第11話 あら、なんで私裸ですの?ですわ!
「人見知りだったエルちゃんが…そうかぁ~…成長したのぉ…」
目を潤ませ、目頭を押さえる国王、
あまりの人情味あふれるしぐさに、違和感を覚えるウィルであった。
(こいつが…国王?)
もはや親戚の叔父にしか思えない相手に対し、
心の中とはいえ、こいつ呼ばわりしてしまうウィル。
「そんなに、人見知りだったのですか?」
「おぉ~、そりゃあもう小さい頃はお喋りなんてできなくてのぉ…」
国王は、懐かしむように昔の話を語り始めた。
先の大戦、終了直後。
活躍した家の当主たちは爵位の献上や報酬の手続き等で
王城に招かれる事が多かった。
その時、エルやウィル等の小さな子供も、共に招かれる事もあった。
未来を担う小さな子供に気をかけるのは王の仕事として、
国王自ら子供たちの相手もしていたそうだ。
「懐かしいのう…ウィル君は昔から仏頂面しとったのをよー覚えておる」
(…幼少の頃の記憶に国王の顔があるはずだ…)
キーファブッチ家の流儀を叩きこまれている最中だった幼少のウィルは
その愛想の無さから同年代の友達が作れなかった。
それでも国王は諦める事なくウィルに構ってやっていた。
ウィルの幼少の頃の記憶に残っていたのは、その記憶であった。
「じゃから、エルちゃんとウィル君が婚姻を結ぶという話になった時、
あの頃をよーく思い出しておったわい」
ホッホッホ、と笑いながら語る国王。
しかし、ウィルは首をかしげながら言った。
「…私とエルは、あの頃、出会った覚えがありませんが」
「まぁそうじゃろうな…エルちゃんはずっと
蔵書庫に引きこもって本を読んでおったからな」
なるほど、とウィルは頷いた。
ウィルは王城にいた頃、父の用事が終わるまで城の外を眺めて過ごしていた。
誰とも遊ぶ事などせず、ただ退屈だと思いながら遠くを眺めていた。
その間、エルはずっと本を読みふけっていたのだ。
出会えていなくて当然だった。
「あの頃のエルちゃんは人との会話が苦手でなぁ…
お喋りの練習で本の読み聞かせとかしてみたのじゃが
どれもこれもハマるものが無くて苦労したのぉ…」
(…ん?)
疑問が浮かぶ。
ウィルは思わず、その疑問を直接口にしていた。
「では…なぜエルは蔵書庫に?」
人見知りだから、本を読みふけっていたというのは聞いた。
しかし、ハマる本が無かったというのに蔵書庫に籠っていた、
というのは矛盾を感じる。
「…1冊だけあったんじゃよ、ハマった本がのぅ」
(あぁ…あの本か)
脳裏に、常に手放さないでいた本を思い浮かべる。
たしか、滑稽話集という名前だったか。
「思い当たる節があるようじゃのう、よい夫婦になりそうじゃな!」
得心がいった様子のウィルの表情を見れば、
またしてもホッホッホ、と笑う国王。
やれやれ、といった具合に首を横に振るウィル。
世間話をここまでにして、ウィルは本題に入ろうとする。
「この度、エルが演じたいという喜劇も、その本からの話が元で…」
「えっ!?」
急に大きな声を出す国王に、ビク、と少しウィルは反応してしまう。
「…どうか、されたので?」
同様を隠しながらも尋ねてみる。
見れば、国王の表情には汗がにじみ出ている。
「……いや、別に…、して、どの話をやるつもりじゃ?あれは短編集の本であろう」
「…たしか、勘違い喜劇…」
「おおぉぉぉぉ…!!」
あからさまに頭を抱えて崩れていく国王。
さすがにただ事ではない。
「国王、どうなされたので?具合が悪いなら…」
「いや、違う…違うのじゃ…」
ふるふると震えながら立ち上がる国王。
その口から、とんでもない言葉が現れた。
「その話を書いたのは…ワシなんじゃ」
「……え?」
ウィルは、思わず困惑を口にしていた。
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「ネタは決まりましたわね…」
「ええ…ほ、本当にこれを…舞踏会でやるのですね…?」
学院内、グラーフの寮部屋にて、
二人はテーブルを挟んで顔を合わせながら頷き合う。
その周辺には、ボツになった案があちこちに書きなぐられ、
紙屑となって部屋中に散らばっていた。
「こうなれば、あとはノリと勢い…ですわ!」
「こ、言葉の意味はわかりませんが、すごい自信ですわね…!」
胸の前で握り拳を作れば、目に炎をメラメラと燃やすエル。
それを見て生唾をごくり、と飲み込み、自身も覚悟を決めるグラーフ。
エルは椅子から立ち上がれば、鞄にネタを書き留めたノートを詰め込んだ。
「こうしてはいられません…私、すぐに小道具の道具を買い揃えて参りますわ」
「!、危険ですわ、もう間もなく日は落ちるというのに!」
窓の外を見れば、日は落ちかけて橙色の光が差し込んでいた。
街まで行って帰る頃には、夜中になることは明白。
この世界でも女性の夜歩き程、危険なものは無い、
しかし、こうなったエルは止まらなかった。
「いいえ、今、勢いがあるのに止まるなんて事はしたくありませんわ…!
すぐに戻りますので~!」
ピューン、と勢いよく街へと飛び出していくエル。
グラーフは、その背中を眺めるしかできなかった。
エルが学院を出てすぐに街までかけていけば、
夜の市場がガヤガヤと賑わいを見せていた。
「すいません、ほしい物があるんですが…」
雑貨屋の店主に話しかければ、気前の良さそうな髭面の店主が笑いかける。
「いらっしゃい!お嬢ちゃん、何が欲しいのかな!?」
「あ、あの…叩けば大きな音が鳴る…ハリセンというものが欲しいのですが…!」
「…は、はりせん?」
聞き覚えの無い物の名前を言われ、困惑する店主。
エルは滑稽話集のページを開き、図入りのハリセンを見せる。
「こういうものなのですが!」
「……えーーっと…」
頭をぽりぽり、とかきながら店主が考える。
しばらくすれば、倉庫に向かい、とある物を持って戻ってきた。
テーブルの上に置けばズンッ、と重みのある音を立てたそれは、
片手剣でいえばサーベル程の長さを持つ
鉄扇と呼ばれる、鉄で出来た扇子があった。
「…こういうのがご所望でいいかな?」
(…そんなもので叩けば死んでしまいますわ!!!)
結局、大きめの厚紙を購入し、自分の部屋で作ることにしたエルであった。
2時間後…。
(すっかり遅くなってしまいましたわ…)
ある程度買い物をし、夜道をひた歩くエル。
持っていた袋は小道具セットでパンパンになり、
華奢な体のエルが持ち運ぶのは、傍から見れば違和感が果てしない。
思わず親切な男が、路地裏に入っていくエルに声をかけるか躊躇った程だ。
その路地裏は、犯罪が多く発生するスラムだと知っていたが、
目の前の女は、気にもせず堂々と突き進んでいく。
まるで、そこに用事があるかと言うように。
それを追いかける影が複数、後をつけて路地裏に入り込んでいく。
その後、絹を裂くような悲鳴が、路地裏から聞こえてきた。
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ウィルは、路地裏にかけていく。
学院に戻る最中、野暮用で買い物をしていた所、
噂話が耳に入った。
女が一人、路地裏に入っていった。
黒髪の美しい、グラックブッチ学院の女子生徒が
街の裏路地に入っていったらしい。
その手には、大きな荷物と本を抱えていたのだとか。
大きな荷物に覚えはないが、本を常に抱えた少女ならば
ウィルには覚えがある。
嫌な予感がしたのだ。
その直後、悲鳴が路地裏の方から聞こえた。
ウィルは躊躇わず、そのまま路地裏に足を向け、駆け出した。
しばらく走れば、男達が6名程、
まるで円陣でも組むかのように
何かを囲って暴れているのに目がいく。
(もしやあれか?)
その男達は何かを叫んで、抵抗しているようにも見えるが、
襲い掛かっているようにも見える。
止めるべきか悩んでいれば、男達の中央から、女の声が聞こえてきた。
「この野郎ですわ!やれるものならやってみろってんですわ!!」
聞き覚えのあるその声は、エルの声そのものであった。
「エル!」
慌てて男達に掴みかかろうとした、その時…。
「どーーーーーーん!!!」
中央で、男達の円陣がはじけ飛んだ。
「ぐぁ!?」
「ぐぇっ!!?」
「ギャーッ?!」
様々な叫び声を上げながら、路地裏に男達が大量に寝そべってしまった。
「エル、大丈夫か!?」
エルの様子を気にすれば、倒れた男達の中央に…
何故か下着姿のエルが佇んでいた。
「エル!!」
「さぁお前たちの実力はこんなものなの!?もっとかかって来んかいですわ!」
慌てて下着姿のエルに駆け寄る。しかし、エルは興奮状態なのか、こちらに気付いていなかった。
裏路地の治安は悪いと聞いていたが、ここまでとは…。
ウィルは思わず、倒れた悪漢どもに奥歯をギリ、と嚙みしめる。
しかし、当のエルは素っ頓狂な言葉を口にした。
「あら、…なんで私、裸ですの?」
(…今そのリアクションなのか?)
なんて声をかけるべきか悩んでいれば、
相手がウィルの方を向き、目と目が合った。
「…って、ウィル!?どうしてこんな所に!?」
(今そのリアクションなのか?)
思わず脳内で同じツッコミを2回してしまい、
スン、と目が伏せてしまう。
「なんというか、心配を跳ね除ける芯の強さだな」
やれやれ、といった具合に首を横に振れば、
着ていた上着を脱ぎ、エルの肩にかけてやる。
「ああ…ええと…これは…」
「今度から路地裏に入るときは、護衛を雇え」
「あぅぅ…ち、違うんですの…」
顔をかぁぁ、と赤らめれば、下着姿をなんとか隠そうと両手で体を包む。
服をかけてやったウィルは
かなり遠慮をして視線を背けていたが
背けていた視線はエルの言葉に誘導されるように
エルの方へと戻っていった。
「これは…私自ら脱ぎましたの」
(…は…?)
遡る事数分前。
買い物を終えたエルは自分を追う謎の影に気付いていた。
それも数人、全員男。
ストランドフェルド家の流儀により鍛えられたエルにとって、
人気の無い場所で動く気配を探知する事等、朝飯前であった。
あえて路地裏に入り、その影の気配を悟れば、敵であると理解した。
「さて、私を追うのは誰ですの?」
荷物をドサ、と落とせば、現れたのは手ぶらの男およそ6人。
(殺意ではない、目的は…誘拐ですわね?)
男達はにやけた表情でこちらに同時に襲いかかろうとする。
それに対してエルは…。
「その…えっと…好機、だと思ってしまいまして…」
恥ずかしそうに自分の両手を合わせ、口元を隠すエル。
(…その状況で好機だと思う奴はお前しかいない)
唖然、とした表情でエルを見つめるウィル。
好機だと思った理由については
未だに理解できていなかった。
エルの話はまだ続いていく。
突撃してきた男達は6名、
しかし、女なぞ襲った事が無いかのようなまるで素人。
か弱い女子一人、力で簡単にねじ伏せられる、
そういう考えで飛び掛かってきていた。
エルはあえて、自分を中心に男達を引き寄せた。
服の襟、ネクタイ、ベルト、それらを掴んで自分を中心に円陣を組ませる
「は?え?」
男達はきょとん、とした様子でエルを見るが、
当のエルはというと自分たちの服を掴んだまましゃがみこんでいる。
抵抗させまいと腕を振るおうとするが、
お互いの体や引っ張られた服が邪魔で腕を振ってもエルには届かない。
「この野郎!かかって来やがれですわ!!」
「…?」「なんだこいつ…?」
しゃがみこんだまま威勢の良いセリフを吐くエル。
男達が互いを見合って、これをどうするかを考えていれば、
突然、エルが自ら服を脱ぎだしたのである。
「ちょっと待て」
ウィルが自分の眉間を片手で抑えて止めに入る。
「ど、どうされました?」
困惑しているウィルに首を傾げるエル。
ちなみに服は説明しながら着なおし、
借りていた上着はウィルに返した。
「…何故脱ぐ」
できるだけデリカシーを保ちながら聞きたかったが、
そもそも相手のデリカシーがゼロの行動を取っていたため、
結果この形の質問になってしまった。
それに対し、エルは床に落ちた滑稽話集を持ち上げれば、
恥ずかしそうに本を指さした。
(それの真似か…)
ウィルは円陣を組むように取り囲んでいた男達が
何かを叫んでいたのを思い出していた。
その時、エルの声が聞こえたから飛び込んでいったが、
男達の声も当然ながら聞こえていた。
なんと言ってたか…。
「こいつなんで脱いでんだ!?」
「抵抗すんな!服着ろ!」
「下着!下着は死守しろ!」
(…下手をすれば全裸だったのか)
早めに止めておくべきだった、と今更ながら後悔するウィルであった。
もし止めるのを速めれば、衣服の1枚ぐらいは防げたかもしれない。
もちろん、魔の手ではなくエルの手から、ではあるが。
ふと、道端で伸びている悪漢に目をやる。
すると、ピク、と腕が動いているのが見えた。
「まずい!」
「へ?」
男達は、合図をしたかのように一斉に飛び起きる。
ウィルは、エルが再び狙われると察すれば
エルの前に両手を広げて盾になろうとした。
しかし、男達は予想に反し、踵を返して一斉に逃げ出した。
「覚えてろよ!この痴女野郎~!」
「怪力女!!」
「バーカバーカ!!」
大層頭の悪い捨て台詞を吐きながら。
「…な、なんでしたの…」
「…どうやら、傷つける目的ではなかったようだな」
唖然、としながら去っていく悪漢達を眺める。
ウィルも、やれやれといった具合に溜息を吐き、両手を下ろす。
「あ、あの…ありがとうございます、守っていただいて…」
「…婚約者を守るのは男として当然な事だ」
言いながらウィルがエルに対して向き直れば、
ふと、思い出したように話しかける。
「エル、話がある」
「は、はい!?」
(ま、まさか…、結婚破棄…!?)
