第25話 いざ大団円!ですわ!

喜劇が始まってからもう2時間も経過してきた頃…。


舞台上にいる演者の2人も、

大広間にいる貴族達もヒートアップしていた。


火がついたエルはだんだんと暴走し、

やがてグラーフがツッコミに回るハメになった。


「押さないでくださいまし!絶対に押さないでくださいまし!」

「いいから風呂から離れてくださいませ!それ熱湯が入っているんですわよ!」


どこから用意したのか、熱湯が入った風呂が舞台上に置かれている。


それだけでなく、散々小ネタをやり尽くした跡として

小道具達が舞台上に散らばり放置されていた。


その惨状だけを見ても、エルフォールが大暴れした結果であると

誰もが判断できる程であった。


思わず国王観覧席の傍に立っていた使用人が国王に声をかける。


「…あれ、誰が用意したのですか?」


思わず気になった使用人は、舞台の中央で湯気を放つ

熱湯風呂の浴槽を指差す。


「へ?ワシだけど」


国王が用意したものだった。


「だってエルちゃんやりたいって言ってたし…」


使用人は心の奥底で、

どこで国王権限行使してんだよと

ツッコミを入れそうになっていた。


「………。」


…許されるかクビになるかわからなかったので

使用人は無言を選択した。


「だから離れてくださいま…あー!」

「どうして押してくれな…あー!」


ドポーン!


エルとグラーフが浴槽の傍で揉みあいになり、

もつれる形で熱湯風呂に二人とも飛び込んだ。



「「あっついですわぁー!!!!」」



そして、同時に熱湯風呂から飛び出してくる。


2人のリアクション芸に、場は大いに盛り上がりを見せる。


そのテンションの高さが、かなり長い時間続いており、

グラーフの体力もそろそろ底をつきかけていた。


(こ、この人…どれだけネタを用意しておりますの…!?)


思わずグラーフは、エルのネタ披露がこのまま続けば…

恐らく朝を迎える事になると危惧した。


傍に近寄れば、大広間に聞こえないぐらいの声でエルに話しかける。


(これいつまでやるつもりですの!?)

(え?グラーフ様がもういいですわ!と言ってくれるまで…)


同じように小声で帰ってきた内容に

グラーフは驚愕する。

まさかの、自分待ちだった。


(え、聞いてませんわよ)


焦った様子でグラーフは返す。

エルはこくり、と頷いた。


(はい、常識だと思って…)


