第20話 笑いたい時は笑うと決めた!ですわ!

「ベロウ…どこにいるの…」


エルは王城のあちこちを走った。

しかし、行方がわからなくなったベロウの姿は見つからない。

王城の裏にある庭園まで走り回ったが、

ベロウはおろか、父親の姿までどこかへと消えてしまった。


空を見上げれば、月明りが自分を照らしている。

時刻は開演時間をとうに過ぎ、今大広間がどうなっているかはわからない…。


混乱する頭の中、現れたのは、一人の少女の顔であった。


「グラーフ様…申し訳ございません…」


ベロウの姿が見えなくなったのに気づいた時、

喜劇の時間はもう間もなくとなっていた。

その上で、ベロウを探す事を選んだ。

弟の安否がわからないままで、舞台の上に上がる事を拒んだのだ。

それが、客の期待や、グラーフの期待を裏切る事だとわかっていても。


「…私、お笑いを語る資格、ございませんわね…」


ふと、涙がこみ上げてくる。

ぽた、ぽたりと庭園の石畳には水滴の跡が残る。

悔しさに、両の掌に指が食い込む。


どうすればいいかわからない。


ベロウを探すべきか、今すぐにでも広間に戻るべきか。


頭の中が、混乱で埋め尽くされていった。


(誰か…誰でもいいから…)


