが、彼女の好きなグループから脱退者が出た時に、ぷりぷり怒って同意を求めてきたので、ファンの人はお辛いでしょうねと答えたらカッと怒ったような顔をした。どの言葉が勘に触るのか、とんとわからなかった。きよらは誰と話すのも苦手だったが、とりわけ『ファンの人』は泣かせたり怒らせたりするので怖かった。
透も、わからない地雷を抱えているのだろうか。
最後は東京です。みなさんにお会いできるのを楽しみにしています!
更紗のSNSが更新された音がして、きよらはスマホをチェックする。イベントの詳細の載ったグループの公式アカウントが引用されている。東京はお台場。チケットはすでに完売。更紗と、他メンバーが二人。
何が最後なのだろうと思えば、今日まで日本各地を回ってきていたらしい。フルメンバーが揃わないで、どんなイベントをするのだろう。女性アイドルについて詳しくないきよらには、うまく想像ができなかった。
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