第15話 舞踏会の幕開けですわ!

王城の茶室、国王は床の上に正座し、

その真正面にはエルが仁王立ちで立っていた。


「…というわけで…舞踏会で喜劇の開催を許していただける…

 で、いいですわよね、国王陛下…?」

「…は、はい…」


その言葉に、エルとグラーフは笑みを浮かべる。

「…や、やりましたわよ…グラーフ様!」

「ええ、エルフォール様!これで私達の舞台が出来ますわよ!」


二人の喜ぶ姿を見れば、国王も嬉しそうにうんうん、と頷いた。

そんな国王に、ベロウが近寄って尋ねる。


「国王、あのテスト…わざと中等部の問題を出したのでは?」

「…」


ベロウの中で、腑に落ちない部分があった。

エルの不正入学についても国王の力添えが無ければ入学できなかった。

逆に言えば、国王自ら学院側にエルを推薦しており、

その際にエルがどの部に編入されたか

国王が知らないというのは、違和感があった。


「ベロウ君、野暮な事は聞くものではないぞ」


にぃ、と微笑みながら国王が立ち上がる。

しばらくの正座で固まった筋肉を解すように、

うーんと伸びをし始めた。


ベロウは、そんな国王を見ながらぽつぽつ、とつぶやいた。

「…しかし、あのお姉ちゃんが結構勉強していたなんてなぁ

 中等部の範囲とはいえ23点、普通なら0点を取ると思いますよ」

「…それだけ努力していた、という事じゃな」


ベロウが微笑んで、エルの方を見る。

釣られて国王も二人の方を見れば、

すでにネタ会議をこの場で始めだした二人の姿があった。


「それに、あんなに頑張ってる子を応援しないというのは、

 国王として不甲斐ないとは思わんかのう」

「…」


くす、とベロウも国王も同じように微笑んだ。


「僕は国王になった事が無いのでわかりません」

「つまらんのう」


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グラックブッチ学院、校舎裏。

運動場が目の前に広がる静かな場所。

その場所には、1人の女子生徒、それを囲む6人の男子生徒がいた。


「どういう事ですか…?ベロウフォールの捜索を中止する…というのは」

「ええ、手間を煩わせる必要がなくなった、という事ですわ」


ベンチに腰かけていたヴァイスハイトは、足を組み替えて男子生徒達を一瞥する。

目の前の男子生徒達は、ヴァイスハイトの取り巻き6人

以前エルを襲撃した悪漢6人と同一人物であり、

現在、エルの弟であるベロウフォールを拉致する作戦の為、

彼の捜索を指示されていたのだ。


「あの喜劇は潰す、でも、それは今じゃない」

「!?」


悪だくみをするかのような笑みを浮かべながら、ヴァイスハイトが言い放つ。

その一言に男子生徒達は驚愕を顔に浮かべた。

舞踏会までにはもはや時間が無い。今動かなければ、舞踏会と共に喜劇が開演される。


「し、しかし…」

「舞踏会が始まれば、喜劇よりも先に

 ストランドフェルド家、キーファブッチ家の婚約が発表されますわ」


男子生徒の一人が反論しようとするが、それを遮るようにヴァイスハイトが語る。


「その時…皆の視線はあの二人に集まるでしょう?」

「…何を、おっしゃりたいのか…」


首を傾げる男子たち。もはやそのタイミングになれば、チェックメイト。

喜劇が開演され、中止どころではなくなる。

ヴァイスハイトはにやり、と微笑んで言った。


「その瞬間であれば、弟君の事は誰も見ていませんわよね」

「!!」


その策略の意図を、この場の全員が理解した。

ヴァイスハイトは腕を組み、くつくつ、と笑いを零した


「舞台は開催する直前にこそ、

 トラブルは起こるもの…まさにその通りですわね」


昨晩、イルドワンから聞いたそのセリフ。

彼女の作戦の準備は、整いつつあるのであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「どうでしたかカリン」

「マリンこそ、いかがでしたの?」


二人は女子寮でお互いにテーブルに両肘をつき、

手で顎を支えるような形でお互いを見つめ合っていた。


「率直な感想を」

「ええ、同時に言いましょうか」


せーの、とタイミングを揃えて二人で同時に言った。


「「やけに喜劇の噂が多い」」


2人はグラーフからの指示で、

グラーフがストランドフェルド家に楯突いた、という噂が

どれほど大人達に浸透しているのかを調査していた。


しかし、聞こえてくる噂話というのは、

グラーフとエルの喜劇が舞踏会で行われる、という噂ばかり。


まるで、誰かが意図的に噂を流しているかのようだった。


「「うーん」」


2人はほぼ同時に首を傾げる。


「一体誰が…」

「そんな事をしてメリットになるのは…?」

「ストランドフェルド家…?」

「ぐらいですわね」


愛娘の活躍を皆に見てほしい。

そういった気持ちで先走り、話してしまったのが噂に…

という説が一番現実味を帯びている。

が、カリンだけが納得のいかないような顔をしていた。


「どうしましたの?」

「いや…」


マリンが首を傾げれば、カリンが首を横にふる。

その後、ゆっくりとカリンは口を開いた。


「…実は、噂を調査している時…

 喜劇の噂をしていた人たちがいましたの…」

「……誰でしたの?」

「私のお父様でしたわ…

 その時、誰かから喜劇の噂を聞いた…

 という話が聞こえてきて…」


頬に手を当て、記憶を掘り起こすように眉を顰める。


「たしか…イルドワン様…」

「イルドワン様…?」


イルドワンといえば、キーファブッチ家の当主。

厳格な人と聞いていたが、噂程度の喜劇の話なぞ、

広めるような動きをするだろうか。


「…なんのために喜劇の噂をされていたのでしょうか」

「……さぁ…?」


なんとなく、嫌な気配を感じる2人。

しかし、2人は目と目を合わせれば、

誰が合図するわけでもなく同時に頷いた。


「「調べる価値はありそうですわね」」


にぃ、とこれもまた同時に微笑めば、

立ち上がって上着を着た。


向かう先は…男子寮、キーファブッチ・ウィルパーソンの部屋。


「それで、俺の所に来たと」


マリンとカリンは事情を説明し、部屋の中でソファにかけ、

ウィルは対面する椅子に座って、ひじ掛けに頬杖をついていた。


「そうですわ、ウィルパーソン様」

「イルドワン様に喜劇の話をするなら、貴方かと」

「ふむ」


顎に手を当て考える。

あの夜に父が話した計画、それが関係するものだろう。


「少し前、父と話す機会があった。

 その時にはもう、喜劇の存在を知っていたが…

 そもそも俺は喜劇の話を父にはしていなかった」

「「!」」


先に結論を話す。

マリンとカリンは顔に驚愕を浮かべた。

あの時部屋にいたのは、自分と、父と…諜報員の3人。


「恐らく父は、キーファブッチ家の軍部所属の諜報員…

 それすらも動かして、ストランドフェルド家の弱点を探っていた。

 エルも…おそらく重点的にな」

「…まさか…その時に喜劇の存在を」

「それを知って、わざわざ広めるでしょうか…?」


カリンが訝し気に首を傾げる。

ウィルは少し話し辛そうに口を開いた。


「父は、エルとグラーフの喜劇が失敗すると考えている。

 素人芝居なぞ、誰にも受けないと思っているのだろうしな」


この時、裏口入学を重ねて脅しをかける、

という部分はあえて隠した方がいいだろうと

ウィルは考えていた。

マリンとカリンは擁護し、内密にはするだろうが、

人の口に戸は立てられぬ、これはエルのためであった。

ウィルは続けた。

「そして…それを言い分に…婚約破棄を申し出る」

「婚約破棄…!?」

「どうして…!?」

「婚約自体、国王が取り付けたものだ。

 喜劇が失敗し、国王の眼前で婚約破棄をつきつけた後に

 かかされた恥の落とし前をどうつけるのか、脅しをかけるつもりだ」

「…」


二人はイルドワンの計画に閉口してしまった。

その上で、イルドワンが喜劇の噂を流す理由が

なんとなく見えてきてしまった。


「ギャラリーが多い方が…失敗した時の損害が大きい」

「相手は貴族、失態を見せてしまえば…」

「ストランドフェルド家は…終わるだろうな」


終わり、それは地位も名誉もその場で崩れ去る事を指していた。

その時、グラーフでさえも巻き込まれた場合、共に終わるのだろう。


「グラーフ様…」

「私達は一体どうすれば…!」


泣き言を言う二人に対し、鼻息をふん、とウィルは鳴らした。


「簡単なことだ」


その言葉に俯いていたマリンとカリンはウィルの顔を見上げた。

その時、マリンとカリンの目には、少しウィルが笑ったように見えた。


「喜劇を成功させればいい」

「!」


イルドワンを相手にした夜と同じように、堂々と言い放つ。

これまでの話は、喜劇が失敗する前提の話、

しかし成功を収めれば、その話は全て無くなる。


「だが、父も馬鹿ではない。

 恐らくだが、何かしらの妨害を仕掛けてくるだろう」


ただ黙って失敗を待つ、のではなく確実に潰す。

キーファブッチは完全無欠でなければならない、それが家訓だった。

1つでも不安があれば妨害しに来る。

その言葉を聞いて、マリンとカリンは立ち上がる。


「わ、わかりましたわ…!私達が…!」

「私達がエルフォール様、グラーフ様のお二人をお守りします!」


ウィルがその言葉にうん、と頷けば、

マリンとカリンも共に頷く。


「何かわかれば連絡を寄越せ、俺は…俺の出来る事をする」

「ええ、わかりましたわ!」

「ウィルパーソン様、お気をつけて!」


マリンとカリンが部屋から出ていけば、

外はすっかり夜更けとなっていた。


窓から夜空を見上げれば、満月だった月は再び欠け始め、

半月にはもう間もなくといったところだった。


「…父上…一体何を企んでいるのですか…」


その月に雲がかかり始める。

まるで、自分たちの未来に暗雲が立ち込め始めるかのようだった。



いくつかの夜が訪れ、その月が細く弧を描く時、

王城はこれ以上無い程の光で満ちていた。



「さてさて皆さま方、今宵はお集りいただき、

 誠に感謝いたします!」


王城の大広間、中央はダンスホールとしてスペースが広げられており、

最奥には、喜劇に使われる舞台が幕を下ろしている。

大広間の壁際には料理が並べられていた。

そして、その空間にはこの大陸の多くの貴族が集まっていた。


その中央で、王城に努める大臣は大きな声で客人達に呼びかける。


「今宵、皆さまとお会いできた事に心よりの感謝を祝しまして!

 舞踏会と参りましょう!」


大きく手を広げて宣言すれば、音楽が鳴り響き始める。

それと同時に、貴族たちの大きな拍手が響き渡った。


エル、そしてグラーフはお互いに頷いた。

今夜、ここでグラーフの汚名を挽回する。

そして、エルは自分の価値を見せつけ、婚約破棄を回避する。


大きな盛り上がりを見せる舞踏会に、

最奥で玉座に座る国王もウンウンと嬉しそうに頷いた。


今、思惑が重なる舞踏会が、開かれたのである。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


振り返りもかねた回でした。

ようやく舞踏会が始まります。

しかし、ここからも怒涛の展開になりますので

お楽しみください。

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