第9話 欠けた未熟な満月…ですわ!
遠い星々、きらめく夜空。
大きな月がこちらを照らしている。
今夜は満月だったか。
なんと大きなことか。
そういえば、俺がエルフォールの家に行った時は、
欠けた未熟な月だったか。
もはやそれも懐かしい…。
「現実逃避してないでウィルパーソン様も何かおっしゃってください!」
見てみれば、冷たい地面の上に両ひざを着く形で座らされたエルの姿が見える。
ウィルはあまりの驚きに、思わず夜空に見とれてしまっていたようだった。
このエルフォールという女は、ウィルパーソンの婚約者にして
喜劇の台本を書きながら舞台を用意していない愚か者である。
「申し訳ございません…私は舞台を用意していなかった愚か者ですわ…」
ウィルが脳内で思った事とほとんど同じ反省文を口にしながら、
エルは正座のまま項垂れていた。
はぁ、と溜息をつきながら、ウィルは提案する。
「…舞台については、俺に心当たりがある」
その様子におずおずとしながらエルが首をかしげる。
「一体、どこなのでしょうか…?」
「うむ、王家主催の舞踏会だ」
「ぶっ…!?」
シレッととんでもない舞台が提示され、
思わずたじろぐ。
そういえば、キーファブッチは長い間国王を支えている名家でした。
そんな事をエルは考えていれば、さらに衝撃な一言が飛んできた。
「貴様の家、ストランドフェルド家にも招待状が届いているはずだ」
「そ、そうですの!?」
「ちなみにそこで俺とエルフォールの婚約も発表される予定だ」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!?」
そういえば、私も国王の一存で爵位を得た家の長女でした。
というか、婚約発表される現場で、何故初舞台を披露しなければならないのか。
「そこでならば、ウノアール家と取り引きをしている家も多いだろう。
勘違いを解く喜劇を見せるには、うってつけの舞台だろう」
「だからといって!!国王に!!アレを見せさせるおつもりですか!!?」
衝撃の事実にグラーフが置いてけぼりになっているのもつかの間、
エルは膝立ちでウィルの傍に近寄れば懇願した。
「ウィ、ウィルパーソン様ぁ!もう少し!お慈悲を!
もうちょっとハードルが低い舞台を!」
「ウィルパーソン様、私からもお願いです!どうか、もう少し!段階というものを!」
二人揃って懇願するが、ウィルはいつもの冷たい表情に戻り、突き放すように言い放った。
「…いや、ウノアール家と取引が多い家が集まる舞台が一番良いだろう」
「「それはそうですが!!」」
あっけなく撃沈した二人の思いは、遠い夜空の闇がゆっくりと吸い上げていった。
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作戦会議は無事(?)に終了し、その日は解散する事となった。
エルとグラーフは、改めて後日よりネタ合わせをする約束をし、お互いに寮に戻ろうとした。
その時だった。
「エルフォール」
ウィルが去ろうとするエルに声をかける。
「は、はい!?」
思わず声が裏返りそうになるのを抑え、振り返る。
ウィルはいつもの冷徹そうな表情のまま、エルに近寄っていく。
「少し話さないか?」
「え、えと…いいですわ…よ…?」
少し恥ずかしそうにエルが首をすぼめる。
ウィルは、相変わらずな口調でエルに質問した。
「何故、ウノアール家を助けようと思った…?」
「え…?」
ウィルにとって、知人や友人は手駒である。
そういう風に、キーファブッチ家の中では教わった。
そんな彼にとって、誰かを助ける、というのは
恩を売り、自分のために後々動かすための仕掛けという認識だった。
しかし、エルの今回の場合に関しては…
「お前が望めば、ウノアール家なぞ丸ごと好きに出来たものを」
「!」
そう、先に弱みを見せたのはグラーフである。
その弱みに付け込めば、知略の巡らせ方によっては
ウノアール家を手駒として好きなように利用はできる。
しかし、エルはそれを望まなかった。
(まぁ、望んだとしてもこのアホ娘には不可能だろうが…。)
蔑むような眼をしてエルを見つめる。
エルは戸惑いながらも、ゆっくりと話しはじめる。
「えっと…友達…ですからね」
「…友達というのは、家名を袈裟に着て威張るような奴を差すのか?」
「……そういう言い方、好きではありません」
「事実だ」
一蹴するように吐き捨てる。
ウィルから見てエルは、ある程度は予想していたが、
自惚れた世間知らずの娘である事はまず間違いない。
ただ、少し奇行が目立つだけ。
戸惑いながらも、エルは反論する。
「確かに…最初出会った時は困惑しましたし…なんだか変な人とは思いましたわ。
ですが、そこからの勘違いした結果、お笑いコンビになる所までなりました」
「このような事が再び起こらんとも限らんぞ?」
茶化すように、鼻で笑う。
だけど、エルはそれに対し、微笑みで返した。
「大丈夫ですわ、反省もしておるようですし…それに、これがきっかけで、
ウィルパーソン様ともこうやってお話できましたわ」
「!」
そういえば、と思い返す。
確かに、まともに対話をするのはこれが初めてか。
なんやかんや奇行に巻き込まれては、会話をする前に離れていく。
そんなことを繰り返していたため、話をするのはこれが初めてではあった。
「お前が逃げたり、奇行に走ったりしなければ話す機会はあったろうな」
「いいではありませんか、好きなんですもの、お笑いが!」
自慢げに持っている本を突き出すエル。
その様子に、ウィルは思わず笑いがこみ上げた。
「…フフ」
「あー!今笑いましたわね!こちとら本気なのですわよ!」
ポンポン、と本を持っている手とは違う手でウィルの肩を叩く。
「本当、ウィルパーソン様はいじわるですわね」
「…ウィルだ」
「…?」
月夜、夜風が吹く中、エルの顔を見つめる。
「いつまでたってもウィルパーソン様じゃ恰好がつかん。
婚約者なのだ、ウィルでいい」
「…!」
目を輝かせながらエルが近づいて、顔を見上げる。
「…ウィル様!では、私の事はエルフォールなので…エルと呼んでくださいませ!」
「……エル」
「なんでしょうか!?ウィル様!」
相変わらずな様子に戻れば、やれやれといった具合にウィルはため息をついた。
夜はもう遅い。エルを寮まで送り届ければ、校門へと足を進めた。
外には、キーファブッチの紋章が描かれた馬車が停まっていた。
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ノックを2回。
部屋の中にいる人物は、扉の向こうにいる相手に声をかける。
「入れ」
ウィルはドアノブを捻り、ゆっくりと開ける。
ウィルが入ってきたのをわかっていたかのように、
部屋の中の人物、キーファブッチ・イルドワンは
背中越しにウィルに声をかける。
「ストランドフェルド家の件は殊勝か?」
「はい、もちろんです」
見えていないだろうが、おじぎをするウィル。
返事を聞けば嬉しそうに窓の外を眺めるイルドワン、
夜空には満月が大きく輝いていた。
「…ならばいい、私のデスクに舞踏会の招待状がある。適当に持っていけ」
「…」
ウィルはイルドワンの机の上にあった封筒を見つけ、手に取る。
封蝋には、王家の紋章が施されていた。
王家主催の舞踏会の招待状である。
イルドワンは、満月を抱きしめんとするかのように両手を広げ、
恍惚な口調で語る。
「これでキーファブッチ家の力は確固たるものとなる…
誰にも、私を止める事は出来んだろうな…」
肩を揺らし、くつくつと笑うイルドワン、
ウィルは、冷ややかな目でそれを見ていた。
「ウィル」
「…なんでしょう」
ふと声をかけられ、少し背筋を凍らせる。
ウィルは、父に対して普段から恐怖を感じているのだ。
それをイルドワンに知られているか否かは、
本人も定かではない。
イルドワンはくるり、と振り返ればウィルの表情を眺めながら口を開く。
「ウノアール家を知っているな?」
「!」
(あの噂の件か)
脳裏で今日学院で起こった事を思い起こす。
さて、どう答えたものか…。
まさか噂は本当で、払拭するためにと考えられた漫才を見せられました…
とは言いづらい。
「はい、存じ上げております」
「ならば、ウノアール家の長女が、
ストランドフェルド家の長女に粗相をした、というのも…」
「噂程度ではございますが…」
嘘をついた。
実際には二人に事の真相を確かめにまで行った。
ただ、あえてイルドワンには、舞踏会で起こる喜劇を黙っておこう。
もし話せば、汚点となるような事はさせるなと言われるのは明白だったから。
「…ふぅ」
イルドワンは一つ溜息をつけば、ゆっくりとウィルに近づいていく。
「…?」
不意に近づくイルドワンに恐怖と疑問を抱けば、
突然、イルドワンに首を掴まれ壁に押し付けられた。
ガンッ!
