第16話 超えるべき緊張!ですわ!

「今宵、皆さまとお会いできた事に心よりの感謝を祝しまして!

 舞踏会と参りましょう!」


大臣の掛け声と共に、舞踏会が開かれた。


明るい音楽が舞踏会中を包み、

スペースが開けられた大広間の中央には、ダンスに興じる貴族達が増えていった。


今宵の主役の一人、ストランドフェルド家の長女、エルフォールは…

今にも死にそうな程青ざめていた。


ついでにその隣でグラーフも青ざめていた。


「お、お二人様…大丈夫ですか?」


思わず使用人が声をかけるほど、舞踏会に似つかわしくない青色だった。

「だ、大丈夫ですわ…!」

「ええ…本当に大丈夫ですのよ…」


息を切らしながらエルとグラーフは返事をする。


この後、二人の、舞台がある。


準備はしてきた、入念に練習もしてきた。


しかし、本番には緊張という魔物が住んでいた。


この後の事を考えれば、二人の緊張はこれまでの人生で経験したことない程だった。


「ぐ、グラーフ様…少しお水を取ってきますわ…」

「え、ええ…後で私も向かいますわ…」

「なら、一緒に取って参ります…少々お待ちを…」


ふらふらとエルが水をもらいにその場を離れた。


その時、グラーフはふと声をかけられた。


「あらあら、大丈夫ですの?グラーフ様」

「…?」


見てみれば、ウノアール家の援助を受けている家の娘であった。

名前は確か…

「…リュニーア様ではありませんか」

「覚えていただいて光栄ですわ…ところで…どうしてこんな所に?」


声色に、あざけるようなイントネーションが混ざる。

「どういう意味ですの?」

「いいえ、今宵噂では、エルフォール様とウィルパーソン様の

 婚姻発表があるのだとか」

「…」


黙って睨むようにリュニーアの方を見る。

リュニーアは扇子を開いて口元を隠して笑みを浮かべる。

「ストランドフェルド家に楯突いたウノアール家の長女様には…

 大変居辛い事かと存じますが…?」


リュニーアがそう言いうと、辺りからクスクス、と

嘲るような笑い声が聞こえてくる。

しかし、今のグラーフにとっては…


「大変ご期待いただいているようで何よりですわ…」

「…は?」


何を期待している、というのか、

と言いたげな声がリュニーアから洩れる。


しかしそんな呆れたような声にも

嘲笑にも、悪意に満ちた噂話にも負けるつもりはない。

何故なら、この声を覆す為に、今日これまで鍛えてきたのだ。

グラーフにとってその悪評こそ、

超えるべき期待なのであった。


グラーフはくるり、とその場でターンを決め、

リュニーアを指さして決めポーズを取った。


「期待通り、そんな人を小馬鹿にしたような笑い、

 今日で大笑いに変えてやりますわ!」

「…?…は、はぁ…」


自信溢れた様子で笑みを浮かべるグラーフに、

疑問符が大きく浮かぶリュニーア。


その時、ちょうどよくエルが水を2つ持って戻ってきた。

グラーフはエルから持ってきた水を受け取りながら、

2人で雑多の中に消えていった。


「何だというの…?」


グラーフに嘲笑を浮かべていた周囲の人間たちは

大層困惑した表情であったという。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ウィルは、何時にも増して緊張していた。


自分に出来る事はしてきたつもりではあるが、

肝心の諜報員も既にイルドワンの手中、

未だにイルドワンの計画の全貌が掴めないまま、

舞踏会当日を迎えてしまったのである。


隣にいるイルドワンは普段と変わらぬ鉄のような固い表情で、

踊ったり、食べたり、飲んだりする貴族達を眺めていた。


そしてウィルも、同じようにそれらを眺めていた。


「…」


結局、あの夜以降一言も交わす事無く、今日まで来てしまった。


念のため見張りのつもりでイルドワンの隣に立ってはいるが、

一向に動く気配がない。


このまま何も無いとは思えない。


ちら、とイルドワンの方を見る。

相変わらず、何を考えているのか掴めない冷たい表情。


視線に気付いたイルドワンがウィルの方を見る。

「ウィル、踊ってくればどうだ」


顎でくい、と差した方向を見れば、エルがいた。

グラーフと話をしている。


ウィルはわざとらしく、イルドワンに嫌味を放った。


「どうせ婚約破棄となるのに、踊る必要があるので?」

「フン、ここで待っていても、何も掴めんぞ」

「…チッ」


眉一つ動かさず返されてしまい、舌打ちをする。


「では、踊って参ります…」


持っていた飲み物をテーブルに置けば、エルの元に歩いていく。


「婚約が続けば、あの時仲が悪かった等と噂も立ちそうですので」


ひらひらと手を振って嫌味を零しながら離れていく。

だが、このままだと埒が明かないのも事実だった。


(情報を得る為、踊りながら会話するとしよう…

 もしかすると何か掴んでいるかもしれん)


それがウィルのとった行動だった。


一方でエルはというと…、グラーフと綿密な打ち合わせをしていた。


「では…手筈通りに…」

「舞台までの道のり、覚えております?」

「もちろん…何十回も通りましたのよ!」


お互いに成功を確信していれば、遠くの方で声が聞こえた。

「ぜひ、私と踊ってくださいまし!」

「すいませんが、先約がいるもので」


突き放すような低い声、聞き馴染みのあるその声が耳に触れれば、

エルはその方を向いた。


ウィルだ。

他の女性にダンスのお誘いをされていたが、どうやら断ったようだ。


「…」


舞台の練習のため久しく顔を見ていなかったが、

改めて見れば、顔立ちはかなり良い。

仏頂面で何を考えているかわかりにくい部分もあるが、

話せば理解してくれる、良心的な人である事を

エルは知っている。


(前に会った時は確か…あっ)


その時思い出した。

最後に会った時に裸を見られた事を。


…シュゥゥ…。


エルの顔がみるみる赤くなっていく。


(で、でも大丈夫!こ、婚約破棄を言われれば、

 裸を見たくせに!責任取れ!って言うんですわ!)


