第23話 『勘違い喜劇』開幕!ですわ!

大きな拍手を背に受けながら、舞台裏へと去っていくグラーフ。

ふと目の前を見れば、エルが舞台袖の近くに待機していた。


「やりましたわね!グラーフ様!」


帰ってきたグラーフに対し、両腕を突き出すエル。

しかし、グラーフの様子がなんだかおかしかった。

笑顔のエルに対して、苦笑を返したグラーフ。


「…はい!…でもハグはできませんわ…」

「どうして?」


フラフラ、とした様子で歩き、こちらに近寄ってくるグラーフ。

エルが心配した様子で見ていれば、グラーフは再び苦笑を返す。


「その…足がしびれまして…あはは」

「!」


どうやら、膝をついた座り方に慣れず

足に負担がかかってしまったようだった。


「それなら、こうするだけですわ!」

エルがわざわざ近寄れば、その小さな体に両腕を回す。

そして、グラーフはそれにこたえるようにハグを返した。


エルの温かさに触れ、少し、グラーフは泣きそうになる。


「…エルフォール様…私、途中で少し不安になってしまいましたわ…

 貴女が来てくれないんじゃないかと…!」


涙を飲み込むように眉を強くひそめる。

まだ泣いていられない。本番はまだこれからなのだから。


エルは抱きしめながら謝罪する。


「グラーフ様…ご迷惑をおかけし申し訳ございません…

 無事、探していたものは全て見つかりましたわ…!」

「お気になさらないで、エルフォール様…

 これから、取り返してくださるんでしょう?」


エルの肩を掴んで身体を放し、顔を見つめる。

グラーフは首を傾げて、先ほど舞台でも見せてくれたウインクを

目の前で披露した。


「…はい!」


同じように、顔の前に親指を立て、サムズアップで答えるエル。


グラーフはそのままエルから離れ、衣装を着替えに裏へと向かっていった。



「それでは喜劇第2幕!今度はウノアール・グラーフ様と

 ストランドフェルド・エルフォール様の二人の共演作品となります!」



幕の下りた舞台の前で、大臣が話す。


エルが不安になって、幕の隙間から

ちら、と大広間を覗いた。


先ほどのグラーフの活躍により、ほとんどの貴族が舞台に注目している。

ざわつきの中の会話に耳をすませば、先ほどのグラーフの舞台の感想を

貴族の間で言い合っている様子がうかがえた。


「…面白かった…」

「次も楽しみだ…」

「…エルフォール様とグラーフ様かー…」


近場にいた貴族たちの言葉に、そして集まっている注目に

エルは胸のあたりが少しヒヤリとする感覚を覚えた。


「……すこーし…緊張しますわね…」


注目度と緊張は比例する。

グラーフは一度修羅場を一人で乗り越えてはいるが、

エルの方は、今、これからが初舞台なのである。


トゲのように感じる期待と舞台に向けられた視線。

そのプレッシャーともいえる圧力に、

エルは初めて自分の笑いに不安を覚えた。


「大丈夫、大丈夫よエルフォール!