「!!?」
「何故それを知った上で放置している!!?」
その形相は暗く見えないが、かすかな月明りに照らされれば、
額に血管が浮き出る程怒りに満ちていた。
「キーファブッチは完全無欠でなければならん!
一つたりとも弱点を残すな!もしこれが仮に事実だとしろ、
婚約者の名誉を顧慮しなかったと反論の余地を与える事になるんだぞ!」
「ガッ!?グゥッ!?」
じたばたと暴れて首輪の手から逃れようとするが、
その力は強く、到底逃れられそうもなかった。
しばらくすれば、イルドワンは掴んだ首を投げ捨てるように床に向けて引いた。
ウィルは成す術なく、体もろとも床に放り棄てられた。
「ぐふっ…!」
「…明日は学院で即座に確認しろ。噂の出処もだ。
ただの噂と高をくくり、その結果尾ひれがついてしまえば、
誰にも止められなくなる…」
ギロ、と床に突っ伏したウィルを、イルドワンが睨みつければ、
扉のドアノブに手をかけた。
「そうなる前に、対処する必要がある。私の期待を裏切るなよ、ウィル」
キィ…バンッ
ドアを開ければ部屋を出ていったイルドワンは、
忠告するように、強くドアを閉めていった。
「…クソ…」
首を確認すれば、ウィルの首筋には指の跡が触れてわかるほど窪んでいた。
息を乱し、首を絞められた時に落とした招待状を拾い上げる。
ウィルは、父が怖かった。
キーファブッチ家の当主となってから、さらに上の地位を目指し、
先の大戦の時は多くの死を厭わなかった。
その戦い方は、卑劣、残虐。
弱点を見せない、完全無欠。
頂点を目指すため、完全無欠を目指す、冷血な男。
キーファブッチ・イルドワン
その息子、キーファブッチ・ウィルパーソン、
自分にも、キーファブッチの血が流れている。
…あの冷血な男の血が…。
父は、自分も同じような考えをさせるように、
教育を繰り返していた。
それがキーファブッチ流だと言わんばかりに、
感情を殺し、キーファブッチの名を上げるように、教育された。
「…」
だけど、感情は捨てきれなかった。
家のため、父のため、自分のため、
学院では冷血漢を貫いてはいる。
それでも、感情はある、
今日だって、エルとグラーフの手助けを約束してしまった。
彼女との他愛ない会話に、つい笑みをこぼしてしまったのだ。
感情を捨てきれない、欠けた未熟な満月。
それが、キーファブッチ・ウィルパーソン。
「…もはや、それで構わん」
にぃ、と口角をわざとらしく、持ち上げる。
「俺は笑うぞ、父上」
笑う、それは父から一番初めに禁止された行為。
それを破るという意味は、父に歯向かうということ。
手に取った封筒から、王家の紋章が施された封蝋をはがす。
満月に封蝋を重ねれば、月は、口角の上がったような口の形になった。
まるで、今の自分の口のように。
「…楽しみにしてるぞ、エル」
ウィルは自室に戻り、手紙をしたためた。
宛先には、国王の名が刻まれていた。
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