第8話 貴族の方、貴族の方、ひとつ飛ばして貴族の方!ですわ!

「お笑いコンビを組むだと…?」


そもそも聞き馴染みの無い言葉に、ウィルはただただ困惑していた。

しかし二人の眼差しを見れば、それは真剣そのものであった。


「はい…そもそもこの噂が流れてしまったのは、

 私の対応に不手際があったというもの

 私にも、責任を取る必要というものがあると考えていますわ」

「…それはまぁ、納得はする。しかし、お笑いコンビとは…なんだ?」


思わず本音とほぼ等しい疑問を口から漏らしてしまった。

それを聞いたエルはグラーフに近寄り、手を取って立ち上がらせた。

困惑しながらも、グラーフは立ち上がり、隣に立つ。

(エルフォール様、一体、何をなさるつもりで…?)


ちら、とエルの表情を見てみるが、その表情には自信がなぜかあふれていた。

そして、グラーフにとって信じ難いセリフが飛び出した。


「実際に見てもらった方が早いですわ!」

「えーっ!!?」


グラーフの汗が絶叫と共に滝のように流れ始める。

誰かに助けを求めたかったが、悲しい事にエルは完全にやるつもりである上、

ウィルも「ほぅ」と顎に手を当て見るつもりでもある。

救いはない。一縷の望みをかけてエルに尋ねてみる。


(ほ、本当にやるつもりですの!?アレを!?)

(やりますわ、これで納得してもらわなければ、

 私も貴女も学院生活が危ういのですわよ!)


小声でこそこそと話をすれば、グラーフはあきらめたように俯き、

エルと距離を開けるように半歩下がる。


グラーフと同様にエルも半歩下がった後、二人は拍手をしながら、

元の位置に戻るように距離を詰めた。


「「はいど~も~ですわ~!!」」


エルとグラーフの表情はそれはにこやかで

まるで存在しない架空の客席に向かって舞台上で挨拶をするかのように

何度も会釈を繰り返していた。


その時、ウィルは青ざめた。

(…この感触、何かデジャヴを感じる)

例えるなら、ウィルが単身、エルの家に挨拶に向かった際、

見せられたあの光景。


そんな悪寒をつゆ知らず、エルは言葉を切り出していった。

「いやぁ~今日もお客様がいっぱいでうれしいですわぁ~!」

「本当ですわねぇ~!」


グラーフもついていくかのように、声のキーをワントーン上げて話していく。

その様子に、違和感を感じながらもウィルはただ二人の様子を眺めていた。


(…客は俺一人では…?)


ウィルをもはや置いてけぼりにするかのように、

二人のテンポの良い会話は、とんとんと続いていった。


「見るからに貴族達がいっぱいですわねぇ~!」

「まぁ、貴族の学校ですからあたり前ですわぁ!」

「もうこちらのお客様から…貴族の方!貴族の方!ひとつ飛ばして貴族の方!」

「ちょっと何をおっしゃるの!」


エルが話しながら、上手の方から客を手差しする動作をする。

偶然か狙ったかは定かではないが、ウィルはひとつ飛ばされた客となってしまった。

グラーフはわざとらしく、エルに食って掛かる。


「ひとつ飛ばしてしまったら

 あのお方が貴族でないみたいになるではありませんか!」

「あらぁ、そうなりますかぁ?」

「ちゃんと謝ってくださいまし!」


テンポの良い会話が再開すれば、突然エルフォールが両手をXの字に交差して叫ぶ。


「ごめんなストランドフェルド!」


それに対し、グラーフは手の甲をエルの胸にポン、と叩くように置けば、


「もういいですわ!」


その言葉が合図のように、二人は同時に頭を下げる。


「「どうも、ありがとうございました~!」」


しばらく頭を下げ続ければ、ウィルの反応が気になり、二人同時に顔を上げる。

そこには、表情の冷めきったウィルの姿があった。


(あれ~!!?これ、どこかで見たような光景ですわぁ~!!?)


そう…あれはウィルが単身、エルの家に挨拶に向かった際…。


奇しくもあの日と同じ状態になってしまえば、エルはだらだらと汗をかき始める。

グラーフも、ウィルの反応を見れば同様に危機を感じ取り、冷や汗が頬を伝った。


「…はぁ…」

ウィルがぽつり、と溜息をつけば、ビクゥ、と二人の体が跳ねる。

(まずい、怒られる)

エルが先に察すれば、申し訳なさそうに頭を下げようとした…

しかし、ウィルの言葉にそれを遮られた。

「それを、客を集め、それらの前でやろうと言うのだな?」

「えっ」


開口一番、それはどういうつもりだ、と言われるつもりだったエルは驚いた。

「そ、そうです!私達はこれを見せる事で、

 二人は仲が良くて、噂は所詮噂であるとアピールして…」


焦りながらも解説するエル、ウィルは再び溜息をつけば、

エルの言葉を遮った。


「ならば、立場を変えた方がいい」

「「へ?」」


立場?


二人の頭に同時に疑問符が沸く。

そんな二人を見ながらもウィルは続けた。


「見たところ、愚か者と正す者で行う芝居…みたいなものなのだろう?」

「!」


エルとグラーフが行った芝居、つまり漫才というものは

ボケとツッコミで行う笑いを生み出す演芸。


もちろんウィルは漫才というものを知らないが、

愚か者がボケ、正す者がツッコミ、という事を見抜いた。


(ウィルパーソン様が、今ので"ボケ"と"ツッコミ"を理解してくれた!?)


