第22話 エルフォール…いつでも行けますわ!

大戦の終わり直後、

苗字の頭には、その家の流儀が取りつくようになり

異名として広まっていった。


例えるならば

戦斧のストランドフェルド。


また例えるならば

完全無欠のキーファブッチ。


そして、拷問のフォルツアンター家。


その二人が持つ家名は学院内はおろか社交界では

悪名高い意味で有名であった。


人に非ず、と言われるまでの拷問行為。


自分たちでは無い誰かが行った事であるのに、

先の大戦での影響は各方面に広がり、2人も漏れず

その影響を受けた。


当然ながら、フォルツアンター家の流儀というものは

マリンとカリンの二人に植え付けられていた。


いつ来るかわからぬ未来に新たな大戦が起きても、

その技術が活かされるように。


だが、マリンもカリンも、その力なぞ必要なかった。


彼女たちが受けた仕打ち、いじめ、風評被害。

それらを考えれば、彼女2人からすれば

家名なぞ異名でなく、罪状と言うにふさわしかった。


いつからか、2人は家名を名乗るのを止めた。

言うだけ無駄な事ではあったが、


初対面の相手には、下の名前だけ名乗るようになっていった。


2人の、ささやかな抵抗であった。


称号が自分たちを傷つけるなら、

こんな力なぞいらなかった。


いつからか、彼女達は…

見るもの全てが敵に見えた。


だけど、あの人だけは違った。


ウノアール・グラーフ。


彼女だけは、自分たちを認めてくれた。



「誇りだけは捨ててはなりませんわよ、二人とも」



それは、拷問の家系に産まれた二人の娘を救う言葉だった。



「誰がなんと言おうと、貴女方のお父様や仕える人たちが成し遂げた偉業は

 我々の国を大きく押し上げてくれましたわ。

 それを誇りと言わずして、なんと申しましょうか」



誇り。


実際にはグラーフの言葉は

父からの受け売りで披露した言葉なのであったが、

マリンとカリンを勇気づけるのには十分すぎる言葉であった。


この技術は、誇り。


フォルツアンター家に産まれた者の誇り。


グラーフの役に立つのであれば、

この力、大いに振るおう。


そう心に決めた二人は今、

輝かしい程の笑顔でヴァイスハイトを苛め抜いていた。


「さぁヴァイスハイト様、もう一度やりましょうか」

「それとも、ベロウフォール様の場所、教えていただく気になりましたでしょうか」


鋭い刃物が月明りに照らされて妖しく光る。

ヴァイスハイトは大きく首を横に振った。


「し、知らないぃぃぃい!本当に知らないのぉぉぉぉ!」


その言葉を最後に、ヴァイスハイトは意識を手放した。

ぐったりと動かなくなったヴァイスハイトを、2人の少女は見つめる。


「ふーむ」

「うーん」


二人同時に唸る。

首を傾げればまたしても、

二人同時に同じ言葉を吐いた。


「「手ごたえ無し」」


二人見合わせればにこりと微笑んでカリンは言った。


「無駄骨でしたわね」


マリンも微笑んでいた。


「では、戻りましょうか」


持っていたナイフを懐に仕舞い、

二人は微笑んで王城へと続く道を歩き始めた。


「グラーフ様、大丈夫でしょうか」

「ええ、きっと大丈夫よ」


月明りの下、見える道をのんびりと2人は歩く。

今晩は何故だか、誇らしい気持ちが2人の胸を埋めていた。


「…マリン、あの頃の事を思い出してしまいましたわ」

「偶然ですわね、私もですわ」


やっぱり双子なのだなぁ、と二人は思いながら、

のんびりと月明りを頼りに帰路についた。



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「あはぁー…やっぱり年上のお姉さんは最高だったなぁ…」


ほっこりとした表情で、部屋から出てくるベロウ…ともう一人に女性。

二人の頬は、いつにも増して艶が増していた。


ベロウを巡ってイルドワンやヴァイスハイト、エルやウィルが奮闘している間、

彼は年上のお姉さんこと、年下喰いの美熟女に

食べられたり食べさせたりしていたのだ。


「よかったわよぉベロウ君…また今度、ウチにいらっしゃい?」

「今度だなんてそんな…毎日行きたいぐらいですよ」


嬉しそうに手を握って女性に微笑みかけるベロウ。

それを見つめ返しながら艶っぽい表情で微笑みを返す女性。


そんな最中、遠くからこちらに駆け寄ってくる足音が聞こえてくる。


「いたぞ!」

「んぇ?」


間抜けな声を出しながらベロウが振り向けば、

男が一人こちらを指さして駆け寄ってくる。


その正体は、エルを襲ったヴァイスハイトの手下であったが、

ベロウには何故自分が指さされているのかわからなかった。


「…あれ、僕なんかした?」


自分を指差しながら首を傾げるが、

覚えなぞない。今しがたまで連れられるがままに

隣にいる女性とイチャイチャしてたのだから。


「ベロウフォール、大人しくついてこ…ぶべらっ!?」


手下の男がベロウに掴みかかろうとすれば、ベロウの背後から伸びた手が

男の顎に掌底を喰らわせていた。


「うちのベロウ君に何をするのよ!?」

「リリアンさん!」


リリアンさん、と呼ばれた女性は名前を呼ばれてポ、と頬を赤らめた。

「さん、なんてやめて…リリアンって呼んでっ!」

「リリアン!大丈夫!?」


言われるがままに呼び捨てにする。

リリアンは嬉しそうにぞくぞく、と背筋を震わせた。

そして、吹き飛ばされた手下の男も震えていた。


「り、リリアン…いえ、リリアン様…ですか!?」

「へ?」


その質問に、首を傾げたのはベロウであった。


そしてベロウを背に隠すように、リリアンは手下の男の眼前に立った。


「これ以上無礼を働くようであれば…このリリアン・ロシューストが許しません!」


その名前が聞こえた途端、

ベロウは、血の気が引く音がサーっと

自分の中で流れているのを感じていた。


「ろ、ロシューストって…王家じゃん…」


リリアン・ロシュースト、国王であるブンス・ロシューストの一人娘。


ベロウは、自分の今後の運命が激動にさらされる事をこの瞬間に理解してしまった。


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「ベロウ!」


「あ…お姉ちゃん…」


エルがようやっと王城に戻り、大広間に向かっている所、

ベロウの姿が目に入った。


その元気の無い様子に、エルは大慌てでベロウを抱きしめた。


「無事だったのね!大丈夫!?どこも怪我はない!?」

「う、うん…でもこの後大怪我すると思う」

「なんで!?」


どう見ても正気度が失われているベロウだったが、

ひとまず無事で安堵していた。


「と、ともかく、無事で何よりですわ!

 あ、喜劇は!?グラーフ様は!?」

「えーっと…実は僕も見てないんだよね」

「え!?なんで!?」


二度目のなんでが出た所で、ベロウの手を引いて大広間に向かう。


だんだんと近づくにつれて、声が聞こえてくる。


客たちの声。その声は…、笑い声であった。


(一体何が…!?グラーフ様…まさか一人で喜劇を!?)


焦りが強くなり、駆け出す足に力が入る。


そしてたどり着いた大広間では…

舞台の中央に東洋の屏風、畳、そして座布団に座る、

和装に着替えたグラーフがしゃべる姿であった。


「…あれは…グラーフ様!?」

「お姉ちゃん、これは一体…!?」


そしてグラーフが一言二言話せば、笑いが客からあふれ出た。


「これまた麺にコシが無ぇ!口の中がべちゃべちゃだよ!」


しかしその口調は、グラーフから出るとは思えない平民の男さながらな口調。

だがそれを聞いた客からはまた笑いが起きた。


「歯が無くても噛めるようにしておいたんですよ」


またまた笑いが起こる。


「いらねえ世話だよまったく!!」


まるでグラーフが一人二役で話すような芝居に、

エルは観客たちと同様に釘付けになっていた。


「これは…まさか…」


エルの脳内には、シュース・ロブンスト著の滑稽話集にあった短編の一つ、

タイム・イズ・ラーメンという東洋の食べ物にまつわる話が思い浮かんでいた。


1人のケチな男が、銅貨16枚で食べられるラーメンの金を

銅1枚ケチるという話なのだが、

今、目の前で、グラーフがその芝居をしている。


「ありえない…だって、この本は…1度たりとも、グラーフ様に貸していない!」

「お姉ちゃん、いいから準備してきて!多分話も終盤だよ!」


ベロウのその言葉にハッ、と気付いて舞台裏に向かう。

途中でグラーフと目が合えば、パチ、とウインクしたような気がする。

親指を立てて返事をすれば、舞台袖にすかさず入っていった。


「エル、こっちだ!」

「ウィル!」


舞台袖の方ではウィルがスタンバイしていた。

ウィルは王城に到着後、先行し、エルが着替える準備を

舞台の裏でスタッフに指揮していたのだ。

ベロウを探し終えた後、すぐにエルが舞台に上がれるように。


「グラーフと王に感謝しておくんだな、これを準備したのは二人だ」

「国王が!?」


目を見開いて驚きながらも、来ているドレスを脱ぎ始めるエル。

ウィルは気に留める事なく、テーブルの上に置いてあった1冊の本を手に取り、

エルに見せつけた。


エルは一目見た途端、その本の表紙、タイトルからすぐにわかった。


「…これは…滑稽話集?」


どうやら舞台にいるグラーフは、2冊目のこの本を見て話を覚えた後、

舞台に上がったのだろう。


しばらく本を眺めてみれば、

それはエルが持っているものと全く同じものに見えた。

しかし、長い間それを幾たびも読みふけったエルはすぐに気づいた。

著者の名前が、違う。


「…ブンス・ロシュースト著…!?」


そこには、国王の名前が刻印されていた。


自分が手に持っているものと見比べてみても、

そこだけが違う。


エルは、今更ながら気付いてしまった。


シュース・ロブンストは

ブンス・ロシューストの一部を入れ替えた名前であると。


幼い頃、王城で世話してもらっていた頃、

人見知りのエルは国王に連れられて蔵書庫に入って本を読みふけった。


国王が渡してくれたこの本は…持って帰ろうとして怒られた記憶があった。


もう王城には来る必要が無くなった、大戦終結後。


国王が渡してくれたのが…今自分が持っている本だった。


「…どうして、気付かなかったのでしょうか」


きっと国王は、自分が書いたものと悟られないよう、

名前だけを書き換えたものを渡してくれたのだろう。


国の王が書いたとまったく思えない、

滑稽で、馬鹿ばかしい話の短編集。


「国王陛下…ありがとうございます…!」


エルは二つの本をぎゅぅ、と抱きしめて、心より感謝を伝えた。


この舞台を用意してくれたことも、本を授けてくれたことも、


エルにとって、人生に影響を与える大きな恩恵であった。


「今は良い。さっさと着替えて準備しろ…いけるよな?」

「…はい!」


エルは二つの本をウィルに渡せば、深く息を吸い込んだ。

ため込んだ息を思い切り吐き出せば、両の手で自分の頬をパン!と叩いた。


