第7話 結成!お笑いコンビですわ!

「というわけで作戦会議、およびネタ会議ですわ!!」


エルが学院の裏庭庭園、備え付けの椅子に腰かけながら宣言する。

グラーフはこくり、と頷きながら、エルの隣に腰かける。


真剣な眼差し、互いに燃える闘志を瞳の奥に宿しながら頷きあった。


「私は、ウノーアル家の信頼を取り戻すため…」

「私は婚約破棄を回避するため…」


互いの目標をしっかりと確認した後、二人同時にウン、と頷いた。


まず切り出したのはエルだった。

「コンビを組むとは申しましたが、

 皆さまのグラーフ様の1件の誤解を解く事がまずは一番だと思いますわ」


きっかけは、グラーフが最初にエルに突っかかった所である。

あの場にいた全員は、グラーフが家名を掲げて突っ込んだ所、

ストランドフェルド家という大きな家に返り討ちに遭う、

という場面を目撃している。


もちろんエル当人は、ネタとして消化したつもりであったが、

周囲で見ていたほかの生徒からしてみれば、お笑いとしてでなく

グラーフの失態としか見えなかった。


その結果、昨日グラーフの寮部屋に

フリューリング家がウノアール家との契約を解除する宣言までも

飛び込む結果となってしまった。


「これ以上被害を増やす前に、皆さまの誤解を解くべきです…!」

ふんす、とやる気を見せるエル、しかしグラーフは冷静だった。


「いいや、それは無駄ですわ…」

「え?」


目を閉じて首を横に振るグラーフ。


「契約を切る判断をするのは、学生でなく、その親なのですわ」

「!」


すなわち、今学院内で広がっている噂を解消しても、

大人達の間でウノアール家の噂が広まっている場合、

ウノアール家の信頼は落ち続ける可能性がある。

グラーフは、学院の中にある噂ではなく、

大人達の中にある噂を先に排除する必要がある。

そう説明した。


「な、なら、グラーフ様のお父様から直接…!」

「悪い噂の根源であるウノアール家が言っても、言い訳にしか聞こえませんわ」

「あぅ…なら、私が直接!」

「そう、ところであの場にいた生徒は誰がどのぐらいいたかご存じで?」

「えーっと…」


一生懸命思い出そうとするエルであるが、

どう考えても思い出せない…というか、知らない人間の方が多すぎる。

誰がいたかもわからないまま、その親に直接誤解を解きに行くというのは

エルの頭でも、無謀という事がわかる。


完全に詰みである。


最初の勢いはどこへやら、二人の間に重い空気が入る。

そんな中、聞き覚えのある二人の声が、空気を割って入ってきた。


「あらあら、エル様にしてはグラーフ様を前にして暗い雰囲気ですわね」

「ほんと、つい先日まで、顔見た瞬間に猛牛のように駆けてきたというのに」


その姿は、グラーフの取り巻きである二人組…

「あ!他人様と砂金様!」

「「「マリンとカリンですわ!!」」」


仲良く3人のツッコミが入れば、嬉しそうににやけるエルであった。


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「…その話は本当か?」


学院の階段踊り場、放課後になればそこに人影はほとんどない。


そんな場所で、とある男女が語り合っている。


もっとも、内容は恋愛だとか、

学生らしい和気あいあいとしたものではなく、

暗い雰囲気の噂話。


「ええ、本当ですわ、私、この目で見ましたもの…」


長身で、短髪の日焼けした肌を持つ女子生徒、

フリューリング・ヴァイスハイトは目の前の男子生徒と話す。


「あんなご息女を持っているなんて、ウノアール家はとんだ災難ですわぁ…」


ねっとりと弄ぶような言葉遣いで話し続ける。

相手の表情を見れば、さらに嬉しそうに目を細めた。


「あらら、さすがの貴方も、そんな表情をなさるのですねぇ…」


話しながらヴァイスハイトはくすくすと笑っていた。

目の前の男子生徒は踵を返せば、階段を降りていく。

