第21話 VSヴァイスハイト!ですわ!

エルフォールお嬢様はお笑いが好き第21話


ヴァイスハイトは焦っていた。


万事休す、といった所であった。


標的であったベロウフォールは誘拐できず、

計画に支障を与えんとしているカリンとかいう

グラーフにつきまとう金魚の糞は計画に気付いた上、


目の前のマリンとかいうもう片割れの糞を連れてきてしまった。


「…残念だけど、渡すつもりもないわ…!」


ヴァイスハイトは懐から杖を取り出そうとする。

しかし手を動かそうとした時、足元の小石が破裂した。


パァン!


「!?」

「動かないでくださいまし、少しでも動けば、

 今度は小石でなく貴女に当てますわよ」


マリンの杖の先端から、硝煙のように煙が立ち上っている。

魔法で炎の弾丸を作り、ヴァイスハイトの足元に打ち込んだのだ。


「…わかりましたわ、抵抗いたしません」


ヴァイスハイトが両手を上げれば、

マリンに対して降伏をアピールした。


それに準ずるように、隣にいた手下の男子生徒も両手を上げた。


「……"拘束"!」


マリンが魔法を唱えれば、ヴァイスハイトと男子生徒の両手両足が

光の縄に掴まれ、拘束される。

二人は、それに従うように黙って縄に縛られた。


「…」「…」

「カリン!」


二人が拘束されたのを見れば、

マリンは麻痺で動けないカリンに近づいていく。


傍に寄って寝転がるカリンを起こそうとしゃがみ込んだ時、

マリンの眼前に、杖が伸びてきた。


「!?」

「動くな」


洞窟の奥は月光も当たりきらない暗がりとなっていた。

その奥の暗がりに隠れていたヴァイスハイトの仲間が

そこで待っていたのだった。


そして、杖を凝視し、マリンは気付いた。

「…この杖、グラックブッチ学院の者ではありませんわね…」


その言葉を聞いて、拘束されていたヴァイスハイトは口角を上げた。

マリンの眼前に立っていたのは…。


「…まさか…キーファブッチ家…!?」


杖にはグラックブッチ学院の者の証である校章が施されておらず、

月明かりにかすかに映る服には、

キーファブッチ家の紋章が大きく描かれていた。


その瞬間、マリンの頭の中にイルドワンの顔が思い浮かんだ。


「手を組んでいたのですね、ヴァイスハイト!」

「気付くのが遅いですわ、マリン様」


そうヴァイスハイトが勝ち誇ったように鼻で笑うと、

マリンの目の前の魔法使いが魔法を放った。


「"麻痺"」

「うぐっ!?」


マリンの身体が硬直し、そのまま倒れこむ。


その瞬間、マリンの魔法が解除され、

ヴァイスハイト達の拘束が消え去った。

縛られていた手首を気遣うようにさすりながら

ヴァイスハイトはマリンに話す。


「恐れ入りますが二人には家に帰っていただきます。

 間もなくやってくるキーファブッチ家の方々に

 送っていただいてくださいまし」


マリンが耳を澄ませば、馬が数匹、こちらに駆け寄ってくる足音が聞こえてくる。


(…どうやらここは隠し場所ではなく、中継地点だったのですね…)


つまりベロウフォールを捕まえた後、この場所で引き渡し、

家に帰す。

言い訳は誤って飲んだ酒で酔いつぶれた為、家まで送り届けたと言い張れば

疑うものは現れないだろう。


「目が覚める頃には…貴女方がお慕いするウノアール家の地位は…

 地の底に落ちている事でしょう」


勝ち誇ったように、ヴァイスハイトが見下すために近寄っていく。


背後には、馬のいななく鳴き声が響いた。

どうやら彼女たちの迎えが来たようだ。


「さようならお二方、永遠に」


最初こそ焦りはしたが、陰に隠れていたキーファブッチ家の魔法使いが

マリンにバレていなくてセーフだった。


ヴァイスハイト単体で動いていれば、このような事になった場合

事態は解決できず、作戦は失敗していただろう。


(完全無欠のキーファブッチ家、さすが信頼できる。)


そう思い頷いた時、外で叫び声に近い怒号が響いた。


「ウラァァァアア!!!」


「な、なんだ!?」

「!?」


その声に隣にいた手下が狼狽えた。

慌てて振り返れば、キーファブッチ家の兵士が一人宙を舞っていたのが

月明かりを背景に影となって映った。


慌ててヴァイスハイトが外に出る。

そこに立っていたのは、二人の影が

キーファブッチ家の兵士に取り囲まれていた。


それは…。


「エルフォールに…ウィルパーソン…!?」


その二人は兵士たちに襲いかかられながらも

こちらを探すように辺りを見渡していた。


「マリン様!?カリン様!?どこにいますのー!?」

「エル!この近くのはずだ!とっとと突破するぞ!」


襲い掛かった兵士は、エルの拳や、ウィルの剣で次々となぎ倒されていく。

桁違い、そんな言葉を2人が体で示しているかのようだった。


そんな中、ウィルとヴァイスハイトの目が合った。


「あそこだ!エル!」

「!」


ウィルが指を差せば、エルとも目が合う。

かなりまずい。


「たぁぁぁ!!」


エルが飛び上がり、兵士の肩を踏み台に飛び掛かってくる。


「"麻痺"!」


ヴァイスハイトがすかさず構えて撃つが、

空中でエルが体を捻り、翻して回避する。


「エルフォール…ストォォォンプ!!!」


空中できりもみ回転しながら繰り出した蹴りが、

ヴァイスハイトの腹部にめり込んだ。


「ぐぅ!!?」


その勢いに、ヴァイスハイトは後方に吹き飛び、

身体は休憩所の中へと叩きこまれた。


「ベロウ!どこにいるの!?」


開いた扉の中に飛び込んでいけば、2つの方向から

魔法が飛んできた。


「"火炎"!」

「"麻痺"!」


その時、男子生徒は炎の魔法、

中にいたもう一人の魔法使いは麻痺の魔法を撃っていた。


ヴァイスハイトが飛び込んできた瞬間、

エルが飛び込んでくることが予想出来たのである。


しかし、予想外だったことは、

咄嗟にエルが扉を閉めて魔法を回避した事である。


ボン!バリイ!


目の前の扉を、痺れるような稲光と炎が包んだ。

そして、その扉をなんの躊躇もなくエルが蹴り破った。


「エルフォール…ダイナマイツ!」


ドガァ!と扉が砕け、瓦礫が休憩所内に飛び散る。


「ぐぁ!?」「何!?」

丁度よく杖を構えていた二人の目つぶしになれば、

思わず目を閉じる。


閉じた瞬間、男子生徒は腹部、

魔法使いには側頭部に鋭い痛みが走った。


「エルフォールコンボ!」


入口から飛び込んだエルの肘が男子生徒の鳩尾を的確に捕らえ

直後、飛び込むように魔法使いの場所まで跳躍し、回し蹴りを側頭部に打ち込む。


「ぐぶっ!?」

「ガッ!?」


二人は瞬く間に、地面へと倒れ伏した。


「…エルフォール…なんて強さ…!」


痛みが引いてきて、ようやく起き上がったヴァイスハイトは、

自分の目を疑っていた。


これが、自分の手下6人を相手に無事に帰還した

ストランドフェルド家の流儀…!


「終わりですわ、ヴァイスハイト様…」


睨んでくるヴァイスハイトに対し、真正面から相対するエル。


「いいえ…まだよ…!」


しかし、諦めきれないヴァイスハイトは、拳を握り固める。

先ほどエルから受けた飛び込みキックで、杖はどこかに飛んで行った。

対抗するには…格闘しかない。

じり、と半歩距離を詰める。


「エルフォォォォル!!」

「たぁぁぁあ!!」


飛び込むように、ヴァイスハイトが前蹴りを繰り出せば、

難なくエルは体を左にずらして、

右ストレートをヴァイスハイトの胸部に打ち込んだ。


スパァン!!


「ぐっ…!」


だらしなく、ヴァイスハイトの全身の力が抜け落ちる。

そのまま、他の二人と同じように地面に伏していった。


エルは、ただそのまま崩れ落ちたヴァイスハイトを見降ろした。


「…教えてくださいまし。ベロウはどこにいますの?」


月明りが彼女の顔を照らす。


苦悶から立ちなおりつつあるその表情に、

エルは違和感を覚えた。


その時のヴァイスハイトの表情は、笑っていた。


「…くっくっく…あっはっは…!」


「…どこですのっ!?」


怪しく笑う様子のヴァイスハイトを睨みつける。

その時、ヴァイスハイトは、エルにとって予想外の事を言い放った。


「まだ捕まえていないわ…」

「!?」


思わずしゃがみこんで、ヴァイスハイトの胸倉をつかむ。


「どこにいるのですの!?言わないならもう一発…!」

「私達も探していたのよ!!」


嘲るような笑顔のまま、エルを睨みつける。


「くっ」


エルが掴んだ胸倉を手放せば、

慌てて周囲を見渡す。

その場に倒れていたのは、キーファブッチ家の魔法使い、

ヴァイスハイトの手下と思わしき男子生徒、

そしてヴァイスハイト、マリン、カリンの5人。


その場に、ベロウの姿は無かった。


「正直に言いなさい、弟はどこにいますの!?」

「知ってるわけないじゃない。知ってたらとうの昔に捕まえてたわよ」


にやけるように笑いながらヴァイスハイトは話す。


「嗚呼、せっかく私も手伝おうとしておりましたのに

 勝手にては不愉快極まりないですわぁ」


「…何を言って…?」


様子がおかしいヴァイスハイトに、思わず身をたじろぐ。

ヴァイスハイトは片手で頭を抑え、勝ち誇ったように笑っていた。


「これは国王陛下に報告しなくては…

 ベロウフォール誘拐犯に間違えられ、エルフォール様に暴行を加えられたと!

 ハッハッハ!アーッハッハ!!」


「…」


エルはすっかり困惑していた。

その困惑を他所に、ヴァイスハイトが笑い飛ばす。

そして、その困惑を代弁するかのように、

休憩所の入り口から声が聞こえてくる。


「…マリンとカリンを拉致しておいて、その言い訳は通らんだろう」

「!」


エルが振り返れば、ウィルパーソンがそこに立っていた。


後ろには、キーファブッチ家の兵士が軒並み倒れていた。


「ウィル!」

「稽古不足の雑魚共は片付けた…弟は?」


その言葉に、エルは黙って首を横に振る。


「ヴァイスハイト様が誘拐したのは…

 マリン様とカリン様だけですわ…!」

「そうか…」


ウィルが頷けば、ヴァイスハイトに近寄る。

そして…倒れたヴァイスハイトの脇腹に…

容赦なく蹴りをお見舞いした。


「ぐぁ!?」

「ウィル!?」


ウィルは振り返ればエルの方を向く。


「ここは任せてグラーフの所へ!

 必ず、弟の場所を吐かせる…!」

「でも!」


エルが戻って喜劇を再開しても、

エルの目的は達成されない。


最も見てほしい相手に見てもらわなければ…、

喜劇をする意味等無かった。


縋るように、エルはウィルの腕に抱き着いた。


「お願いいたします…ここは、下がっていただけませんか」

「…だが、それだとお前の弟が…!」


一向に引くつもりの無い2人。

ヴァイスハイトは脇腹を抑えながら蹲ったままだった。

しかし、頭はクリアだった。

この妨害作戦は成功したも同じなのだから。


(勝った!本当に偶然だけど、エルフォールの喜劇は

 ウィルパーソンと弟の2人がいないと始まらない!

 このまま粘って、こいつをここにとどめる!)


脳内で作戦を再び練り始める。

怪我はどうとでもなる。耐えればいい。

その分、ここで時間を稼ぐ、そう考えていた時…、


ヴァイスハイトの後ろから声が2つ放たれた。


「それに関しては…」

「我々にお任せいただけませんか?」


ふと声のする方を見れば、マリンとカリンが

その場に立っていた。


「ま、まさか…」


ヴァイスハイトは狼狽えた。

2人に放った麻痺の魔法が、

時間の経過で効果が切れてしまったのだ。


「マリン!カリン!」


エルフォールが嬉しそうにその名前を呼んだ。


「あら、エルフォール様、やっと名前を憶えてくださいましたのね」

「それよりも…喜劇はよろしいのですか?」


嬉しそうに2人がエルを見て微笑む。

そして、同時にウィルの方を向いて言い放つ。


「ウィルパーソン様、ここはお任せを」

「必ず…ベロウフォール様の場所は吐かせますわ」

「…!そうか、お前たちは…!」


ウィルは何かを思い出したかのように頷けば、

振り返ってエルの元へと駆け寄った。


「エル、二人に任せよう」

「ど、どういう事ですの!?任せてよろしいのですか!?」


唯一、エルだけは合点がいかなかった。

ウィルは兵士達が乗ってきた馬に跨り、エルを後部に乗せる。


「飛ばすぞ!」

「あ、は、はい!」


ウィルが手綱を振るえば、馬は威勢よくいななき、

路上を駆け、王城へと向かっていく。


手綱を握ったままのウィルは後方にいたエルに向けて説明する。


「あの二人の家名を知っているか?」

「い、いえ…」


首を横に振った。

エルは二人に出会った時から、下の名前しか知らなかった。


「フォルツアンター家…あの家の流儀は…拷問だ」

「ご、拷問!?」


意外すぎる特技に、思わず体が強張った。


「表向きは諜報だが、実態は精神的な攻撃による拷問。

 大戦の時は表立って顔を見せなかったと聞くが…

 その裏では、国の勝利に欠かせない存在であるらしい」

「…そ、そんなにすごいのですね」

「ああ、ウノアール家が投資する対象にするのも頷ける」


馬は速度を増し、王城へと一直線に走っていく。


一方その頃、ヴァイスハイトは…。


「さあ、吐いてくださいまし、ヴァイスハイト様」

「ええ、時間をかけると…ますます苦しくなりますわよ」


二つの毒牙が、眼前へと迫る。


「や、やめろ!やめて!やめてくださいぃぃぃ!!」


ヴァイスハイトの悲鳴が、冒険者たちの憩いの場となる休憩所から

情けなく響き渡った。

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