以前、鉄面野郎だの朴念仁だの言われていた、冷徹そうなウィルパーソンが

お笑いに理解を示してくれている…。

信じられない光景に、エルは目をぱちくりと瞬かせた。

それに気にも留めず、ウィルは続ける。


「であるならば、グラーフが愚か者、エルフォールが正す者の方が良いだろう。

 今流れている噂は、グラーフ自身の失態なのだからな、

 事前情報も無しに今のを見せられるとなると、

 逆の方が多少なりとも受け入れやすいだろう」


顎に手を当て、考えながらスラスラと続けるウィル。

エルは、正直付け焼刃、半ばやけくそで漫才を披露したのだが、

真面目に解説や改善案を述べられると、変な所がくすぐったくなってきていた。

(な、なんだか恥ずかしいですわね…これ…)


しゅぅぅ、とだんだんとエルの顔が赤くなっていった。


「それとエルフォール、貴様に一番言わなければならない場面があった」

「は、ひゃい!?」


思わず声が裏返る。

背筋が一気に伸び切り、指先にまで力が入った気を付けをしてしまった。


「最後のアレ、アレだけはやめておけ」

「アレ…ですか?」


エルが恐る恐る、胸の前で腕を交差し、Xの形にする。


「それだ」


ウィルはその腕を指さして頷いた。


「貴族というものは、名前が全てといっても過言ではない。

 ましてやストランドフェルドという名は、貴様の父上の偉業によって成り上がった名、

 そのような名の使い方は 貴様の父に対して泥を塗るような行いではないか?」

「!」


エルは、自分の甘さを指摘された。

過去何度もグラーフやその取り巻きの名を遊んでは

ツッコミをもらおうと無礼を働いていた。

だから、その償いも込めたオチに向けての一発ギャグでもあった。


しかし、ウィルに指摘され、気付いた。

そのギャグだけが一人歩きしてしまい、父を揶揄されれば…

今のグラーフのようになってしまい、

自分では、責任を負いきれないだろう。


「も、申し訳ございません…ご忠告、痛み入りますわ…」


深々を頭を下げる。

このネタは封印しよう、そう心に決めながら。

そこに、グラーフが思わず割って入る。


「…お言葉ですが、立場を入れ替えるなら、アレを使う所はもう無くなるのでは?」

「あ」


下げた頭が一気に持ち上がる。

グラーフの方を見れば、呆れた様子で二人を見ていた。

そして、前から疑問に思っていた事を、グラーフはついに口にする。


「というか…これを披露する前提で話が進んでおりませんこと?」

「何をおっしゃるのですか!」


とんでもない事を口走るグラーフにエルは思わず肩を掴んだ。

「披露する前提で話が進んで当然でしょう!なんのためにここまで練習を!」


掴んだままガタガタと揺らす。

泣いたり恐怖に怯えたり忙しい1日を過ごしていたグラーフは

もはや抵抗する元気はなく、ただ揺らされるがままだった。

しかし、口を動かす元気だけは残っていた。


「だ、だって…ウィルパーソン様くすりとも笑ってませんし…

 それに下手を打てば…悪い噂が増えるだけでは…」

「それについては、俺が提案しよう」

「?」


エルは揺らす腕を止めてウィルの方を向く。

グラーフもつられて、ウィルの方を向けば、

ウィルは片手で人差し指を立てて話し始める。


「要はお前の不祥事が、この喜劇の一部だと思わせればいいのだろう」

「…ど、どういう事ですの…?」


エルはごくり、と生唾を飲んだ。

ウィルは表情を一つも崩す事は無かったが、少し楽しそうな口調で提案した。


「もう一度同じ事を舞台の上でやればいい」

「は!?」「あ!!」


事の発端となった、あの出来事を、再び舞台の上で。

わなわなと思い出したくない事を思い出しながら、

グラーフは震える口を動かして尋ねる。


「しかし、それでは同じ事では…!?」


同じ失態を繰り返して見せれば、結局は同じ噂が広まり、

結局、ウノアール家の事業に支障が出る。


絶望の未来を想像しては頭を抱えるグラーフを他所に、

エルだけは、ウィルの言葉を理解していた。


「…舞台の上では、全てがフィクション」


その通りと言わんばかりにウィルがエルを指さす。

そのままウィルは続きを話し始めた。


「噂の発端は、この喜劇の練習風景を見ていた人間の勘違いによるもの。

 ウノアール家の長女がストランドフェルド家に歯向かった事実は無い。

 というアピールを、その舞台で行えば…」

「そ、それなら、私の家は助かるのですね…!」


絶望から一転、希望の兆しが見えれば、

グラーフは両手を組んで祈るように喜んだ。


「なるほど…確かにそれは名案ですね…」


エルも納得が行ったように、顎に手を当ててこくりと頷いた。

しかし、疑問が1点残る。

エルは純粋な瞳をしながら、ウィルに尋ねた。


「それで…その喜劇はどの舞台で行うのでしょうか」

「「…は?」」


喜んだのもつかの間、大事な事を思い出したかのようにエルが話す。

しかし、二人は聞いた瞬間、素っ頓狂な声を漏らす。

そして、グラーフは、恐る恐る、ゆっくりと、エルに尋ねてみた。



「…もしかして…披露する場所を考えていなかったのですの!?」

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