第24話 パーフェクト・ハーモニー!ですわ!

2人で行われている喜劇は、好調な滑り出しでスタートしていた。


貴族達は舞台の上に釘付けになり、

2人の芝居…と思われる演劇を楽しんでいた。


笑い処は可笑しそうに笑い、驚愕すれば拍手で称えた。


唯一、最奥で見ている国王は、ただただ頭を抱えていた。


「…あぁ…」


隣に立っていた使用人は、舞台に集中したいが、

国王が気が気でなくては、気が散って仕方が無かった。


「…国王陛下、いかがなされましたか」

「…なんでもない」


現在、披露されている舞台は、ブンス・ロシューストが原作…

つまり自分自身の本が元になっているもの。


それが舞台化されている。


この本は国王自ら、思いつくがままに書きなぞらえた短編集であり、

言ってしまえば、世に流通していないもので、

内容に対するリアクションは、エル以外では今回が初めて。


つまり…


(…めちゃくちゃ恥ずかしいぞ、これ)


ウケているからまだ良いものの、これでスベったら…

と、国王は心の奥で終始ハラハラしていた。


舞台の上では、エルがグラーフに話しかけるシーンになった。


「グラーフ様…あなた、良い素質を持っていますわね!

 私と…漫才コンビを組みませんこと?」

「漫才コンビ!?なんですの?それ」


グラーフが首を傾げれば、エルはくるくると回って踊るように説明する。


「2人でおふざけ役と訂正役に分かれて、面白おかしい話を展開する…

 ショート劇のようなものですわ!」

「ふん、誰がそんなもの!私、やりたくないですよーだ!」


茶化すようにグラーフが鼻をならす。

エルはそんなグラーフに詰め寄り


「…先ほどの無礼、忘れたわけではございませんわよぉ~!?」


「やらさせていただきますわぁ~!」

すかさずグラーフが手のひらを返した。


それを合図と言わんばかりに2人が同時に舞台袖に履ける。


そして、同時に中央に向かって飛び出した。


「「はいどうも~!」」


その様子に、国王は首を傾げた。


「…あれ…ワシこんなの書いた覚えないのう…?」


ここからは、『勘違い喜劇』ではないオリジナルの改変。


喜劇の途中に漫才を織り込み、客に色とりどりな笑いを提供しようという

エルが考え付いた案である。


そして漫才は…エルとグラーフが共同で作り上げたものであり、

学院でウィルに見せたものだった。


「いやぁ、グラーフ様!今日はお客様がいっぱいでうれしいですわね!」


「本当ですわエルフォール様!

 それにしても、見ていれば貴族の方がいっぱい!」


「そりゃあ国王陛下主催の舞踏会ですもの!」


テンポの良い会話が繰り広げられていく。

言えば、グラーフから左手で大広間にいる貴族を指差していく。


「すごいですわね!左から…貴族の方!貴族の方!

 ひとつ飛ばして貴族の方!」

「やめなさいグラーフ様!」


グラーフの左手を押さえて下ろさせる。

会場にはドっと笑いが起こった。


その様子を舞台袖で見ていたウィルも、両腕を組んで笑っていた。


「ハハ、エルのやつ、俺の案を使ったか!」


それは、この漫才を始めに見せられたウィルが指示した修正。

グラーフをツッコミでなくボケに回す。


貴族の間で広まっている噂は、

グラーフがストランドフェルド家に粗相をおかしたというもの。

ならば、噂の通りにエルをツッコミ、グラーフはボケに回す。


エルが誤ったグラーフを正す構図であれば、客に浸透しやすいというもの。


これが功を奏したかそうでないかは定かでないが、

2人の漫才を見ていて、ウィルは心が躍るのを感じていた。


キーファブッチ家の流儀で抑えられた感情の表現。

その重圧が、ゆっくりと溶かされていく。


(礼を言おう、エル)


ウィルは感じたままに笑うのが、

これほどまで気持ちが良いモノだと

この日、初めて知った。


(俺は、自分がここまで笑えるとは知らなかった)


漫才が佳境に入る。


しかし、ウィルは油断した。


その漫才を見ている間…何かを忘れている事すら気付かなかった。


イルドワンの名前、存在、それがすっかり

頭から消えてしまっていた。


その時だった。



ブチ…ブチブチッ!



