第3話 写真
「いい天気ですね」
言葉が、知り合いに挨拶するように、自然に出てきた。
「ええ、ハイキング向きですね」
のんびりとした返事が返ってくる。突然話しかけたきよらを警戒する様子がない。そのナチュラルな反応を、好ましく思った。
「でも寒いですね」
「そうですね。この天気でも山はまだ冷えますね」
地上は二月とは思えぬほどの陽気ではあるが、高度のせいか山は冷える。きよらはまじまじと男の顔を見た。同い年くらいだろうか。
整っている。特別というわけではない。色の薄い厚めの唇は好みの分かれるところであろう。ただ、その容姿はきよらの好感を下げなかった。
品定めをしたようで、きよらは自分を嗜める。そして自分を振り返る。内勤の仕事を辞めたばかりでまだ身繕いをしていない。最後に美容院に行ったのはいつだったろう。
男は、ネックウォーマーをあげて口元をおおいながら、のんきな口調で続ける。
「富士山がよく見えますね。雲が晴れて、見晴らしがいい」
「富士山……」
彼に指摘されると、さっきは全然楽しく見えなかった青く堂々としたその山が、新鮮に偉大に見えてきた。
「きれいですね。本当によく見える」
「よかったら、写真撮りましょうか?」
きよらのスマホを指差しながら聞くので、きよらは頷いた。富士山がよく見える写真スポットまで、二人並んで歩く。
なんだか良い感じだ。仕事以外で人と交流したのは久しぶりだったのに、そういう気がしなかった。何年来の知り合いであるような、自然な感覚だった。
写真スポットは数人並んでいた。ちらと盗み見ると、彼は目元で笑う。少し垂れ目だ。
「次ですよ」
言われて、スマホをカメラの設定にして手渡す。
節だった指先で立ち位置を指定されて、ピースして写真に写る。古臭いポーズだろうかと不安になって、思い切ってバンザイをすると、彼はいいねと親指を立てた。
「私も撮りましょうか?」
スマホを返してもらうついでに、手を伸ばすと、彼のスマホが渡された。それだけでなんだか嬉しくなる。カバーもシールもついていない、シンプルなAndroidだった。
「はい、ポーズ」
彼はネックウォーマーを下ろすと、富士山を背景に両手で親指を立てて、いいねポーズをとった。
「ありがとうございます」
写真を撮り終え、撮ってもらったモノをチェックする。バンザイした写真は、本人比で一番可愛い。きよらは、彼の撮った写真にかわいく写っていることに安堵した。こう見えているなら、そうそう印象は悪くないだろう。
彼も写真を確認し、また親指を立てて「ありがとうございます」と笑った。
そして、思い出したようにネックウォーマーをあげたので、きよらも思い出してマスクをつける。そのまま空いているベンチに座ると、きよらにスマホを見せてくれた。覗き込むと、画面いっぱいに一羽の青い鳥が写っていた。
「ルリビタキ。途中で見つけました。見ました?」
「見てないです。かわいい」
彼は他にも、野鳥や、植物をたくさん撮っている。見せてもらう写真は、どれも被写体が真ん中にあって、見つけた物がアップで撮られている。
飾り気のない人だ、ときよらは思った。
そして、ドアップの距離感が、少しユーモラスだった。大胆さもある。
写真から人柄を感じようとしたのは、初めてのことだった。
芸術点の低い写真ではあったが、この人の視点でものを見てみたいと思った。
(……仲良くなれるだろうか)
ぐっと勇気を振り絞る。
「私、瀬戸、と申します。瀬戸きよら」
「伊藤です。伊藤透」
彼が名乗るために顔を上げた拍子にスワイプされたスマホには、テーマパークの被り物をつけた二十歳ほどの女の子が目を伏せている姿が写っていた。きよらは咄嗟に画面を戻した。
いい感じだと思っていただけに、女の子の写真が出てきてびっくりしてしまった。
目にこびりつく、あざとい伏し目だった。女の子は、明らかに撮られ慣れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます