第13話 エルフォールお嬢様の隠し事…ですわ!


「…はい?」


引き攣った笑みが、エルの表情に浮かんでいた。

何を言っているのか、わからない。

そんな頭を吹き飛ばすように、国王は再び言い放つ。


「じゃから、喜劇の披露を認可したつもりは、ワシは無いぞ」


沈黙、外では鳥がチュンチュンと木の上で鳴いている。


その直後、3人の叫び声が応接室に響き渡った。


「「「ええええええええ!!?」」」


窓からはみ出すような三重奏に、鳥達は大慌てで飛んでいく。

エル、ベロウ、そしてグラーフは国王に泣きつくように縋った。


「ど、どういう事ですの!?国王!約束と違うではありませんか!」

「詳しく説明を!国王様!」

「国王陛下!どういうつもりですか!」


3人に詰め寄られてもほっほっほ、と笑みを浮かべる国王。

「少し落ち着かんか、茶菓子もあるぞ」

「「「落ち着けません!!!」」」


3人仲良くハモりながら詰めるも、国王は呑気に紅茶を一口啜った。

「何か勘違いしとるようじゃが、確かにウィル君にはエルちゃんに会いたいと申した。

 それで、お主達が来たわけじゃな」


ベロウがこくりと、頷いて尋ねる。

「そうです、主催本人が来れば、この喜劇は認可すると」

「言っておらん」


ばっさり、国王は切って捨てる。


「ワシが言ったのは、エルちゃんにこの喜劇の仔細を聞きたいと言ったまで…。

 それを聞いた上で改めて精査する、そのつもりじゃった」

「そ、そんな…」


グラーフが愕然とした表情で国王を見つめる。

エルはといえば、衝撃のあまり半分溶けたような表情だった。

国王はにこ、と微笑めばエルの方を向いた。


「ただ、認可しないとも言っていない」

「!!」


エルは一気に飛び跳ねて国王に再び縋りついた。

「ほほ、本当ですか!?国王様!」

「おぉ、本当じゃ、条件さえクリアすれば、その喜劇を演じる事を認めてやろう」

「やります!私、どんな試練もやり遂げてみせますわ!」

「うむ、良い心意気じゃ、では…」


盛り上がりを見せたのも束の間、

国王が提示した条件に、エルの表情が凍り付いた。


「エルちゃんが隠している事を2人に教えてあげなさい」

「…え」


困惑するエル、思い当たる点など、1つしか無かった。

隣で聞いていたベロウも、エルが隠している事と聞いてすぐに察しては

国王に向かって身を乗り出した。


「国王陛下、それは!」

「おぉ、ベロウ君は知っておったか、ならグラーフちゃんにだけでよいぞ」

「…私に隠している事…?」


グラーフの表情が、不安そうに曇りを見せる。

そしてエルの方はと言うと、滝のような冷や汗を流していた。


「ええと…ですね…グラーフ様…私は…実は…」


慌てながら目があちこちに泳いでいる。

グラーフは、その反応から確信する。


この人は、本当に何かを隠している。


「エルフォール様、私に…話していただけませんか?」


力強い瞳で、エルを見つめる。

自分のためにここまで働いてくれた人なのだから、

どんな秘密であっても、受け入れる。

そのぐらいの覚悟が、今のグラーフに出来ない訳は無かった。


「え、えっと…わ、わかりましたわ…グラーフ様…」


エルは息を吸って、吐く。

口をゆっくりと動かして、話し始める。


「グラーフ様…私実は…しょ…しょj…」

「うん、エルちゃん、それじゃない」


言いながら顔を真っ赤にしていくエルに対して国王が止めに入る。

グラーフの方を見れば、そんなおふざけも気にも留めない、

そのぐらい、真剣な目をしていた。

しかし、エルの方は往生際が悪かった。

次々に違う事を話そうとしては国王が制止する。


「…グラーフ様…私、パクチーが苦手で」

「それでも無いでしょ」

「こ、ここに来る前に街で悪い人達に襲われて…」