自然と、救いを求めてしまう。


「…助けてください…」


誰にも聞こえない程、小さな声がぽつりと漏れる。


その時、エルの後ろから、声が聞こえてくる。


「…ル、…エル!」


聞きなれた声、エルと呼ぶその声は…


振り返って、月明りに照らされた顔は…


「ウィル…?」


こちらに駆け込んでくる姿に、思わず安堵する。


それと同時に、ここまで手伝ってくれたウィルの期待も裏切った事を

エルの中で理解してしまう。


「エル…お前の友人が…っ!?」


胸に、軽い衝撃がぶつかった。

エルは気が付けば、近づいてきたウィルに両方の腕を回していた。

そして、大粒の涙が、ウィルの胸を濡らした。


「ごめんなさい…っ!ごめんなさい…!私…っ!」

「…エル…」


ウィルはエルを安心させるように背中を抱き寄せる。

そのまま耳打ちするように優しい声で囁いた。


「安心しろ…、グラーフの方が時間を稼いでくれている。

 その間に、弟を探そう」

「…グラーフ様が…?」

「ああ、"こっちは任せて、弟様を探してください"との事だ」


その言葉に顔を上げてウィルの方を見る。

その表情は、優しく、微笑んでいた。


「…ウィル様…お顔が…」


ウィルの頬に触れ、笑顔を作るえくぼに指をなぞらせる。


「俺はもう無理をしない。笑いたい時は、笑うと決めた」


それは、イルドワンと対峙した時に決めた事だった。

その決意に、エルもうんと頷いた。


「……なら、喜劇の時は大いに笑ってくださいまし」


励ますような微笑みに嬉しそうに微笑み返せば、

ウィルも大きく頷いた。


「ああ、その前に弟だ。それと弟の足取りを恐らく掴んだ」

「本当ですの!?」


嬉しそうに顔を寄せるエル。

近すぎる距離に、ウィルは黙ってエルの肩を掴んで引きはがす。


「…カリンがヴァイスハイトに襲われている所をマリンが見た。

 そのままカリンは西の方角の森へと連れていかれたらしい」

「そんな…!では…犯人はヴァイスハイト様…?!」


それは、グラーフの部屋にいた時、

フリューリング家がウノアール家からの援助を

断ると宣言しに来た張本人の名前であった。


「そう見て間違いないだろう。マリンは先行して西に向かっている。

 あとを追うぞ」

「わかりましたわ…すぐに向かいましょう!」


二人はすぐに西へと向かった。

マリン、カリン、そしてベロウの無事を祈りながら。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


西の森には大きな洞窟がある。

かつてはゴブリン等の魔物が巣食っていたそこは

どこかの冒険者が討伐し、今や安全な冒険者の休み場所となっていた。


誰もいないその洞窟に、一人の男が、女を抱きかかえて入っていく。


それについていくようにして、もう一人の女が入っていった。

女の名はフリューリング・ヴァイスハイト。

グラーフに対して強い恨みを持ち、喜劇を失敗させる為画策していた張本人。


「しかし、いいんですか?関係ない女を連れ帰って」


手下の男が、ヴァイスハイトに声をかける。


「大丈夫よ、喜劇さえ失敗すれば、起こして元の場所に戻せばいい」


腕を組みながら笑うヴァイスハイト。

洞窟の中に設置された休憩用のベンチに

抱えていた女、グラーフの取り巻きであるカリンを寝かせる。


彼女はヴァイスハイトの野望に気付き、麻痺の魔法で気絶させられたのだ。


「そんなもんですかね」

「そんなもんよ、最終的に喜劇が失敗させればいいのだから」


にやにやと笑いながらヴァイスハイトはカリンを眺める。

筋肉がけいれんし、ビクビクとしながらも意識を失ったそれは、

何かにあがこうと体を動かそうとしていた。


「好きにしていいわよ、どうせ来月にはグラーフ共々学院からいないでしょうから」

「すいません、僕彼女いるんで…」


手下のつまらない回答にはぁ、と

溜息をつくヴァイスハイトの後ろから、


…少女の大声が響き渡った。


「そこまでですわ!ヴァイスハイト!」


男子生徒、そしてヴァイスハイトが振り返れば、

そこには杖を持って構えているマリンの姿があった。

今、麻痺で倒れているカリンの相棒である。


「カリンを解放しなさい、あとはどこかに隠しているエルフォール様の弟もね!」



-数刻前。


ウィルが国王にベロウの誘拐を密告した後の事…。

庭園沿いの廊下にて。


「くふふふ…アーーッハッハッハ!!!」


ヴァイスハイトの抑えていた感情が爆発していた時、

その声をマリンとカリンは聞いていた。


「あの声は…?

「マリン、間違いありません。ヴァイスハイト様ですわ」


先行してカリンが姿を確認する。

念のため、壁に身体を隠しながら覗き込むように。


「それ見ましたかグラーフ!自分の力でのし上がって来なかった小娘風情が!

 自分でした事のツケを取ってこなかった生意気な小動物が!!

 今、舞台の裏で大恥をかくと覚悟しているのでしょう!?

 幕が上がれば最後!!あなたの人生のピリオドが始まるのですわぁ!!」


決壊した理性は感情を抑えきれずにあふれ続ける。

その勝利宣言が二人に聞こえているとも限らずに。


「間違いありませんわ…ベロウフォール様はあの人に…!」

「カリン…あの人を捕まえましょう…二人がかりでなら…!」


その提案に、カリンは首を横に振る。


「私だけで行きますわ」

「!」


カリンは決意を固めるような表情で、マリンを見つめる。


「今捕まえても、すぐにはベロウフォール様の居場所を割らないでしょう。

 わざとつかまり…ベロウフォール様の場所まで私が行きますわ…!」

「そんな、危険ですわ!」


マリンは両手を握りしめ、止めようとする。が、その手はすぐに払われた。


「マリンは、後を追いかけてくださいまし。

 できれば、増援も連れてね」

「…っ…わかりましたわ…」


時間は無い。

これ以上長引けば、グラーフの人生も、ベロウの命も危うい。

マリンは不安そうな顔でカリンを見つめていたが、

「必ず、助けに参ります!」


そう言って、カリンを見送った。


「ええ…信じていますわ…!

 …今、グラーフ様を呼び捨てにしまして?」


カリンがヴァイスハイトに声をかける。

二人を尾行すれば、カリンが麻痺の魔法で気絶させられてしまった。


助けに行きたい。

だけど、

今行けばベロウフォールの位置もわからなくなる。


マリンは必死に耐えた。


耐えて、耐えて。


そして、男子生徒の一人と共に西の方角へと向かっていった。

あの方角には確か、洞窟があった筈。

そこは昨年ほど前、冒険者たちが魔物から解放し、

自由に使える休憩スペースとなっていた筈。


あの場所なら、隠すのに最適。


「そこで何をしている」


「!」


ヴァイスハイトの動向を探る為に、茂みに隠れていたマリンは、

突如として後ろから声をかけられる。


振り返れば、そこには…

先ほどまで走りこんでいたであろう、ウィルが息を乱してそこにいた。


「…ウィルパーソン様…!カリンが…カリンが!」


マリンは、その顔を見るなり涙があふれ出た。


いつも二人一緒だった。


その片割れが、今、囮となって敵に捕らわれている。


心配で、心配でならなかった。


事の詳細をすぐにウィルに伝えた。


「そうか…わかった。俺はエルと共に後を追いかける」

「エルフォール様を!?危険ですわ!」

「安心しろ、あれでもストランドフェルド家だ」


に、と安心させるようにウィルは微笑む。


あの鉄面から見せる笑顔に、違和感を感じる。

でもそれ以上に、その笑顔から

…マリンを安心させようとする、優しさを感じる。


「…わかりましたわ、私は、カリンを追いかけます」


お互いに頷きあえば、マリンは自分の杖を力強く握りしめた。


そして…。


「そこまでですわ!ヴァイスハイト!

 カリンを解放しなさい、あとはどこかに隠しているエルフォール様の弟もね!」


マリンの読み通り、休憩所には、

ヴァイスハイトと手下一人、そして倒れたカリンがそこにいた。


(カリン…グラーフ様…!すぐに、助けますわ!)


決意を胸に、マリンは杖の先端に魔力を込めた。

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