頬を押さえながら考え、ウン、と頷く。

その時、自分を呼ぶ声にようやく気付いた。


「…ル、エル!」

「は、はい!?」


見てみれば、ウィルがすぐそばで…膝をついていた。


「…えっと…ウィル…どうなさいましたの?」

「はぁ…俺に2度も誘わせるとはな…」


溜息をつけば、やれやれといった具合に首を横に振る。


そして、右手をエルの目の前に差し出した。


「僕と、踊ってくれませんか」

「!」


ドキ、と心を跳ねた。

まさか、ダンスの誘いだった。

生涯これまでダンスの誘い等受けた事がないエルは、

脈打つ心臓の動きが強まるのを感じた。


「え…えと…」

「3度目は無いぞ」

「ひぃ…」


頭から湯気が出そうな程赤くなったエルに対し、

表情の変わらないウィルは早く取れと言わんばかりに

目の前で手をくい、と動かした。


「よ、よろしくお願いいたします…」


その手を優しくつかんだエルは、

大広間の中央に繰り出したのであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ん~、んまい…!」


料理に舌鼓を打ちながらも、次の料理に手をつけていく。

彼の名前は、ストランドフェルド・ベロウフォール。

エルの弟である。


この王城王広間では、間もなく姉の婚約がこの場で披露され、

姉の初舞台がこの後控えている。

その為舞踏会に呼ばれ、こうして王城で用意された料理を口に運び続けていた。


「あらぁ、可愛い子」

「ん?」


不意に声をかけられれば、見上げる。

見てみれば、舞踏会に参加している貴族の…奥方であった。

ベロウからしてみればかなり年上の女性である。


「お姉さんも食べる?結構イケるよ」

「あらあら、嬉しいわね…そしたらいただいちゃおうかしら!」


女性がしゃがみ込めばベロウが手に持っていたフォークに突き刺さった

小さなケーキをパク、と食べてしまった。

もちろん、フォークの先を咥える形で。


「あっ!もー、そこにあるんだからそこから食べればいいのに」

「うふふ、ごめんなさいね、君の持っていたものが

 とっても美味しそうだったから…」


女性が優しく頭をなでる、すると心地よさそうにベロウが目を細めた。

元より奇行の多い姉を相手にする事が多かったベロウ、

女性の奇怪な行動に対しては、ある程度耐性があった。


「…ねえ、ボク…あっちでおばさんとお菓子を食べない?」

「うーん…」


女性の声はどこか艶っぽい声で、熱を帯びていた。

何か怪しい雰囲気を感じながらも、ベロウは首を傾げた。

相手を見る限り、というかこの王城にいる時点でめったな事は起きない、

そう考えていた。


「じゃあ、お姉さんがあーんしてくれるなら!」

「まぁ!それならたくさんあーんしてあげますからね~」


2人は手を繋ぎ、大広間から離れていく。

ちなみに、ベロウは年上の女性が好みであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


音楽が鳴り響く大広間、

エルとウィルはその中央で互いの手を組んでステップを踏んでいた。


エルの方はというと、多少ぎこちないステップで、

相手に合わせようと必死だった。


ウィルは、情報欲しさに会話しようとエルとダンスに興じていたが…


(…全然喋れない)


エルの動きが不自然すぎるのと、ダンスに集中しきってしまっている為、

会話を挟める所が見当たらない。


「おい…」

「は、はい…きゃっ」


不意に声をかけてみれば、ステップを踏み外し、倒れそうになる。


「チッ」


ウィルは片手を掴んで持ち上げ、腰を反対の手で抱き支え、カバーする。


「あ、ありがとうございます…」

「礼などいらん」


冷たい返事にエルはしおしお、と生気を失ったように暗い表情になる。

それと同時に、音楽が止み、大広間中には拍手が鳴り響いた。


ふとエルが自分の立ち位置を見れば、

偶然か、ウィルがエスコートしたかは不明だが、

大広間の中央にエルとウィルが陣取る形となっていた。


ウィルが周囲の拍手に対しお辞儀をすれば、エルも慌てて頭を下げて見せる。


パチパチ、と拍手の1つがだんだん近づいてくる。

2人が見れば、国王が拍手しながら近づいてくる。


「見事なエスコートであった、キーファブッチ・ウィルパーソン」


以前、2人が出会ったフランクな老人ではない、

国王たるカリスマがそこには垣間見えた。


「恐れ入ります、国王陛下」


ウィルが跪き、慌ててエルも同じポーズをとる。


「頭を上げよ、2人共」


その言葉に、2人は同時に立ち上がる。

そして国王は集まった貴族達にアピールするように声を上げた。


「ここにいる皆に伝えたい。

 この国の長、ブンス・ロシューストの名に置いて…

 ここにいるキーファブッチ・ウィルパーソンと

 ストランドフェルド・エルフォールは、夫婦となる!」


ワァァァァ!


拍手と喝采が響く。


おめでとう!おめでとうございます!


様々な声が二人に投げかけられる。

エルとウィルは辺りをキョロキョロと見渡し、手を上げて挨拶する。


(みんな…祝ってくださるのですね…)


エルは噛みしめながらこちらを見ている人の顔を確認する。


(お父様…グラーフ様…ベロウ…)


そこで違和感に気付く。


ベロウの姿が、どこにも見当たらない。


「…どうかしたのか?」

キョロキョロと客を見渡すエルに

少し心配そうにウィルが声をかける。


「ベロウが…弟がいないんです!」 

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