第17話 明かされる陰謀!ですわ!

弟がいなくなった。

エルからの言葉に、ウィルの背筋が少し寒くなった。


「弟が…?」


ウィルが思わず眉を顰めれば、持っていたグラスをテーブルに置いて、

集まった貴族達をぐるりと眺めた。


しかし、特徴的な黒髪の青年は見当たらなかった。


「もしや…」


ウィルが感じた悪寒、その原因ともいえる、自分の父。


ウィルがちらり、とイルドワンを一瞥する。


その時、イルドワンは他の貴族と会話をしていた。


「ウィル…?」

「そこで待っていろ」


エルに手の平を見せて突き出す。

その後、他の貴族にぶつかるのも気にも留めず、

イルドワンの傍へと駆け寄った。


「父上!」

「少し待て、失礼…息子です」


イルドワンの話し相手をしていた貴族は、

切羽詰まった様子のウィルに遠慮し、自ら身を引いていった。


イルドワンは、表情が変わらないが

睨みつけるようにウィルを目のみで見降ろした。


「舞踏会、というものは利益が産まれる場所だ。貴様は今、

 キーファブッチ家の利益を…」

「そんな説教はどうでもいい、エルの弟に…何かしましたか?」


遮るようにウィルが口を挟む。

その時、イルドワンの口角がわずかに上がったのを

ウィルは見逃さなかった。


「さぁ、なんのことやら」


わざとらしいとぼけ方に、思わずウィルが胸倉をつかんだ。


「父上…ッ!何をしたんです!」

「私は知らんぞ、弟がどこに行ったかなど…本人に聞けばいいだろう」

「貴様ッ!」


軽口を叩くイルドワンに、襟をつかむ腕が持ち上がる。

しかし、イルドワンは余裕綽々といった具合に、口を開く。


「しかし弟が行方不明となれば、

 エルフォールはまともに演技が出来るだろうか」

「なっ…!?」


イルドワンの計画が、ここに来てようやく掴めてくる。


「弟を助けに行けば、喜劇の時間に間に合わない。

 かといってそのまま演技に入れば…必ずボロが出る。

 ましてや弟もこのままだと無事で済まないかもなぁ」


「…国王に報告する、お前の計画も、全てこの場で!」


ぐ、と襟をつかむ手が強くなる。

これは最後の手段だった。

喜劇を成功させ、イルドワンに反抗する。

その作戦すらも中断せざるを得ない状況を作り出す、

最後の一手。

しかし、イルドワンの様子は変わらなかった。


「やれるものならやってみろ…その時は、俺もお前も終わりだ…」

「!」


その言葉にウィルは目を見開いた。

イルドワンは、さらに言葉を楽しそうに連ねた。


「ウィル、俺とお前は親子、キーファブッチ家だ。

 俺が責任を取らねばならない状況なら、お前にも被害が被るだろうな」

「…!」

「国王はお前の味方をするだろうが…他の貴族がそれを許すか?」


父親が反逆者となれば、その息子であるウィルも、

反逆者の子というレッテルが貼り付けられる。

それがどこまで影響を及ぼすか、誰も知る由もない。


ウィルはただ、イルドワンを睨みつけるしかできなかった。


「…どこまでも外道め、そこまでして国王の座が欲しいのか!」


その時、イルドワンは不気味なほど笑顔だった。

あの夜、ウィルが見た笑いと同じぐらい、不気味な笑顔。


「欲しいさ、キーファブッチ家の悲願だ」


「ぐっ…!」


ウィルは思わず恐怖し、イルドワンの襟から手を離す。

イルドワンは、何も気にしていないように襟を正した。

表情も、いつもの冷酷な無表情に戻っていた。


「もうすぐ喜劇の時間だ、どうする?弟を探すか?

 それとも俺を殴るか?ウィル」


挑発的な態度を取るイルドワンに対し、背を向ける。


「探すさ、貴様なぞ殴る価値も無い」


ギリ、と奥歯を噛みしめながら、エルの元へと戻っていった。

エルはいまだにおろおろと、客の中から弟を探していた。


「エル、話がある」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「そんな…喜劇を失敗させ…ストランドフェルド家を追い出す…?」