「?」


舞台裏から異音がした。

音からして、恐らくロープのようなものが

引っ張られて千切れるような音だった。


怪しく思ったウィルが様子を見に行こうと思ったその時、


「危ない!」


舞台裏のスタッフの一人が叫んだ。


そして…


ブツン、ガシャァン!!


2つの異音、1つは舞台裏から。


そして、最後の異音は…舞台から鳴り響いた。


「エル!」


ウィルが慌てて舞台を見れば、


天井から、吊られていた照明のロープが切れ…

舞台の真ん中に墜落していた。


この時、ウィルは…全身から血の気が引くのを感じていた。


照明自体は、舞台の上の人物をよく照らすスポットと呼ばれる灯りで

大きさは、大人の男1人分の鉄の塊。


その真下には…エルが先ほどまで着ていたドレスの裾が見えていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



キーファブッチ家は完全無欠。


知略と策略に長けていたキーファブッチ家、

それを誇りにしているイルドワン。


ゆくゆくは、国を治める王となる事。


それを目標に、コネを活用し、時には汚れ仕事を行い…

先の大戦の時には、国王に媚び諂い、持てる力全てを持って貢献した。


そして迎えた、千載一遇の機会。


国王が取り付けた、ストランドフェルド家との婚約。


そして、今夜の婚約破棄のチャンス。


イルドワンは今夜、失敗する訳にはいかなかった。


例え、ベロウフォールの誘拐が未遂に終わり…

喜劇が成功を収めて終わりを迎えようとしていても


諦めるわけには行かなかった。


婚約を提案されたあの日、イルドワンは屈辱を受けた。


(あの間抜けな斧振りの一家が…誇り高きキーファブッチと対等?

 馬鹿にするのも大概にしろ)


国王陛下にベッタリなストランドフェルド家を着けることで

キーファブッチ家を抑えようという魂胆だろうが…

息子の婚約相手は、入学試験に落ちる程の低能。


馬鹿とハサミは使い様とはまさにこの事だろう。


そして、間抜けなエルフォールは、大衆の前で演劇を披露するという

絶好の機会が産まれた!


この機会を逃すわけにはいかない。


既に手は打った後なのだ。


後には引けない。




だから…ロープを切って傷をつけた。




照明を吊るす照明はぐらつき、やがて落ちるだろう。


そしてイルドワンにとって幸運な事、

舞台の上の2人にとっては不運な事に、

喜劇が上手く行きすぎている。


大広間の観客達の注目は、今や2人にのみ注がれている。


吊られた照明のロープがナイフで擦られて揺れても

誰も気付く様子などない。


喜劇は…主演の死をもって終わりを告げる!


傷つけた後、裏に残る事はせずに、

イルドワンは誰にも見られぬよう大広間へと戻っていく。


今もまだ注目が舞台上に集まっているため、

見つかる事も、違和感を感じられる事もなく

大広間に戻る事が出来た。


舞台裏では、やがてロープの切れ目は

だんだんと大きく広がっていき…


ついに最後の支えが途切れた。





ブツン、ガシャァン!!




やがてロープは千切れ、照明が落下する。


イルドワンはざわめく観客を押しのけ、舞台の前へと向かっていく。


イルドワンの作戦は観客に紛れて騒ぎ立て、

国王に責任を追及し、意のままに操る口実を作ることだった。


『愛する息子の婚約相手が死んだ!』


『誰がこんな喜劇を用意したのだ!』


『こんな喜劇なぞ無ければ死ぬ事は無かった!』


『誰が責任を取るのだ!』


これで国王を脅す事で、今この状況を乗り切る他ない。


これで王位をあの爺からはく奪すれば…後はなんとでもなる!


イルドワンは舞台を眺めながら叫ぼうとした、その時…




目の前の舞台上には…


エルフォールが…


仁王立ちで拳を突き上げていた。


その拳の先には、落下した照明が、拳の形に窪みを作っていた。




「…へ?」




イルドワンの目が点になる。

およそ大人2人分の大きさと、人の数倍もある鉄の塊を

あろうことか、自分より一回りも下の年齢の少女が受け止めているのだ。


エルは首を傾げてこう言った。


「うーん、ちょっとツッコミが強すぎましたかしら」


「そういう問題じゃありませんわ!!」


呆気に取られていたグラーフも、エルのボケに反応してしまう。


その様子に事故だと慌てていた客席に…


ガハハハハ!ドワッハッハッハ!