 …すー…ふぅー…っ!」


胸を抑えて、深呼吸する…。

そして、自分を鼓舞するために、気合を溜めこんでいく。


「ファイトォー…オ…」


「エル、少しいいか?」


「オォッ!?」


気合を入れようとした所で後ろから声をかけられる。

振り返れば、そこにはウィルが立っていた。


「ウィル!?お、驚かさないでくださいまし!」

「ああ、すまない…一つ言っておいた方がいいと思ってな…」


素直に謝られ、少しエルはたじろぐが、

じっとウィルの顔を見れば首を傾げる。

そのウィルの表情は、どこか申し訳なさそうにみえた。


「…エルが殴った騎兵達についてだが、あれはキーファブッチ家の者だった」

「…!」


キーファブッチ家、ウィルの家の者が

マリンやカリンが誘拐されるのを手助けしていた。

すなわち、ベロウ誘拐を目論んでいたヴァイスハイトと、

キーファブッチ家の誰かが繋がりがあるという事。


エルはその話を聞いて、一つの名前を頭に思い浮かべた。


「…やはり、イルドワン様の関わりは間違いないのですね」


キーファブッチ・イルドワン。

キーファブッチ家の現当主であり、ウィルの父親。


それは、ベロウがいなくなった時にウィルが話してくれた

イルドワンの計画。


ベロウを誘拐し、喜劇を失敗させ、

最終的には…、国王に対し脅しをかける。


ウィルは、少し悲しそうに続ける。


「ああ…間違いなく、俺の父、イルドワンの差し金だ

 ベロウフォールが誘拐された後、家に送り届けろとでも命令されたのだろう

 近場には俺の屋敷で使われる馬車まであった」

「……」


エルにしてみれば、イルドワンとははっきりと言って面識はない。

さらに言えば、舞踏会の本日には挨拶しようと考えていた相手ではあった。

しかし次々と語られるイルドワンの悪だくみに、

思わず頭を抱えてしまった。


「…頭が混乱してきましたわ…」


自分の預かり知らない所で、

陰謀めいた事が動いている。


そして、それを阻止しようと

ウィル達は裏で動いていたのだろう。


頭をかかえたままののエルに、

ウィルは悲しそうに言葉を吐いた。


「あぁ…つまり、俺が言いたいのは…」


ウィルはそう言うと、エルの目の前で頭を下げた。




「すまない…俺の家のせいで、弟やお前の友達を危険な目に合わせた」




両足を揃え、腰を90度まで曲げた、綺麗なお辞儀。


その誠意が伝わる謝罪に、エルは微笑む。


「顔を上げてくださいまし、ウィル」


エルは片手を差し出した。

ウィルは顔を上げれば、エルを見つめる。


「…間もなく素敵な舞台が始まりますの。

 顔が下では…見れないでしょう?」


ウィルが見たその笑顔は、まるで太陽のようだった。


誰でも構わず照らしてしまうような、暖かな太陽。


「…フフ、そうだな」


微笑みながら、差し伸べられた手を取る。

エルの手は、太陽のような温かさがあった。

その温かみに触れれば、氷のように固まっていた表情も

優しく解けていった。


ウィルは、自然と笑みを顔に表していた。


しばらくすれば、裏手からグラーフの声が聞こえてきた。


「エルフォール様!準備できましたわ!」


「わかりましたわ!派手に行きますわよ!」


元気よく返事を返せば、エルは舞台袖にスタンバイする。


立ち止まって振り返れば、ウィルに向かって親指を立てる。

それに対し、ウィルはこく、と頷いて笑顔でエルの背中を見送った。


その時、ウィルは言い出せなかった、もう一つの事態を

胸の奥にしまい込んだ。


(杞憂で終わってくれればいいが…)


ウィルは気付いていた、舞台裏に戻ってきてから一度も


イルドワンの姿が見えなかった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



大広間に声が響き渡る。


「皆さま方、お待たせいたしました!」


大臣の声に、貴族達の談笑がじわじわと減っていく。

そして、多くの貴族は、舞台の上に視線を戻していった。


大臣がさらに声を上げる。


「これより第2幕…『勘違い喜劇』の開幕です!」


割れんばかりの拍手が巻き起これば、その音に応えるように幕が上がっていく。


そして広い舞台の真ん中に、舞台袖からエルが登場していった。


「私はストランドフェルド家のエルフォール!

