第6話 公園
ゴンチャのミルクティーを飲みながら、井の頭公園を歩く。
草花にネームプレートが出ているのをなんとなくチェックしながらも、頭には入っていない。
細い橋を渡り、日向のベンチに座り、ノートを開いてミルクティーを飲み干した。ゴミ箱は手近になく、空になった容器をもてあそぶ。
今日の課題は『パンケーキ』だった。
何年も前にテレビで特集されていて、いつか行きたいと頭に残っていた店に、ようやく行った。ふかふかとろとろのパンケーキは美味しかった。
けれど、手応えがない。
ぐっと込み上げるものがない。
食レポをしていたタレントくらいに、興奮して食べたかった。でも、それはパンケーキに問題があるわけではない。タレントが大袈裟だったと言いたいわけでもない。心が不健康な、きよらの問題だ。
せっかく仕事を辞めて、『やりたいこと』をやって暮らしているのに、どれも拍子抜けしてしまうのはなぜだろう。
成功体験の獲得というが、どうも失敗ばかりしている。
本当に、ノートが埋まる頃には健やかになれるだろうか。
風が吹いて、池に波がおこる。
小さな花をつけた野草の写真を撮る。
花はかわいらしかった。
ズームにするうちに、透の、何もかもドアップで撮られた写真を思い出していた。
透に会いたかった。
親切にされただけで簡単に浮かれる自分は嫌なのだが、そうでもなければ、感動のひとつすらすることができないことは、受け入れなければならなかった。
スマホのカメラを閉じ、Googleの検索ボックスに「いとうとおる」と入れてみる。
検索結果には、知らない男性の顔が並ぶ。探すには平凡な名前すぎる。
何も手がかりはない。
ため息をついて、スマホをしまう。風は冷たく、指先は赤く凍えていた。
CDショップに並ぶポスターの顔に、見覚えがあった。女性声優のアイドルグループだった。
透のスマホにいた女の子が、ポスターの中でぱっちりと丸い目を開いている。
(この子だ……!)
電撃が走ったような衝撃だった。
立ち止まり、グループ名で検索をかける。メンバー紹介のページが見つかる。アニメのキャラクターと一緒に、キャストの写真が並んでいた。声優の名前は、更紗、というらしい。
更紗のWikipediaによれば、年齢は非公開、ここ3年ほど活動しているアイドル声優で、出演作品を見るときよらの知らないアニメが数件並んでいた。
公式のリンクへ飛び、更紗のInstagramを覗く。つい先日テーマパークに行った写真があがっている。数枚あるうちの一つは、透が持っていた写真だ。
やはり、芸能人だったのだ。
透の持っていた女の子の写真が恋人のものでなかったことにほっとすると同時に、透がアイドルの写真を持っていたことに不安を覚える。
アイドルのファンに、更紗は苦手意識を持っていた。
中学生の頃、友達があるアイドルのファンだった。彼女の応援する人が結婚した時に、おめでたいねと言ったら縁を切られた。
触れてはいけない話題だったらしい。その後他の友人にもそのことが伝わり、卒業するまでクラスの中でギクシャクしたのを覚えている。
職場に別のアイドルのファンがいた。メンバーが不祥事で脱退した時に意見を求められ、ファンの方はお辛いでしょうねと言ったら睨まれた。
ファンの方、という部分が気に障ったらしい。一緒に怒り悲しんでほしかったということだった。このことも後を引き、職場で雑談は無くなった。
アイドルのファンの反応は、きよらの思う『健やか』な反応ではない。
透もまた、何か『健やか』ではない部分があるのだろうか。
思いめぐらせかけて、きよらは頭を振った。
考えても仕方ないことだ。
もう二度と出会えない人の性格など、気にしてもしかたない。
なにより現在、『健やか』でないのはきよら自身だ。人の言葉を捻じ曲げて捉えて、心がずっと沈んでいる。
どうも、理性的でない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます