第19話 確信した勝利!ですわ!
「ベロウフォールが見つからない?」
報告を聞いたヴァイスハイトが、手下の男子生徒を睨みつける。
「ひ、す、すみません…しかし、広間中を探しても…」
「言い訳はいいから…それで、本当にいないの?」
まごまごとした話し方に眉間に皺を寄せて不快感を表す。
その様子に、びく、とまた手下の体が怯える。
「は、はい。ストランドフェルド家の人間も事態に気付き、
現在、探している最中のようで…」
その返答を聞いたヴァイスハイトが口角を持ち上げる。
「なら、ラッキーね」
確かに、唐突に弟が復帰し、喜劇が時間通りにスタートするリスクはあった。
しかし、今のタイミングでひょっこり現れたとしても、
開演が遅れる、という事態は免れない。
そう確信したヴァイスハイトはくすくす、と嬉しそうに笑う。
これで、喜劇は失敗したも同然。
「貴方達は引き続き、ベロウフォールの捜索に当たって。
捕まえたなら、例の場所にお願い」
「わ、わかりました」
手下に指示すれば、そそくさと手下は廊下をかけていく。
その時、ヴァイスハイトの腕は震えていた。
「くふふふ…アーーッハッハッハ!!!」
ついには堪えきれず、大声を出して笑った。
我慢の琴線が切れてしまったヴァイスハイトは、
ため込んだものを吐き出すかのように叫ぶ。
「それ見ましたかグラーフ!自分の力でのし上がって来なかった小娘風情が!
自分でした事のツケを取ってこなかった生意気な小動物が!!
今、舞台の裏で大恥をかくと覚悟しているのでしょう!?
幕が上がれば最後!!あなたの人生のピリオドが始まるのですわぁ!!」
王城の廊下に、ヴァイスハイトの声が響く。
肺の中の空気を全て出し切る程の罵声を夜闇に向かって叩きつければ、
荒い呼吸を繰り返し、息を整える。
そして、悪魔のような笑みを浮かべながら呟いた。
「私の勝ちですわ…グラーフ」
誰もいない廊下に、勝利宣言した、はずだった。
「今、グラーフ様を呼び捨てにしまして?」
ヴァイスハイトの後ろから、声が聞こえてくる。
誰もいない廊下のはずだった。
勝利を確信したヴァイスハイトは、わかりやすく油断していたのだ。
そして、接近を許してしまった。
後ろを振り返れば…。
「…カリン様、いかがなさいましたか?」
そこには、グラーフの取り巻きの一人、カリンが立っていた。
「とぼけても無駄でしてよ、"全て"聞こえておりましたので」
挑発するように、カリンは自分の耳を指さす。
「…そうでしたの」
諦めた風に溜息交じりで呟けば、
ヴァイスハイトは観念したように両手を上げた。
「わかりましたわ、何がお望みで?」
「エルフォール様を舞台に上げてくださいまし、
貴女が手を下したのでしょう?」
「…、はい」
その時、ヴァイスハイトは笑みを堪えきれるか不安だった。
こいつは、自分たちがベロウフォールを捕まえられていないことに気付いていない。
(つまり"全て"聞こえていたのはブラフ!
おそらく私が叫んだ声が聞こえたからやってきた、そんな所でしょうね)
笑いを抑えながら手を上げたままゆっくりと口を開く。
「…ご案内いたします、ついてきてください」
ヴァイスハイトが振り返れば、カリンは懐から魔術用の杖を取り出す。
「変な真似をしてごらんなさい。あなたのキレイな体に電撃が走りましてよ」
「…はい」
背中越しに返事をすれば歩きだす。
カリンがそれについていけば、案内された先は
王城の庭園、暗がりの奥の農具置き場であった。
簡易的な鍵がかけられており、外からは開けられるが、
中からは開けられない仕組みとなっていた。
「…中にベロウフォール様がいます、ご確認を」
両手を上げたままのヴァイスハイトは、扉の横に立ち
カリンに中に入るよう促した。
「…そこで待っていてくださいまし」
杖を持ったまま、カリンは鍵を外し、中に入る。
「ベロウフォール様!」
中に飛び込んでいくが、暗くてよく見えない。
扉脇に見えたスイッチを押せば、農具置き場の天井につけられていた明かりが灯る。
「!」
明かりに照らされた内部を見てみれば、
そこには…誰もいなかった。
「…誰もいな…ッ!?」
突然、カリンの背中に鋭い痛みが走ると同時に、
全身の力が強張り、動けなくなるのを感じた。
最後の力を振り絞って振り返れば、
杖を構えたヴァイスハイトがそこにはいた。
「"麻痺"の魔法、覚えておいて正解でしたわ」
「ヴァ…イ…イト…!」
鋭い痛みが全身を襲う。
思わず地面に倒れ伏したカリンは、そのまま意識を失っていくのを感じた。
心の中で、いつも一緒にいた少女の名前を呼びながら。
(…後は頼みましたよ、マリン…)
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「イルドワアアアアアアアアアアン!!!
貴様という男は!今日という今日こそはァァァア!!!」
大広間がどよめきと、ベックの叫び声に包まれる。
名前を呼ばれながら迫ってくる大男に、イルドワンは内心冷や汗をかいていた。
(これが、大戦で猛威を振るったストランドフェルド流…
目の前でいるだけで、並みの兵士であれば動けなくなるだろう)
イルドワンはいつも通りの鉄のような変わらぬ無表情を貫いていたが、
これをどう諫めようか、思考をフルで回転させていた。
「待てベック、一体どうしたと言うのだ」
「とぼけるなよイルドワン!貴様が我がストランドフェルド家の人間に!