 今日からグラックブッチ学院に通う、いたって普通の初等部の女子!」


その時点でクスクスと笑いが起こる。


そんな独り言言いながら登校する女子いないだろ。


というような呟きまで聞こえてきた。


「…何笑ってますの?」


あえて客席に睨みを効かせる。

すると、客席からさらに笑いが起こる。


エルは続けた。


「人と違う所を上げれば…うーんなんだろう…

 お笑いが好きって所かなぁー!?」


舞台役者らしい話し方と仕草で首を傾げる。


すると、エルが出てきた方とは反対側の舞台袖から

グラーフが飛んで現れた。


「あーらあらあら!!」


グラーフもまた、わざとらしい話し方をしながらエルに近づいていく。


「どこの馬の骨だかわかりませんがぁ~~?

 私を無視して行こうなんて、ずいぶん度胸ありますわぁねぇ~!?」


グラーフがエルの目の前まで近づいていけば、

下から睨みを効かせるように見上げていく。


エルはというと客席側に向かって満面の笑みを浮かべ、

その口を大きく開いた手の平で隠す。


「あらやだ!学院で初めての友達になれるかも!!」


わざとらしい演技にまた、くすくす、と笑いが起こっていく。

またエルがグラーフに向き直ればこれでもかと顔を近づけていく。


「ええと、私に何かぁ~御用ですかぁ~!?」

「まぁ御用ですって!!何もしらない…お子ちゃまなのですねぇ~!?」


顔を近づけすぎて、もはやぐりぐりと頬を押し付けあいながら、

二人の芝居は続いていく。


グラーフは一旦離れれば、両手を広げくるくる回りながら言った。


「私こそが…ウノアール伯爵家の長女…

 ウノアール・グラーフなのですわぁ~!!」


開いた両手をくいくい、と指先だけ動かして拍手を促す。


すると、客席からはパチパチ、と歓迎の拍手が沸き立った。


掴みは上々であった。


「どうもありがとですわっ」


グラーフが茶化してみれば、さらにワハハ、と笑いが起こった。


「そんな私に真っ先に挨拶に来ないなんて…大変無礼な事だと…

 ご存じありませんのぉ~~~!?オーホホホホ!!!」


これまで以上にわざとらしく、手の甲を口元に当ててまで笑い飛ばす。


さすがに客席も、そこまで見ればザワザワとし始める。


「…これって」「ああ、ウノアール家が…ストランドフェルド家に…」

「あれって、この劇のための宣伝だったの?」

「まんまと騙されたぁ~、なるほどぉ~!」


感嘆の声、納得の声、未だに困惑の声。


様々な声が沸き始める。


そんな喧噪をグラーフは一言で遮った。


「…お黙り!」


ワハハ、と大広間の端で笑いが起こり、ピシと沈黙が走る。


エルは一つ咳払いをすれば、にっこりと微笑みながらグラーフに言い放つ。


「えーぇ、知りませんわ!だって…初めてお会いしましたものぉ~!!」


両手を広げて、首を傾げるしぐさのエル。


グラーフは地団太を踏むように怒ってみせた。


「きぃー!!何その態度!ウノアール家なのよ!偉いのよ!

 あなた、どこの誰なのよ!名前を言いなさい!!」


そして、エルはくるりと1つターンをして、

スカートの端をつまみ、会釈しながら答えた。


「初めまして、ウノアール伯爵家グラーフ様、

私ストランドフェルド家のエルフォールですわぁ~!!!」


「す、ストランドフェルド家~!!!?」


グラーフはぴょーんと飛び跳ねれば、背中から落ちてズッコケて見せた。


大広間には、笑いの渦で満ち溢れ、やがてそれは満開の拍手となった。


2人は確信する。

この時点で、グラーフの噂は完全に払拭された。


(…やりましたわね、グラーフ様!ウケましたわよ!)

(ええ、そうですわね…エルフォール様!)


ズッコけた状態のグラーフとエルがアイコンタクトで成功を確信する。


舞台はまだまだ始まったばかり。


あとはエルフォールの目的である…

舞台をやり切り、婚約破棄を回避するだけであった。


そこに、最後の魔の手が迫っている事は…

この時誰も知る由もなかった。


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