途中で立ち止まれば、背中を向けたままヴァイスハイトに話す。


「情報については礼を言う。ただ、俺に二度とその気色の悪い話し方をするな」


ドスの聞いた低い声で釘を刺すように言い放てば、再び階段を降り始める。


完全に降り切ったのを確認すれば、ヴァイスハイトはくすくすと笑い続けた。

「あらあら…失礼しましたわ、ウィルパーソン様!」


ウィルの背中に対して声をかけるが、

ウィルは無視してその場を去っていった。

「あのようなお人でも…婚約者がいじめられたと知れば…」


ヴァイスハイトは、にぃ、と口角が上がるのを抑えきれなかった。


「あんな表情もするのですねぇ…!」


狡猾な笑い声が、階段の中を響き渡った。


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「なるほど…そんな事がありましたのね」

「私達、何のお役にも立てず、申し訳ございません…」


マリンとカリンがグラーフに頭を下げる。

「いいのよ、元はといえば私が相手を見極めずに突っかかったのが悪いのですし…

 それに、二人のお家にもご迷惑を…」


その言葉を聞けば、マリンとカリンも頭を上げる。


「これしきの事で、揺らぐ忠誠ではございませんわ」

「ウノアール家に助けられた御恩、まだ返しきれたとは思っていませんわ」


二人の笑顔が、眩しくグラーフに向けられる。

グラーフは、嬉しそうに涙を零し始める。

「…ありがとう…」


それを見ながらエルも、なんだか心が温かくなるのを感じていた。

「仲が大変よろしいのですね…」

「ええ、最高の友達よ」


グラーフにそう言われ、マリンとカリンは、二人揃って頬を赤らめた。

グラーフは涙を拭き、椅子から降りて立ち上がる。


「泣いてばっかりもいられないわ…マリン!カリン!」

「「はい!」」


いつもの調子を取り戻したグラーフ、二人の返事にも力が入る。


「二人には悪いけど、大人達が何か噂話で私達の話をしていれば、すぐに報告してちょうだい」

「わかりましたわ、グラーフ様」

「私達のご両親にも、話をしておきますわ」


そう話せばマリンとカリンは会釈し、その場を去っていく。

二人の頼もしそうな背中に、エルは心の中でエールを送っていた。

(がんばってくださいまし、二人とも…!私も…がんばります!)


ぐ、と胸の前で拳を握って決意を抱けば、

結局途中で止まっていた作戦会議の続きをしようとグラーフの方を向いた。


「グラーフ様、…どうされました?」

「あ…あ…」


真正面を向きながら顔を強張らせているグラーフ、

それに気づいて、グラーフの向いている方角に目線をやれば…


「…ッ!!?」


そこには、今あんまり会いたくない相手、ウィルパーソンがこちらを見て睨んでいた。

少し距離が開いていたが、その様子を遠目から見てもわかる。

なんだか機嫌が悪そうである。


エルはたじろぎながらも挨拶する。


「こ、こ、これはウィルパーソン様!!本日はおおおお日柄もよく…!」


思い切り口がどもりながらも、スカートの端をつまんで会釈をする。

その挨拶が聞こえれば、ウィルはズン、ズン、とこちらに迫ってくる。

グラーフはすっかり怖気づき、逃げようと試みた。


「で、ではエルフォール様!私用事を思い出しましたので、これにて!!」

「は!?え!?」


くるり、と踵を返そうとするグラーフの腕を、

エルは思わず掴んだ。


「ちょ!待ってくださいまし!?というかなんでそんなに怯えていますの!?」

「はえ!?貴女、知りませんの!?」


腕をひっぱられよろけそうになりながらもエルのセリフに驚き、

思わずエルの方を向く。


「ウィルパーソン様はこの学院高等部でありながら

 生徒会会長もつとめるスーパーエリート!」

「そ、それはすごいですわね…!」

「でもその裏の姿は、部下はこき使う、態度はずっと偉そうにする!

 仕事ができなければ愚図呼ばわり!