嫌な予感が頭を過る。
悪漢6人に自分ひとりで応対し
あまつさえ服まで脱いでしまったのだ。
ありえない話ではない。
「実は…」
「ま、待ってくださいまし!」
「…?」
エルが両手を目の前で振って制止する。
「その、確かに私はさっきみたいに…粗相をする事もあります…!
しかし、いつかは、ウィルの役に立てる立派な淑女となって
必ずお役に立ちます…ですから!その~…!」
婚約破棄はお考え直しいただけませんか、と言おうとした所で
ウィルの言葉が割って入る。
「…俺はただ、国王に舞踏会の喜劇を"断られた"と伝えようとしただけだが?」
「あぁ、なんだ、それでしたの…えっ!?」
思わず二度見する。
わなわなと震えて、ウィルの服の襟をつかむ。
「こここ、断られたとは、いったいどういう事ですの…!?」
「まぁ聞け、そこまで深刻ではない」
ウィルは狼狽えているエルを眺めたまま話しだす。
国王に舞踏会で喜劇をエルが行いたいと願い出た所、意外な返事が返ってきた。
「孫娘のようなエルちゃんが立派に育ったのは感激じゃ、だが、喜劇の公演については断る」
「…何故です?」
「何故、とは心外だ。どこの世界に公演の主催でない者が喜劇の断りを入れ、
それを甘んじて認可する者がおろうか?」
「…!」
がらり、と雰囲気が変わり、その目は国王たる所以が見えるかのような眼光が光っていた。
いたって普通の話し方だが、口調の裏には気圧されそうな程の威圧感が籠っている。
思わず謝りたくなる程の覇気、しかし直後、それは吹き飛んでいった。
「というのは建前で、エルちゃんにも久しぶりに会いたいからなんじゃよな!」
(………なんだそれ)
心の奥底でずっこけそうになるのを堪えながら、
国王からの伝言をしかと賜ったウィルであった。
「というわけで、久しぶりに会いたいというのと、
喜劇の仔細を聞きたいから、王城に早急に来い。
来ればすぐに取り次いでくれるそうだ」
「…わ、わかりましたわ…」
話を聞けば意外にファンキーな国王だと感じるエルであった。
幼少の頃、会った時もそのような雰囲気だったか…。
ウィルは伝えたい事が伝え終われば、頷いてエルの瞳を見つめる。
その表情に、エルは先ほど見られた裸を思い出してはドキ、と心臓を跳ねさせる。
「明日、お前を襲った犯人を調べる、お前も何かわかればすぐに教えてくれ」
「わ、わかりましたわ…」
高鳴る鼓動を隠すように胸に手をやり、下を向いてしまう。
ウィルは気にせず、そういえば、と思い出しては聞いてみる。
「それで、先ほど俺に何を…」
「あ!あーあー!気にしないでくださいまし!私の勘違いでございましたので!」
「…?」
ウィルは首を傾げながら、止められるがままに尋ねるのを止めた。
その後、夜も更けてきたため、ウィルはエルを寮まで送り届けた後、
自分の部屋へと戻っていった。
エルはその晩、寮の中でベッドに潜りながら悶々としていた。
「裸…見られてしまいましたわ…」
完全に自業自得ではあるが、思い出しては顔をぷしゅぅ、と赤く沸騰させていた。
(はっ!でも、これを言い訳に、婚約破棄を断る事ができるのでは…!?
私の裸まで見ておいて、婚約破棄なんて男らしくなくってよ!
これで決まり…ですわね!)
怪我の功名、と本人の中では思っているが、
その場合、完全な言いがかりである事には、本人は気付いていなかった。
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