第9話 2:00a.m.
(感動に打ち震えたいだけなのにな)
これまでの人生で、情熱を知らないわけじゃないのだ。熱に浮かされるような、あの湧き上がる気持ちを。そんなに難しいことだったろうか。自然であったり音楽であったり食であったり、大きなことでも些細なことでもいいが、非道徳的なことであってはいけない。心と体を理性で縛って、理性的な感動がしたかった。
風が吹いて、池に波がおこる。梅の花は、桜のようにはちらないのだなと枝にしっかりとしがみついた花を見て思う。
(この梅の花に、感動できたらいいのに)
ノートを閉じて、梅の花の写真を撮る。梅の方が一般的に桜より早く咲く。知ってることはそれくらいだ。梅の花はかわいらしかった。ズームにしたり、離れてみたり、ためつすがめつ眺めてみる。かわいいが、かわいいだけだ。花に感動できるのなら、パッと見た瞬間にしていたであろう。
この冷めた感情に、感動を与える人を知っている。
いとうとおる。富士山を色付けてみせた人。ビギナーズラックのように、休息の初日に出会ってしまった彼は、平凡な名前すぎて、何度調べてもどのSNSにもどの検索エンジンにも、引っかかってはくれなかった。
きよらは枕の脇に乱雑にスマホを置く。
『深夜には何も決めては行けない』。起き上がってノートに書き加えた。
スティックタイプのチャイの素を、チンした牛乳に入れる。
あのね、そういう安易な人真似じゃ、幸せになんかなれないよ。
心の中のきよらが分け知り顔で説教をする。
(私、幸せになりたいんだっけ?)
眠いのに寝たくない。気持ちがはやる。報復性夜ふかしというのがあるらしい。日中満足出来なかった分、無駄に夜ふかししてしまう。立派な自傷行為と書かれていて、ぎくりとする。満たされてないのは確かだ。
何か、何か。
ふと、自分のしていることが、迂遠な自分探しだと気づく。自分が何に感動し、何に興味を持つのか、一個一個探っている。心を健康にするために。
普通は十代、二十代、もっと早くに取り組むものだろう。
そういうことをする人もいるのは知っていたが、やらないといけないことだとは思ってこなかった。なんとなくやり過ごせるものだと思っていた。
夢、希望、愛、勇気、信念、恋愛
書き出してみるのは、生きていくのに、必要ないと思ってきた、キラキラした言葉たち。これが必要なものだとしたら。
カウントダウン、スリートゥーワン!
せーので飛び出そう!
ザッピングしたラジオから、元気な歌声が響いてきた。女の子が何人かでガチャガチャ歌っていて、何を歌ってるのかは雰囲気しか掴み取れない。アップテンポながら、別れを歌った卒業ソングのようだった。
離れてたって (カンケーない!)
君の横顔が いつも胸にあるから
迷った時は 光くれるよ
サビは、わかりやすいメロディにわかりやすい歌詞が載っている。最近無理してクラシックばかり聞いていたので、歌詞がある歌が心地よかった。
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