「それでも無い、というか何その話、ワシ知らない」

「そ、そういえばウィルに出会った時ですね…」



あからさまに何かを避けようとしているかのように

事あるごとに違う事を話す。

やがて、しびれを切らしたグラーフが叫んだ。


「エルフォール様!」

「!!」


グラーフは、左手を自分の胸にあてた。

心臓の真上、誓いを立てるような仕草を見せながら、

エルの方を真っすぐと見つめた。


「私達は…コンビを組んだ仲です。

 どんな秘密だって、受け入れる覚悟もしております。

 …コンビとして、秘密を共有してくださいませんか…?」

「…グラーフ様…」


エルは、諦めたように俯けば、両手の拳を握りしめた。

決意を固めた姿を心配そうに、ベロウがエルの方を見る。


「お姉ちゃん…」

「大丈夫、私、話せるから…」


こくり、とベロウが頷けば、皆、エルが話し始めるのを待った。


そして、エルは悔しそうに、声を震わせながら話した。


「私…裏口入学で、学院に通っておりますの」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お呼びでしょうか」


ウィルは、自分の父親、イルドワンに呼び出され

キーファブッチ家の父の部屋に足を踏み入れた。


「ウィルか」


イルドワンが振り返れば、冷たい表情でウィルの方を向いた。

何の感情も読めない、冷たく、鉄のような表情。

キーファブッチ家の長男であるウィルも、同じ表情になるまで

ありとあらゆる教育を受けてきた。


それ故か、何故かわかる。

鉄の表情からでも、父の機嫌が。


(…少し、明るい?)


じっと表情を観察すれば、赤の他人からすれば仏頂面にも捉えられそうな表情

しかし、ウィルからすれば少々機嫌が良さそうな表情であった。


「…ご用件は何でしょうか」


警戒しながらも、呼び出した訳を尋ねる。

その時、見逃さなかった。

イルドワンの表情が崩れ、口角の端が持ち上がった。


(…笑った…!?)


ウィルは生まれてから、イルドワンの笑顔なぞ見たことがなかった。

自分に教育する時であっても、食事をする時であっても、

その鉄面が崩れる事は無かった。


その父が、笑っている。

そのまま、イルドワンの口が開かれた。

「単刀直入に言おう、ウィル。

 ストランドフェルド家との婚約を破棄しろ」


「…ッ!?」


婚約破棄。

エルの学力の低さから、国王自ら取り付けた条件である婚約。

それを破棄する。

ウィルは、その目的がわからなかった。


「どういう…事ですか?」

「駒にならない無能は要らん、という事だ」


吐き捨てるようにイルドワンは言い放つ。

ウィルは、さらに困惑し始める。

父の考えている事が、読めないのだ。


「しかし、それは婚約を舞踏会で認め、

 いざという時はエルフォールを人質代わりにする、という計画では…!?」


エルを出汁に、ストランドフェルド家を脅す。

そういう策略の元、飲んだ条件。

ウィルはそういう認識だった。

イルドワンは続ける。


「それは、計画の1つにすぎん、サイドプランがあるのだ」

「サイド…プラン?」


意図が未だに読めない様子のウィルをあざ笑うように、

イルドワンは、そのサイドプランの内容を口に出した。


「ストランドフェルド家をこの国から追い出す」

「ッ!?」


イルドワンは心底嬉しそうに、両手を広げながら語り続ける。


「考えてもみろ、ストランドフェルドの自慢の娘は裏口で学院に通う低能、

 当主は斧を振るしか能の無い痴呆、

 この婚姻も、奴らからしてみれば我々の手を取る他ない一本道でしかなかった」


くつくつ、と笑い、肩を揺らすイルドワン。

今まで見たことがないイルドワンの姿に、困惑し続けるウィル。


(父上が…ここまで笑うなんて…)