笑いが爆発した。


不幸を笑いに変えるエルフォール、

天性のツッコミを持つグラーフ、

その2つが…照明が落ちるという"事故"を"笑い"に変えたのだ。


「今後事故が起きてもいいようにヘルメット被りましょう!」

「いや貴女、拳で受け止めましたわよね!?」


何も障害が無かったかのように漫才が進行していく。


その大広間は貴族達の笑いで埋め尽くされ、

これまでに無い程の盛り上がりを見せた。


ただ…イルドワンだけが、舞台から離れていき、肩を落とした。


「何故だ…俺は…キーファブッチ家…当主…

 完全無欠の…!次期国王候補…!」


悔しさのあまり、両手を握り込むイルドワン。

頭の中で、自問自答が繰り返される。


何もかもが上手く行かない。


何故だ。


何が悪かったんだ!?


「…父上は、侮りすぎたんだ」


イルドワンの背後から声をかけられる。

ゆっくりと振り返れば、そこにはウィルの姿があった。


「父上…あなたの敗因は、ストランドフェルドを侮ったからです」

「…ストランドフェルドを侮った…?」


イルドワンは目の前にウィルが現れた理由を考えていた。


(恐らくウィルは、俺がナイフで照明を落としたと考えているのだろうな)


状況からして疑われるのは間違いない。

ウィルには既に、国王を脅かす作戦を暴露しているのだから。


「侮った…とはなんだ?俺がまるで何か仕組んだみたいではないか」


鼻をフン、と鳴らして強がる。

大広間から舞台裏まで自分を見ていた人間はいない。

証拠は不十分のはずだ。


しかし、ウィルの表情は変わらなかった。


「俺もそうでした。入学試験に合格すらできない無能と結婚するなんて、

 せいぜい良い手駒にしてやろうなんて…だけど…」


ふと、ウィルが舞台を見る。


エルがいよいよ乗りに乗ってきたのか、

ハリセンと呼ばれる小道具を出してグラーフに押し付けている。

どうやら、自分をそれで叩いて欲しがっているようだった。


その様子に、貴族達はまた笑い声を上げていた。


「…彼女は無能なんかじゃなかった。

 襲われた時でも、学院で誰かに絡まれた時でも…

 笑顔を忘れない、そして誰かを笑顔に出来る力がある」


この時イルドワンは、ウィルの顔を眺めていた。

…その顔は、ごくごく自然に、笑っていた。


悔しそうに、イルドワンは歯噛みする。


「…だからなんだ、感情なぞ、不確定要素だ」


それが、キーファブッチ家。

完全無欠となるための理念だった。


イルドワンは、ウィルに圧をかけるように顔を近づける。


「ウィル、協力しろ。今からでもストランドフェルドを落とせる」

「…ハッ」


ウィルはそれをものともせず、鼻で笑ってみせた。


「俺が?ストランドフェルドを?エルを…敵に?」


そう言ってみせれば、可笑しそうに肩を震わせる。


「夜道で悪漢6人で襲っても、

 鉄の塊が頭上に落としても…

 ましてや、キーファブッチ家の兵士が

 束になってかかっても勝てない相手を…

 敵に回せ…と?」

「!」


これはウィルやエル、マリンとカリンにしか知らない事実。


ヴァイスハイトからカリンを取り戻す為に共闘した時…

ウィルとエルが相対したのはキーファブッチ家の兵士だった。


「…忠告です、父上…」


ウィルは上げていた口角を下ろし、

イルドワンの近づけられた顔を睨み返す。


「悪い事は言わない…の邪魔をするな」

「父に歯向かうか、親不孝者め!」


奥歯を噛みしめ、イルドワンは怒りを露わにする。


ウィルは狂犬のように歯を見せる父に対して物怖じせず、

背を向け、吐き捨てるように宣言する。


「父上、俺は、ストランドフェルドに付きます」


そう言うと歩きだし、

イルドワンからゆっくりと離れていく。


背後からは、イルドワンの声が聞こえてくる。


「後悔するぞ!貴様もキーファブッチ家だ!

 俺が落ちれば、お前も落ちるのだ!」


その声すらもかき消さんばかりの笑い声が

大広間には広がっていた。


まるで、これから没落する貴族をあざ笑うかのように。



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新作短編コメディ

「鬼に遭遇したけど嘘つきまくって命からがら耐えた話」

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