その言葉に、本当に自然に…グラーフはセリフを口にしていた。


「…いや、もういいですわ…」


それを合図に、二人は大広間に向かって頭を下げた。


「「どうも、ありがとうございました~!」」


パチパチパチパチパチ


割れんばかりの拍手が、大広間から鳴り響く。


グラーフもエルも、全てを出し切ったように呼吸を乱しながら

舞台袖へと捌けていった。


グラーフは拍手の音の波を背中で感じれば、

心の奥底で、歓喜の雄たけびを上げていた。


確かに疲れはした。正直もう動きたくないぐらいには。

だけど、それに足るぐらい満足感をグラーフは感じていた。


使用人達が、慌てて熱湯で濡れている2人にタオルを持っていく。

渡されたタオルで顔を拭けば、グラーフはエルに微笑みかける。


「…や、やりましたわね、エルフォール様」

「…」


しかし、エルは何か不服な点でもあったのか、

床を凝視して無言のままでいた。


グラーフが無言のエルが気になって見てみれば、

エルはしかめた顔をして、首を傾げていた。


「…ど、どうかされましたの?エルフォール様」


心配して声をかければ、エルは悔しそうに声を漏らした。


「…やっぱり熱湯風呂の後はヤーにするべきでしたわね…」


何言ってるのでしょう、この人。


その時、グラーフはツッコミを放棄したくなる程

自分が疲れている事に気が付いた。


ちなみに舞台は、

エルが小道具を使い始めてからというものの、

その後はアドリブで暴れまくり、

グラーフはツッコミに大忙しと、

ドタバタコメディ劇に変貌していた。


「でも、私がやりたい事は大方できましたわ!」


にこ、と笑顔でグラーフに微笑みかける。

一言気になる部分があったので、グラーフは


「そ、そうでしたの…ちなみに大方というと何パーセントほど…?」


と首を傾げながら尋ねてみた。


エルは変わらず笑顔で目を輝かせながら答えた。


「ざっと30%程!」

「あれだけやったのに!?」


2回目の舞台でいろいろ出し尽くしたグラーフ、

さすがにもう勘弁、と言いたそうに首を横に振った。


「も、申し訳ありませんが…今後は抑えていただければ…」

「ええ、私も、100%満たすまでは続けるつもりです…なので…」


エルがグラーフに向き直れば、垂れ下がるだけだったグラーフの両手を

ぎゅ、っと自分の両手で包み込む。


「なので…末永く、コンビを続けさせてくださいまし。

 グラーフ様とやりたい事が、まだたくさんありますの」


温かい感触が自分の手を包む。


つらく、しんどいドタバタな舞台だったが、

その温かさをもらえば、自然とグラーフの頬が緩む。


「ええ…もちろんですわ。最後までお供いたします」


その返事に、エルは少し驚いたように目を見開いた。


「本当にいいのです?もうグラーフ様の噂は…」


本当は、やる必要など無い。

グラーフの目的である、悪い噂の払拭。

それは成しえた為、お笑いのため舞台に上がる必要なんて無い。


「…エルフォール様、では誰が舞台を締めくくるのですの?

 『もういいですわ』を言う人が必要なのではなくて?」

「で、でも…」


グラーフは微笑みながら顔を近づける。


「それに、私…知ってしまったのですもの。

 人を笑顔にする楽しさを」


それは、舞台袖で味わった、

拍手を受ける満足感。


今までのように、高飛車で、傲慢なグラーフでは

味わう事の出来なかった満足感であった。


「…グラーフ様、そう言っていただけるなんて…私…!」

「もう、エルフォール様…今のは笑う所ですわよ!」


微笑みながら、持っていたタオルでエルの涙を拭いた。

タオルを外せば、2人の目が合う。


そして、同時に頷いた。


これからも、2人は舞台に上がる。

誰かを笑顔にするために。


その時、大広間から大臣の大声が聞こえてきた。


「これにて!第二幕の勘違い喜劇、閉幕でございます!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


しばらくした後、着替えを終えたエルは、大広間へと戻っていった。


舞台裏から広間に戻った時、まず感じたのは違和感であった。


(…やけに、静かすぎますわ?)


舞台上から見えていた歓声や笑い声はどこへやら。

そして貴族達は、大広間の中央を全員が見ている事に気が付く。


「…何かありましたの?」


近くにいた男性に声をかける。


「あ、エルフォール様…実は…」


男性が説明しようとしたその時、

大広間の中央から、怒号が響き渡る。


「だから!キーファブッチ家とストランドフェルド家は絶縁すると言っている!」

「!」


自分の家の名前が聞こえてくれば、思わずエルは中央に飛び出していく。

観客たちをかき分けていけば、一人の男が国王に詰め寄っている姿だった。


「…これはこれは、エルフォール様」

「……あなたは…」


キーファブッチ・イルドワン。

キーファブッチ家の当主であった。


「エルフォール様…先ほどは素晴らしい喜劇でしたよ

 思わず…縁を切りたくなる程にね!」

「縁を切る!?どういう意味ですの!?」


形を崩さぬ鉄面のまま、怒りを口に表すイルドワン。

その口から絶縁を意味する言葉が出た事にエルは驚愕した。


「そのままの意味ですよ、あんなのを見せられて…

 息子の伴侶が務まると判断できますか?」

「…あんなのって…私は、一生懸命…」

「一生懸命だと!?」

「ッ」


圧と怒号が同時に責めてくる。

思わず、エルは口を閉ざした。


そしてイルドワンはここぞとばかりにまくし立てる。


「ハリセンだかわからんが貴族令嬢が暴力を振るう!

