第4話 Blu-ray ---透---

笑ってよ、ねぇ!

あなたの笑顔が見たいよ


 透は朝からパソコンに向かい、登山で撮った写真フォルダの整理をしていた。

 つけっぱなしのライブBlu-rayは終盤を迎えようとしている。お気に入りの曲に入り、視線をテレビへと移す。

 汗にきらめく更紗は、紅潮したくしゃくしゃの笑顔で跳ねるように移動しながら手を振っている。遠景のカットが入る。更紗は左端だ。ふわふわのスカートはまるで妖精のようだ。

 不思議なのは、顔が見えなくてもその表情が伝わってくる所だ。更紗は全身から溢れ出るように笑う。

 器量がいいのはもちろんなのだが、その笑顔がとても魅力的だった。観ているだけで嫌なことが全て遠ざかる。

 ライブでははずれがちの歌だが、この円盤では綺麗に調整されていて、彼女本来のクセのない張りのある声が耳に心地よく響く。

 雑誌やSNSを通じて、彼女らの全て、肌のトーンや体型、歌声やコメントまでも、沢山の手が加えられてから透のもとに届く。画面の向こうの真実を探るのは難しい。

 以前の透はそれが許せなかった。加工だらけの嘘つき。どんな前向きな言葉を並べた歌も、胡散臭く感じられていた。

 しかし、更紗を見つけた時、彼女にはどこにも嘘がないと思った。何にそう思わされたのかはわからない。ただ、そう思ってから他の子を見ると、誰もが正直に見え始めた。

 そしてそのポジティブな歌詞にこめられた想いを本気だと信じさせられた時、世界は色を変えた。

 笑いやすくなった。

 そして、生きやすくなった。

 彼女たちを見ると目頭が熱くなる。

 のめりこみすぎだろうか。

 透の眼から、すーっと涙が流れたあたりで、ライブが終わる。


ホーローのミルクパンに、牛乳をあたため、紅茶の茶葉と一緒にシナモンを煮出す。透の母が寒い日によく作ってくれたミルクティーだ。砂糖はたっぷり大さじ2杯。漉して、マグカップにそそぐ。

 再度Blu-rayを再生し、写真の整理に戻る。

 週末は都内近郊の公園に行くことにしている。初めは、更紗がSNSにあげる写真に感化されて、聖地巡礼よろしく巡っていたのだが、最近は関係なくあちこち歩き回っていた。

 写真を撮るのは性に合っている。アートではなく、ライフログだ。見つけたものを一つ一つ、名前をつけて記録する。そういう几帳面な作業が好きだった。

 昨日撮った中に、富士山を背景にした自分の写真があった。

 行き合った女性に撮ってもらった一枚だ。自分の姿を客観的に見るのは久しぶりだった。親指を立てて、随分と爽やかに笑っている。更紗と出会ってから、身だしなみも気にするようになったし、明るくなったと思う。

(嬉しそうだったな。)

 出会った女性は、化粧っけはなく、仕事場で会う『戦闘モード』の女性とは違ったあどけなさがあった。所在なさげな猫背を伸ばして、高く手を上げる勇気を絞り出す姿に親近感を持った。撮ってあげた写真を確認してる時の、ほっとしたような表情が、なんとも可愛らしかった。彼女もまた、顔が見えなくても表情の滲み出る人だった。

(また会えるかな)

 休日に一人でハイキングに来たもの同士の連帯感があったような気がする。そういう出会いは、大切だ。

 フォルダの整理を終えた透は、少し浮かれていた。現実的には、連絡先を交換していない以上、もう会うことはないと分かっている。

当面のところ透の毎日に彩りを与えてくれるのは更紗だが、いつかどこかで、『世界一大切にしたくなる、運命の女性と出会う』と、透は信じている。

 大切なのは、信じること。

 アイドルを信じた時、運命も信じた。

 透にとってはどちらも同じくらい、信じられないものだった。運命ならば、出会えるはずだ。無理せず引き合う誰かに。

 雨空だけど、外に出たい気分だ。

 鍋に残ったミルクティーを水筒に詰め、アウトドア用の赤いジャケットを羽織る。

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