「ウィル、貴様には感謝するぞ」

「…?」


突然感謝されれば、眉を顰める。

イルドワンは本当に楽しそうに、笑みを浮かべていた。


「あの披露宴で、ストランドフェルドに大恥をかかせられる

 "舞台"を用意してくれたのだからなぁ!」

「…!!」


そう言うと、部屋の脇から一人の人物が現れた。

ウィルも入った時から気配ぐらいは読めていたが、

影に隠れて顔が見えなかった。

イルドワンの隣に来れば、月光が彼を照らし出す。

それは、ウィルも利用していたキーファブッチ家の諜報員。

ウィルの方に顔を向ければぺこ、と頭を下げた。


「貴様!裏切ったのか!」

「裏切るもなにも、口留めはされておりませんので」


思わずウィルが叫ぶが、諜報員も首を横に振った。

イルドワンは勝ち誇ったようにウィルを見下す。


「父を出し抜こう等思わぬ事だ。

 …素人の喜劇なぞ、当然失敗する」

「何を…考えているのですか」


笑いを堪えながら、イルドワンは机に両手を突く。

そして、わざとらしく演技をするように語り続けた。


「喜劇が失敗すれば、ストランドフェルド家は大変な恥だろうなぁ…!

 "こんな家の娘に大事な一人息子なぞやれん!婚約は破棄だぁ~!"

 "裏口入学で学院に入学する小娘なぞ信用できるかぁ~!"

 …こんな事を言われれば、この国に居場所なぞ到底無いだろうな!」


肩を震わせながら語り続けるイルドワンを、ウィルは眺めるしかなかった。

笑いを堪えるために深呼吸し、イルドワンは息を整え、

サイドプランの最終目的を語った。


「…最終的には、これを引き合いに国王を脅す」

「国王を…!?」


ウィルは思わず、目を見開いた。

父の目的は最初から、国王の座だった。


「この婚姻を決めたのは、国王だ。こちらも先の大戦からの権威があるとはいえ

 "国王"には逆らえない…だから、"被害者"として、脅すのだ。

 責任は、王にある…とな!」


右手を震わせながら、握りこむ。

まるで、それで全てを掌握すると言わんばかりに。


だが、ウィルは…そこまで聞いて、安堵した。

安堵し、同じように肩を震わせ、笑いを堪えていた。


その様子を、イルドワンは見逃さなかった。


「やはり貴様もキーファブッチ家の男…嬉しいだろう、

 国が、国王が…俺たちの言いなりになるんだ!」

「…フフ…違うのですよ、父上…」

「…あ?」


あざ笑うように、笑いを、大きくしていく。

「ハハ…ハハハ!ハッハッハ!」

「どうした、何が可笑しい?」


挑発的な笑いに、普段通りの鉄面へと戻っていくイルドワン。


「だって…父上…喜劇が失敗する前提で、話をするのですから…可笑しくって…!」

「貴様…!」


口元を抑えて笑い続けるウィル。

父の計画には、穴がある。

それは、国王を脅すためには

喜劇の失敗が前提、という事。


「成功した場合は…どうするのです?

 観衆は笑いの渦に包まれ、万雷の拍手が巻き起こる

 それでも、婚約破棄を申し出られますか?」

「…無駄な事を考えるな、ウィル…素人喜劇は必ず失敗する」


先ほどまでの爆笑が嘘かのように、伏せた目を見せるイルドワン。

しかし、ウィルにはわかる。その目は、大きな怒りに満ちている事が。

さらにウィルはあえて挑発するように言って見せた。


「キーファブッチ家は…完全無欠でなくてはならない」

「…!」

「1つ穴があれば、敵はそれを大きく広げるだろう…ですよね」

「ウィル…貴様…!」


鉄面が崩れ、睨みつけるような表情へと変わっていく。

これは、ウィルからの宣戦布告であった。


「穴を見つけたんだ、父上。必ず、大きな穴にしてみせます…では」

「…」


イルドワンは黙ったまま、部屋を出るウィルを見つめていた。

傍にいたままの諜報員が、イルドワンに声をかける。


「一つ、耳に入れたい情報が…」

「なんだ」


声色に怒りを隠したまま、諜報員に耳を傾ける。

耳打ちするように諜報員が話す。

「…!」


その話を聞いた時、イルドワンは頷いた。


「…では…そいつに穴を埋めてもらうとしよう…」


イルドワンは心底嬉しそうにペンを手に取った。


便箋に宛名を書く。

名前は…フリューリング・ヴァイスハイト。

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