第12話 私を舞台へ連れていって!ですわ!

エルが、襲われた。


グラーフとの一件があるとはいえ、

過去の恨みからグラーフが襲われる事はあっても、

エルが襲われる理由は無い。


ストランドフェルド家は武術に長けた家柄。

相手が武器を持っていても、エルなら問題なく対応できたかもしれないが、

万が一、刺されたり、殺されたりでもしたら。


そんな事を考えてみれば、胸が締め付けられる。

なんの為に。


「坊ちゃん、ずいぶんと思い詰めていらっしゃいますね」


ウィルが、キーファブッチ家の自室で思い詰めていれば、

紅茶を持ってきた執事が声をかける。


「…婚約者が襲われたのだ、キーファブッチ家の沽券に関わる事態だろう」

「それにしては、相当な肩の入れようで。駒風情ではなかったので?」


わざとらしく、意地悪な質問をする執事。

ギロ、とその表情を見ればにこり、と執事が微笑みで返してくる。

年の功とやらには敵わない、そんな事を想いながら、

持ってきてもらった紅茶に口をつける。


「羨ましいのだ」

「…はて」


一口飲めば、執事にそんな事を漏らす。

執事はただ、その言葉に首を傾げた。


「自分に好きなものがある、その好きなものに正直になれる。

 それこそ、誰がどこにいようと盲目になる程にな。…それが羨ましいのだ」


そう言い終われば、もう一口、と紅茶を啜ろうとする。

執事はしばらく考えれば、こんな答えを出した。


「要するに、惚れたのですね」

「ブッ!?」


思わず紅茶を噴出した。

テーブルの上が汚れ、執事は嬉しそうに笑いながらテーブルを拭き始めた。


「ほっほっほ」

「…次、同じ事を言えば貴様はいよいよクビだからな」

「お戯れを」


この執事は長い間、自分の身の回りの世話をしてきているが、

度々このようにウィルをからかっては反応を見て遊んでいる。

少しでも、自分も素直になろうと思ったのがバカらしく思えたウィルであった。


(まぁ…嫌いではないな)


誰にも言えぬ本心を心の中に浮かばせては消した。


執事がテーブルを拭き終える頃、

もう一人、部屋の中に入ってきた。


「失礼します」


黒い服に身を包んだ使用人だった。

しかし、その正体はキーファブッチ家専属の諜報員である事を

ウィルは知っていた。


「何か解ったか?」

「我々で調査した所によると、どうやらエルフォール様を襲った集団は…」


ウィルは、エルが襲われた事件を諜報員を動かし、調べさせていた。

そして、諜報員の口から、信じられない言葉が聞こえた。


「…グラックブッチ学院の生徒…?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


かなりまずい状況であった。


頼んだ男子生徒6名、全滅。

変装はしていたらしいが、襲撃する様子をキーファブッチ家の長男

ウィルパーソンに見られたという。


まずい、かなりまずい。


ヴァイスハイトは親指の爪を噛みながら次の策を考えていた。

女子寮の暗い自分の部屋の中にガリ、ガリ、と音が響き渡る。


グラーフに痛い目を見せようと思っていただけなのに、

どうしてこんなにも上手くいかないのか。

なぜ天運はあの娘に味方するのか。


もう舞踏会までの時間は無い。

ウィルパーソンに自分が主犯である事は恐らくバレるだろう。

でも構わない。グラーフに一矢報いる事が出来るのであれば…。


そんな中、廊下に声が聞こえてくる。

「ひぃー!重いですわぁ~!」


ふと耳をすませ聞いてみれば、その声の主はエルフォールである事がわかった。

どうやら、何か重いものを運んでいるようだった。


「お姉ちゃん…さすがにこれはいらないと思うんだけど」


重い物を引きずるような音に交じって、かなり若い男の声が聞こえてくる。

(お姉ちゃん…?)

エルフォールとはずいぶんと親しいという事は

親族な何かだろうか。


「何を言ってるのですかベロウ!せっかく舞踏会で喜劇を披露するのですわ!

 どうせなら全部やらないと気が済みませんことよ!」

「だからといって、こんな大きなバスタブいらないでしょ」


(バスタブ?何をしようというの…?)


重い物を引きずる音は、どうやらバスタブを引きずる音のようだった。

(何故…それを王城に…?喜劇で使うの?)


「いりまくりますわよ!今度こそ、押すなよ!絶対押すなよ!