 そのくせ仕事は無茶苦茶おっしゃるエリートに見せかけた暴君なのですわ!」


思わず出てくる出てくる暴言の数々、しかし、グラーフはうっかりしていた。

近くに、すぐ本人がいる事を、うっかりと忘れていたのである。


「よくもまぁ本人の前で言えるな、ウノアール」

「ぎくぅっ!?!」


肩を震わせて固まるグラーフ、まるで蛇の前のカエルであった。


「…えっと…ウィルパーソン様…これは違ってですね…」

「その様子では、俺の婚約者に楯突いたというのも、本当の事らしいな?」

「ぎくぎくぅっ!?!?」


二度も肩を震わせるグラーフ、まさに絶体絶命だった。

冷たい、刺すような視線がウィルから伝わってくる。

その二人のやり取りに、エルは待ったをかけた。


「待ってください。ウィルパーソン様!その噂には、誤解がございます!」

「図に乗るなと言ったはずだエルフォール、真偽は俺が判断する」


ドスの効いた声でエルを制止しようとする。しかし、エルは止まらない。


「なら当事者である私の意見も必要になるのでは?」

「…それは…」


さすがにそれを言われてはぐうの音も出なくなったウィル、

しばらく黙り込めば、頭に上っていた血が、だんだんと降りていくのを感じた。

「はぁ…わかった、話を聞こう」

「ありがとうございます…ウィルパーソン様」


軽くエルが会釈をすれば、隣でグラーフが深く溜息をついた。

「ふぅー…生きた心地がしませんでしたわ…」

「ウノアール、先ほどの暴言についてはあとで話を聞くからな」

「えっ!?」


ウィルの冷たい視線が突き刺さる。

一難去ってまた一難が決定したグラーフは、

口は災いの門という言葉を頭の中に思い浮かべていた。


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「なるほど、その本に載っていた話とたまたま噛み合ってしまったが故、

 うっかり煽るような真似をしたという事か」

「そ、そういうわけでございます…」


エルは滑稽話集の「勘違い喜劇」を開いて見せてながら

事の顛末を話していた。


「だが…」


ウィルは納得したように頷けば、ギロ、とグラーフを睨みつける。


「…本人が許しているとはいえ、

 婚約者を地位で脅そうとした事については看過は出来んな」

「ッ!」


グラーフが身震いし、硬直する。

相手は国王とも親しい名家のキーファブッチ家、

それに比べればウノアール家は…吹けば飛ぶような存在である事は間違いなかった。


「その…大変…申し訳ございませんでした…

 どうか…お許しいただけませんでしょうか…!」


全身をぶるぶると震わせながら両手を地面につけて頭を下げるグラーフ、

それを見下しながら、ウィルはため息ひとつつく。


「ならんな」

「!?」


残酷な一言、エルも顔に緊張が走る。


「これが平民同士での言い争いであれば、謝って済む問題かもしれん。

 だが俺やお前は爵位を得た貴族、償いには…

 それ相応の態度で示してもらわねばならん」


淡々と、冷気すら帯びているようにも感じる言葉をグラーフに突き刺す。

そこに負けじと、エルが割って入ってくる。


「そ、それなら、1つ提案が!」

「なんだ」


グラーフから視線を逸らす事なく、ウィルが言葉だけで返事をする。

その横顔に、エルは精一杯の勇気を振り絞って話しかける。


「グラーフ様には、私からの命令を"なんでも"一つ聞いていただく、

 そういう形にいたしましょう」

「足りんな、第一それでは示しが…」

「足りないかどうか等、第三者であるウィルパーソン様が

 定められるでしょうか!?」


食ってかかる態度に、思わずウィルも顔をエルに向けた。

眉をしかめながら、先ほどまで向けていた冷たい視線を、エルに向ける。


「なんだと?」

「先ほどから聞いていれば、私とグラーフ様の問題というのに、

 割って入っては勝手な事ばかり!」

「お前は俺の婚約者だ、無関係というわけには…」

「それに、すでにその命令は実行している最中なのです!」

「…何?」

「……え?」


そのセリフには、グラーフも困惑した。

思わず視線をエルに向けて目で訴えかける。

(…いつ?そんな話しましたっけ?)

(黙ってて!私に任せてください!)


同じように目線で訴えかければ、少し、深呼吸。

息を吸い込んで吐けば、キッとウィルに向き直る。


「グラーフ様と私で…お笑いコンビを組みます」


「…は?」


ウィルから、気の抜けるような声が漏れ出た。

(お笑い…コンビ?)


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諸事情によりお休みをいただいておりました。

書き溜め分を3日連続で放流できればと思います。

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