ウィルから聞かされた話に、驚愕を顔に浮かべる。

そして、弟であるベロウが、イルドワンの手によって拉致されたことも。


「ああ、その上この失態を利用して、国王さえも傀儡にしようと…」

「…この喜劇がまさか、そんなことになっているなんて…」


あまりにも自体が大きく膨らんでいた。

そして、ベロウはその策略の渦に巻き込まれてしまったのだ。


「ッ…私、探してまいりますわ!」


飛び出していきそうなエルの腕を、ウィルは掴んで止めた。


「待て!もう喜劇が開演する時間だ、お前が行けば…!」

「私の弟ですわ!お父様にもお声がけして、一緒に探してもらいます!」


必死に腕を振り払おうと自分の腕を振り回すエル、

ウィルも、自分に出来る事は何か、ずっと考えていた。


「…わかった、ならば俺は国王に、事の仔細を伝える」

「!、いいんですの?それだとキーファブッチ家の信頼が…」


喜劇をわざと失敗に追い込み、国王に脅しをかける。

言うなれば、国家に対する反逆を自首するという事と同義であった。

イルドワンの言う通り、これを実行すれば、

父も自分も"反逆者"のレッテルが貼りつき、終わりを迎える。


「構わん、こうなれば…、父上もろとも…!」

「ダメですわ!」


振り払われかけた腕を、エルが掴む。

両手でやさしく握れば、ウィルの目を見つめた。


「この喜劇は…貴方の為でもありますの!」

「…俺の?」


その真剣な眼差しに、ウィルは自然と吸い寄せられるように見つめ返した。


「…その時、貴方が謀反の罪でこの場にいないのであれば…

 私、喜劇をする意味がありませんわ…!」

「………!」


目を見開き、その言葉にウィルは驚いた。

実際には、婚約破棄を避ける為、自分のメリットを披露する場を

この場で台無しにしたくはない、そんな理由なのだが、

ウィルには…まるで別の意味に聞こえた。


「…わかった…王には、俺から喜劇の開始時間を遅らせるように伝えておく」

「…お願いいたしますわ、父と一緒にベロウを探して参ります…後はお願いいたしますわ!」


スカートの端を掴んで持ち上げ、走って父の元へ向かうエル。


その後ろ姿を見送れば、ウィルは国王の元へと向かった。


「国王、少々話が…」

「おぉ、ウィル君や、ダンス格好よかったぞ~」


相も変わらずな様子の国王、しかしウィルは、

深刻な表情で伝えた。


「…エルが急用を思い出し、少々手間取っております

 どうか、喜劇の時間を少しズラしてはいただけませんでしょうか」

「ふむ…」


国王が顎髭を撫でて、会場の様子を一瞥する。

少し考えてから国王が口を開く。


「少しとは、どのぐらいじゃ?」

「…30分、いや、1時間見ていただければ」


本当はその時間の間にベロウが見つかる保証もない。

しかし、ウィルは出来る限り時間を引き延ばし、

彼を探す時間を確保しなければならなかった。


「ならんな…皆の者は忙しい。

 それに…」

「…それに?」


国王が見ている方向と同じ方向をウィルが見れば、

イルドワンが他の貴族と会話をしていた。


国王はイルドワンを見ながらやれやれと言った具合に話す。


「…奴が黙っておらん」

「…チッ」


思わず舌打ちをする。

開演時間になっても開演されない場合、イルドワンが騒ぎ立て、

開演を迫ってくるだろう。

ウィルにはそれが安易に想像できた。


つまり…時間は稼げない。


その時、ふと国王のイルドワンが黙っていない、という言葉に

ウィルは引っかかった。


「国王、貴方は…父の計画を知っているのですか?」

「いんや、知らん」


ばっさりと切って捨てられた。


「ではなぜ…父を警戒しておいでで…?」


ウィルの言葉にも、不安が見えてくる。

この人は、どこからどこまで知っているのだろうか。


「…ワシは全て知っていれば、お主の父上と…

 エルちゃんの大事な旦那様を

 せねばならん立場なんじゃよ」

「!」


その言葉だけで、ウィルは理解できた。


国王は、全て知っていた。


父の謀反も、そして今起こしている事態も。


その上で知らぬフリをしているのだ。


全ては、ウィルと、エルを守る為に。


「…ありがとうございます、国王陛下」

「礼なぞいらん…問題は解決しておらんのだからな」


確かにその通りであった。

今もなおベロウは行方不明、イルドワンが囃し立ててしまえば

エルがいない状態で喜劇が始まってしまう。


(…クソ…どうすれば…)


焦る気持ちがつのる。

しかし、頼みの綱は、やはり国王しかなかった。


「国王、どうにか時間をずらせませんか…?」


縋るような思いで頼み込めば、

国王は再び顎髭に手を当てた。

その時、ポツリと国王がつぶやいた。


「…開演時間は遅らせられぬ…じゃが…」

「何か、お考えが…?」

「終演時間は、皆に伝えておらんかったのう…」


国王が召使に何か指示すれば、一冊の本を持って来させた。


それは、ウィルにも馴染みのある、見たことある表紙だった。


「それは…」

「うむ、ワシが昔に書いた本」


エルが普段から持っているものと同じ、滑稽話集。

その本を手に取れば、国王はパラパラとページをめくった。


「ウィル君や」

「はい、国王陛下」


国王は目的のページにたどり着けば、折り目をつけるように

開いた部分を手のひらで押さえつけた。


「ちょっとグラーフちゃんを呼んできておくれ」

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