 を成功させるのですわ!」

「だからもうそれ喜劇じゃないんだって、いいから部屋に戻して、それ」


エルフォールの声が、ぶつくさと文句たれるのが聞こえてくる。

一体何に使うのか謎のまま、バスタブを引きずる音が遠のいていく。

しかし、偶然とはいえ良い情報が手に入った。


「…エルフォール様には…弟がいらっしゃるのですね」


にぃ、と口角が吊り上がる。

姉が無理なら、弟を捕まえればいい。

そうすれば、自然と姉は罠にかかってくれる。


「なら…すぐにでも行動に移すべきですわね」


ヴァイスハイトは、意気揚々と部屋を出ていき、

すぐに、次の計画の準備へと取り掛かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


王城に、3人の男女が訪れた。

エルフォール、グラーフ、ベロウフォール、の3人である。


「いよいよ、ですわね…グラーフ様!」

「いや…まだ演劇の許可を貰う段階ですわよ」

「というか、これ、僕必要?」


ウィルの聞く所によると、喜劇の詳細が知りたい、

あとエルに会いたい、という理由から国王に呼び出されているエル

主演の一人という事でグラーフも共に謁見についてきた。


ちなみにベロウは小道具の運び込み係で連れてこられた。


「…絶対運び込むのまだ早いと思うんだけど」

「大丈夫ですわ!ウィルの言う事を信じれば、

 国王もすでに半分乗り気のようですし!」

「…本当ですの?それ」


疑惑の目を2つばかり浴びながらも謁見の間へと向かっていくエル。

王城の中を進んでいくにつれて、豪華絢爛な装飾が施された室内が広がっていく。

エルの目にはすでにやる気に満ちているが、

他の2人はだんだんと緊張で青ざめていく。


何しろ、今から出会うのはこの国の頂点、国王なのである。

「…」

「…」

何も会話が発生しないまま、黙々と廊下を歩けば、

謁見の間の扉が見えてくる。

目の前に立てば、その扉には巨大な王家の紋章が描かれていた。

グラーフとウィルは緊張をほぐそうと、ただひたすらに深呼吸を繰り返していた。

しかし、それに気にもとめずエルは前へと一歩踏み出していった。


「さて…行きますわよ!」

「え、そんないきなり!?」

「緊張とかなさらないの!?」


兵士が扉を開けば、謁見の間が目の前に飛び込んでくる。

最奥には玉座があり、そこに腰かけている人物は

まごうこと無き、この国の長そのものである。


扉を開けた兵士が大声で謁見の間に声をかける。


「ストランドフェルド家、エルフォール様!ベロウフォール様!

 ウノアール家、グラーフ様が入られます!」


その声を聞けば、国王がわざわざ玉座から降りて

3人に嬉しそうに駆け寄ってきた。


「おぉぉ~!!エルちゃん!よく来てくれた!」

「お久しぶりですわ、国王陛下」


意気揚々とやってくる国王に、スカートの端をつまんでおじぎをする。

ベロウ、グラーフも次いで礼をすれば国王はウンウンと頷いた。


「3人ともよく来てくれた。こんな場所ではもったない。

 茶室でのんびり話でもしようではないか」

「まぁ、うれしいですわ!それでいいですわよね、2人とも!」


エルはにこやかに返事をすれば、振り返って表情を見る。

そこで初めて気が付いた。

二人とも、普段とは比べ物にならない程、

ぎこちないの動きで礼をしている。

国王を前にしてガッチガチに緊張している様子であった。


「…2人とも、どうされたのです?」

「いや…えっと…は、はじめまして…

 こ、国王様…エルフォール家長男…べ、べロウフォールです…」

「ううう、ウノアール家長女…ぐ、ぐ、グラーフですわ…!」


挨拶ですらものすごくぎこちの無い挨拶に対し

国王はほっほっほ、と微笑んだ。


「堅苦しい挨拶は抜きじゃ、ささ!こっちに来い。茶菓子を用意しておる!」


まるで親戚の叔父のような態度で3人に接してくる。

エルは心地よさそうに受け入れているが、

恐れ多い2人はしばらく震えていた。


「ど、どうして…エルフォール様は平気ですの…?」

思わずグラーフは弟であるベロウに声をかけた。


「多分…お笑いの話ってなると、お姉ちゃんは何も怖くなくなるから…」


エルはお笑いに対しては盲目、という事をベロウはよく知っていた。

お笑いの為となれば、相手が婚約者だろうが国王だろうが

緊張よりもお笑いに対する心が勝ってしまうのだ。


「…ある意味、お笑いモンスターですわ」

「本当にそう思う」


二人は呆れながらも、案内する国王についていった。


数分後、応接用の茶室で紅茶を4人はゆっくりと飲みながら会話をしていた。


主に、舞踏会で行われるための喜劇の話を。


エルが説明したのは、この喜劇はグラーフの悪い噂を払拭し、

ウノアール家の信頼を取り戻す為に行われる事。

そのため、滑稽話集に記載された『勘違い喜劇』と

それ以外の短編を2人でやりたい、という事。


「なるほどのぉ…」


国王はソーサーにカップを置けば頷いた。

ちら、とエルの方を見れば冗談ぽく、懇願した。


「…他のにせんかの」

「ダメですわ」


ばっさりと切り捨てられた。

当然である、これをやらねばグラーフの失態を

演劇の練習である、という噂で塗り替える事が出来ない。


「そ、そう言わずにのう…他の!他のならやっても良いから!」

「ダメって言っていますわ!

 それをやらなきゃグラーフ様の噂を払拭できませんもの!」

「友達思いじゃなぁ、立派になったのぅエルちゃん…」


しょんぼりしている国王。

その2人の様子を見て、ベロウとグラーフはガチガチに緊張している。

というかエルの応対に終始冷や冷やしていた。


(え、なんであんな応対できますの?不敬罪とか怖くありませんの?)

(…悪い癖だ…お姉ちゃん、お笑いの事になると制御効かないんだよなぁ…)


頭の中でツッコミを入れながら、冷や汗をかき続ける2人に国王が声をかける。

「冷めてしまうぞ、遠慮せず飲んでくれ」

「「は、はい!」」


言われるがままに飲めば、心安らぐ香り、

温かい紅茶が緊張で凍った体をゆっくりと溶かしてくれる。

「美味しい…」

不意にグラーフが言葉を漏らした。


「そうじゃろう、ワシのお気に入りじゃ」


国王がにこにこ、と微笑みながら頷く。


改めて、グラーフが国王に向き直れば、ぺこ、と頭を下げる。

「改めて、この度の喜劇の開催を認めてくださり、誠にありがとうございます…

 急な申し出で大変ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします」


その様子にエルも同じように頭を下げる、ベロウも慌てて頭を下げて礼をする。


しかし、国王から返ってきた言葉は…。


「ん?ワシは喜劇をやらせるとは一言も言うておらんぞ」

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