「ストランドフェルド・エルフォール…いつでも行けますわ!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…なんだこれは」


イルドワンが見たその光景は、自分が思い描いていたものとかけ離れていた。


確かにエルフォールの存在は、偶然とはいえ封殺された。

舞台の開演に間に合うわけはない。


喜劇は開演されない、そう踏んでいたはずなのに、

幕は…上がっていった。


そして、目の前には、グラーフが和装で正座をし話を続ける。


始めは苦し紛れと思っていた。


しかしグラーフが話すそれは…一人で行う喜劇であった。


言うなれば、隠し玉。


その存在の評価は…大ウケだった。


グラーフ一人で何ができると睨んでいたが、

演技力で客を引き込み、あっという間に貴族達を笑わせた。


「馬鹿な…!?こんな!?」


イルドワンは諜報員から聞いた言葉を頭の中で反芻した。


しかし、このような一人で舞台に上がる芝居を

練習したという報告など無かった。


これを仕込める時間はごくわずか。

そして、こんな芸を仕込むことが出来るのは…。


舞台から大広間を挟んで対面する王の観覧席。


そこに座った王の方を見た。


これまた、嬉しそうに舞台の方を見ているではないか。


ふと王がこちらの視線に気付けばこちらを見てきた。


そして、あろうことか片手でVサインを見せつけてきやがった!


(…あのタヌキ爺~~!!!)


恐らく貴族のほぼ全員がグラーフの方を向いていなければ、

崩れた鉄面の、屈辱の表情は

今頃周囲の人間にバレていただろう。


そして、さらに最悪の事態がイルドワンを襲った。


なんと、ベロウフォールが観客の群れに戻ってきていた。


そして、舞台袖に向かっていくエルの姿も見えてしまった。


(…あの姿はエルフォール、しまった!これは時間稼ぎか!)


イルドワンは気付く。


これは、客を満足させながらも、喜劇までの時間を稼ぐための策であると。


「…だが、慌てる程ではない。

 目標が視認できれば、また連れ去ればいいだけ…!」


ずん、ずん、と観客をかき分け、ベロウの傍に近寄っていく。

ベロウフォールはイルドワンの計画については何も知らない。

結果、イルドワンに対してなんの警戒もしなかった。

ベロウの傍に立っていたのが誰とも確認せずに。


「ベロウフォール君だね、少し話が…」

「へ?僕ですか?」


この時、イルドワンは焦っていた。

そしてその焦りは、視野を狭くしていた。


ベロウの肩に手をやろうとしたその時、手に軽い衝撃が走った。

誰かに伸ばした手を叩かれたのだ。


ム、として叩いた相手を見た瞬間、イルドワンは血の気が引いた。


「…り、リリアン様…!?」


リリアン・ロシュースト。国王の一人娘。

それが、ベロウを守るように肩を抱いていた。


「今からベロウ様の姉君が舞台に上がるのです、

 よもや、その観覧を邪魔するおつもりではありませんわよね?」


ギロ、と睨みを効かせるリリアン。

たとえキーファブッチだろうがストランドフェルドだろうが

動かすことのできない権力の威光が、イルドワンの身体を突き刺す。


そして…イルドワンは、シュン、と肩身を狭くする他無くなってしまった。


グラーフは気にもせず、一人で舞台の上、芝居を続ける。


「銅16枚だな!?ならいくぜ、数えてくれよ!

 1、2、3、4、5、6、7、8…店主、今何時だ!?

 ええ、4時です!

 5、6、7、8…店主、銅4枚も得をしたようで…」


深々と頭を下げるグラーフ。

周囲は、割れんばかりの拍手で包まれた。


頭を上げて周囲を見渡すグラーフ、

笑顔で拍手を送る貴族達の表情には、

グラーフを見下したり、蔑んだりするような視線は見当たらなかった。


(やりましたわ…エルフォール様!あとは二人で!)


大きな決意を胸に、グラーフは舞台袖へと去っていった。

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