 舞台照明は落ちてくる!

 挙句の果てには熱湯風呂!?

 コンビだからわからんが、友人を危険な目に合わせるような相手を

 大事な一人息子の妻として迎え入れる!?

 笑わせるな!こんなのに付き合いきれるか!」


その言葉に国王が言葉を挟み込む。


「だがしかし、二人とも無傷じゃ」

「たまたま、でしょう!?」


負けじと国王に向かって啖呵を切るイルドワン。


そして、今一度と言わんばかりに大広間中を見渡す。


今、イルドワンは最も自分が注目を集めている事に気付く。


そして、勝利を確信しながら、言葉を吐いた。


「これだからグラックブッチ学院に!

 している小娘は嫌だったんだ!」


「!?」

「イルドワン、貴様!」


その言葉に、周囲がざわめく。


不正入学。


イルドワンは、最後の最後に爆弾を起爆させた。


それは、エルが最も隠しておかなければならない秘密。


そして、爆発したイルドワンは止まらない。


「国王陛下もご存じですよねぇ!

 エルフォールをコネ入学させる為に

 私の息子とエルフォールとの婚姻を条件に出した

 張本人なのですから!」


「…」


国王は黙り込む。


エルは、針の筵と言わんばかりに、

突き刺すような視線に覆われていた。


(…バレて…しまいましたわ…)


あちこちからはヒソヒソと話し声すらも聞こえる。


不正入学。過激な劇を決行…。

落下する舞台照明を拳一つ耐えた暴力娘…。


勝ち誇ったイルドワンは、エルに詰め寄っていく。


「慈善事業もたまには良いだろうし、

 息子にも華を持たせたい時期だったから

 了承してやった結果…まさかこんなバカな娘だとはな」


そして、とどめと言わんばかりに、

目の前で煽るように声を投げかけた。



「お前にウィルは渡さない」



「…ーッ」


口を閉じたまま漏らすような声が、エルの喉から鳴る。


どうしてだろうか。


エルは…学院が楽しかった。


グラーフという友達が出来て、

マリンやカリンとも仲良くなってきて。


やがて真実を教えられ…そこからは

ウィルに気に入られる為、グラーフとコンビを組んだ。


全ては、学院に残る為。


だけど…。


今、グラーフの顔よりも先に…。


ウィルの顔がエルの頭に思い浮かんだ。


(…ウィル…)


婚約破棄を避けるためとはいえ…

学院に残る為とはいえ…。


今日の為の全ては…ウィルに見てもらうためだった。


そして…ウィルは自分を見てくれていた。


漫才にもアドバイスをしてくれた。

悪漢に襲われていた時も、自分を心配してくれた。

ベロウを一緒に探し、自分の家の者であっても

構わず自分を助けてくれた。



(そんなあの人に…恩返しがしたかった。)



きっと、イルドワンのこの暴走も…

止める為に…裏で奔走していたのだろう。


だけど、その全てが…自分が至らぬ存在だったから。


勉強も出来ない。魅力も少ない。

唯一、お笑いだけが…自分の取柄。


(こんな考えをしていたら、…またグラーフ様に叱られますわ)


俯いていた所に、エルの肩に暖かな感触が乗る。

見てみれば、国王が肩に手を添えていた。


「…もういいじゃろう」

「…国王陛下」


柔らかな…温かい微笑み。


思わず、涙が出そうになる。


「ごめんなさい…国王陛下…私ッ!」


「もういいんじゃ…エルちゃん」


頭を優しく撫でながら、国王は顔を覗き込む。


「もう言って、楽になろう」

「…国王陛下…」

「…エルちゃんをワシが学院に来させたのは…」


次の瞬間、国王陛下の言葉に、

その場で国王を囲んでいた一同は唖然とした。





「移動要塞ゴーレム、グラックブッチ・パワードの

 搭乗員候補だからなのじゃ」





「「「は?」」」

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