貴様の毒牙を向けた事を知らぬとでも思ったか!
今こそ剣を抜け!私が勝てば家族を開放してもらうぞ!!!」
大広間にいた貴族達は、普段温厚なベックの変わり果てた姿に怖気づき、
自然と全員がベックから距離を取っていた。
その中、イルドワンだけが近寄っていく。
(嗚呼、馬鹿で助かった)
内心安堵し、相手の脳みそが戦闘民族そのものである事に感謝していた。
「おやおや、何を言ってるのだベック」
「嗚呼!?まだとぼけるのか!!次は斬るぞ!!」
今にも斧を振るいそうな程、腕に力が入っているのが
服の上からでもわかる。
イルドワンは怖気づく事なく、ベックに言い放った。
「此度の婚姻はお前も同意済みだろう?」
「きぃぃさぁぁまぁぁ!!」
斧が振られそうになった時、衛兵がようやっとかけつけ、
イルドワンを押さえつける。
事態も事態だった為か、その数は十数人も集まった。
「確保!確保ー!」
「待て!貴様ら!捕らえるべきは俺ではない!
あのイルドワンという狐男だ!ええい!離さんかぁー!!」
引きずられるようにベックが去っていく。
イルドワンは、隠すようにほくそ笑んでいた。
(嗚呼、馬鹿め、あの場で"ベロウフォール"の名を出しておけば)
性格が戦闘民族であったベックは斧を持った事で大戦時の性格に戻ってしまい、
一騎打ちの時の啖呵を切るのと同様な口調でイルドワンに詰め寄ってしまったのだ。
その結果、ベロウフォールという名を出さず、
ストランドフェルド家の人間、と口にしてしまった。
そしてその結果、イルドワンの一言によって、
大衆から見たベックは"イルドワンに家族を傷つけられた被害者"から
"結婚に反対する親バカ"となってしまったのだ。
「…大変子供想いでしたからね」
「まぁ私の娘が嫁ぐとなったら、嗚呼なってしまうのかもな」
あちこちにいた大衆から、話し声と笑い声が聞こえてくる。
上手く、エンターテインメントに切り替える事が出来たようだ。
ふと、懐に締まっておいた懐中時計を開いてみる。
時刻は既に、喜劇の開演時間を過ぎていた。
ベックのせいでごたつき、開演が遅れるのは致し方ない。
…むしろそういう作戦だったのかもしれないが、
周囲を確認する限り、ベロウフォールの姿は見えない。
作戦通り、とはいかないが、
ベロウフォールがいないのは好都合だった。
イルドワンは確信した。
これは好機である。
「失礼、これから喜劇が始まるとお伺いしましたが、
いつ始まるのかご存じで?」
「へ?」
近くにいた男性客に声をかける。
ずいぶんと酔っているらしい…これは使える。
「そらぁあんた…もうすぐだよ…ちょいと時計見ますからね…」
呂律が回るか回らないかの瀬戸際の話し方をしながらも
懐から懐中時計を取り出してみてみる。
当然、時計の針は開演時間をとうに過ぎている。
「あらぁあらら…過ぎてんじゃないよ…どうなってんだよぉーーい!」
予想通り、騒ぎ始める。
貴族というものはプライドが高い。
たとえ酒に酔っていても、それは変わらない。
自分をないがしろにされるというのは耐えきれるものではない。
例えば、予定していた劇が、開演時間を過ぎても始まらないなんて時は
舞台や演者の都合関係なしに怒り始めるものだ。
「喜劇の時間が過ぎてんじゃねえかー!どうなってんだー!」
一人が騒ぎ始めれば、大広間もざわつきを見せる。
それぞれ持っていた時計を見ては、舞台の方を見始める。
舞台は、未だに幕が下りたままだった。
イルドワンは勝利を確信した。
(勝った、喜劇はまだ準備できていない!)
その時、声がした。
「あー、お集りの皆者、そうお焦りなさりませんように!」
その声は、大臣だった。
大広間の構造上、舞台から大広間を挟んで対面、
最後部に備え付けられた玉座には国王がいる。
その隣に立っている大臣が、広間中にいる貴族達に聞こえるように話す。
「先ほどの騒ぎがあった為、開演を少し遅らせました。
準備が出来ましたので、間もなく開演となります!」
「…?」
準備が出来た?
慌ててイルドワンが見まわすが、
ベロウフォールの姿もベックの姿も見えない。
この状況でどうやって喜劇を?
まず間違いなく失敗するだろう。
(奴らは失策を取った。勝利には変わらない。)
舞台を見ればゆっくりと幕が上がっていく。
イルドワンは、その姿を心待ちにした。
大事な家族が行方不明になり、表情に陰りを見せるストランドフェルド家の長女と
本調子じゃないエルフォールに戸惑いを見せるウノアール家の長女、二人の姿を。
そして、素人芝居を披露し、ヤジを飛ばされ、
喜劇が失敗に終わり落胆する二人の姿を。
これで計画は完成する。
この国は自分のものだ!
そう思っていた時、幕が上がりきった舞台に現れたのは…
東洋の"着物"を着た、小柄なツインテールの娘であった。
「…なんだこれは」
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